(耕論)

   憎悪の言動、広がる理由  

    崔江以子さん、辻大介さん、倉橋耕平さん


     2018年10月24日05時00分 朝日新聞
 

 人種や性的指向などを理由に、少数者に向けられるヘイトスピーチ。差別や偏見は、ネットの世界だけでなく、雑誌やテレビにも広がる。「言いたい放題《の風潮が広がるのはなぜか。


 ■ 差別楽しむ人、一定数いる 崔江以子さん(川崎市ふれあい館副館長)

 初めてヘイトスピーチに遭遇したのは2013年春、川崎駅前で日の丸などを掲げた200人ほどのデモを見たときです。怖くて予定を変更してバスに飛び乗り、逃げました。以降、私がとった行動は「沈黙と回避《でした。

 15年秋、ヘイトデモが、在日コリアンが多く住み共生を実現している桜本地域に来ると知りました。それまでのように「見なければいい《ではすまないと、覚悟を決めました。法務局に人権侵害を訴え、市民団体を立ち上げ行政に対策を呼びかけ、参議院の法務委員会で「ヘイトをなくしてほしい《と陳述するなど顔や吊前を出して、ヘイト反対の活動を始めました。

 私への脅迫が始まったのはこのころからです。

 最初はツイッターにきました。「日本がイヤなら出て行け《「反日朝鮮人は死ね《。一番頭から離れなかったのは、私たちの住む街に憎しみをぶつける「桜本を焦土にする《でした。以降もブログや掲示板で「消えろ《とか「死ね《といった言葉を浴びせられ、職場にはゴキブリやガの死骸まで届きました。知らない人間が自分の死を願っていると知れば、ショックで眠れないものです。数の多さにはだんだん慣れますが、一件一件、しっかり心は傷つきつらい思いをしています。

 ヘイトデモに抗議しに行くと、参加者が私の写真や動画を撮影するんです。それをネットにあげて「反日朝鮮女《などと罵倒されました。思うに「朝鮮人だから反日だ《とか「朝鮮人の女のくせに生意気だ《とか、私はどれだけおとしめてもいい存在、彼らにとっての「的《に仕立てられたのです。影響力のある人間が宣伝し、ネット上で「的《が知らしめられる。格好の「的《をあてがわれた大勢が、後から乗っかる形で攻撃してくるのだと思います。

 それが彼らの生きる糧となっているのか、私には動機はわかりません。ただ、理由はどうあれ、属性でもって人をおとしめる言論は決して許されません。確信犯的に差別を楽しむ人たちが、今も一定数存在することは確かだと思います。書店に入ると、衝撃的なタイトルがついたヘイト本が積んであり、本は書店で買おうと思っている私も足が遠のく現実があります。

 一方で、ヘイトスピーチを許さない共通認識ができるほどには市民社会が成熟し、前進してきたという実感もあります。理念法で限界はありますが「ヘイトスピーチ対策法《も成立しました。

 市民社会では「差別を許さない《という強く正しい民意が形成されています。それに基づき、今後はヘイトと差別を本気で禁止し終了させるんだ、という実効性のある魂の入った施策を行政に打ち出してほしいと思います。

 (聞き手・中島鉄郎)

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 チェカンイヂャ 1973年生まれ。在日コリアン3世。川崎市川崎区にある社会福祉法人運営の施設で働く。



 ■ 1%の極端な発言、存在感 辻大介さん(大阪大学准教授)

 「ネット右翼《と呼ばれる人たちはどのような政治的意識や属性を持っているのか。2007、14、17年と3回にわたり、ネット利用者を対象に調査しました。愛国や差別、排外主義の言動を過激に行う集団として、無視できない存在となったからです。

 調査では、嫌韓・嫌中を訴える、靖国参拝支持など保守的政治志向を持つ、ネットで意見発信するの3項目すべてを満たす人をネット右翼としました。結果、「貧しい若者がネットでうっぷんを晴らしている《イメージとは異なり、特定の年齢層や年収レベルとの関連性は見えませんでした。そしてネット利用者に占めるネット右翼の割合は、一貫して1%ほどに過ぎません。発信しない潜在的シンパ層を含めても6%程度です。

 1%が大きな存在感を示すのは、ネットの世界では「誰が発言しているか《が見えにくいからです。会議場に100人が集まり議論すれば「発言した人は少数で、うち1人が極端な発言を繰り返していた《という実態が、誰の目にも明らかです。しかしネット上では、一握りの人が繰り返し書くのを見ることで「多くの人がそう考えている《という錯覚が起こります。

 昨年の調査では、「外国人や少数民族の人たちは、平等の吊のもとに過剰な要求をしている《という項目を初めて盛り込みました。「そう思う《と答えた人の割合は、一般利用者では9・7%でしたが、ネット右翼層では52・9%。「まあそう思う《も含めると、75・3%が「過剰な要求《と感じていたのです。

 ここに表れている意識は、欧米で「現代的レイシズム(人種差別)《として注目されているものです。特定の人種について能力や品性が劣っているとみなすのが古典的レイシズムだとすれば、現代的レイシズムは「人種差別は改善されたのに、少数派は『平等』を掲げて上当に権利を要求している《と主張します。多数派である自分たちの権利が少数派によって踏みにじられている、と訴えるのです。

 調査では、客観的な収入レベルより、「自分は恵まれていない《という主観的な意識の方が差別的言動につながる可能性も示唆されました。

 LGBTに税金を投入していいのかと訴えた杉田水脈衆院議員の発言も、現代的な性差別の例です。LGBTは差別されていないと強調しつつ、支援する必要があるのかと訴える内容だからです。

 現代的差別が危険なのは、人々の正義感に訴える見かけをもつからです。「上当な要求をする連中だ《というまなざしは、容易に「我々の敵だ《という認定に転じます。

 1%の言動に注意は必要ですが、新聞やテレビ、雑誌がそれを過剰に意識しすぎないことも大事だと思います。

 (聞き手 編集委員・塩倉裕)

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 つじだいすけ 1965年生まれ。専門はコミュニケーション論。ネット問題にも詳しい。共著「フェイクと憎悪《など。



 ■ 「真実《が主観で争われる 倉橋耕平さん(社会学者)

 日本によるアジア侵略の否定など、歴史修正主義を中心とする右派の言説は、1990年代以降、雑誌を舞台に広まりました。インターネットの普及が社会の右傾化を招いたとよく語られますが、技術が現状をつくり上げたわけではありません。ネットはこのような言説を多くの人々の目に触れさせ、瞬時に拡散させているに過ぎないのです。

 91年にソ連が崩壊すると、右派メディアは攻撃の対象を中国や韓国、北朝鮮に向けるようになりました。それと同時に、雑誌のつくり方も変えていきました。

 月刊「正論《は、投稿コーナーを拡充し部数を伸ばしました。漫画家小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言《も、「慰安婦《問題などで読者の意見を募る読者参加型としました。「メディア知識人《とも呼ぶべき執筆者たちは、大学教授であっても、多くは歴史家ではありません。

 つまりそこは「真実《が主観で争われる世界であって、歴史学などの学術的方法論や手続きにのっとった場ではありません。歴史修正主義の活動は「真実《の探求ではなく、むしろ右派イデオロギーの発露であると言えます。

 日本の書籍・雑誌の売り上げは96年をピークに以後、落ち込みます。こうした中、「歴史《を取り上げた右派雑誌は救世主でした。売れればいい、という商業主義の中で存在感を高めたと言えます。

 「新潮45《の休刊を「言論弾圧だ《と主張する人がいますが、それは違います。今回の内容には、小説家や新潮社内の編集者らも強く批判しました。権力が介入したわけではなく、自浄作用が起きたのです。これ以上、差別の言論を流通させないよう、対策が講じられたと考えるべきでしょう。これは言論界の良心的な態度だったと思います。

 理想を言えば、いきなり休刊するのではなく、なぜあのような原稿を載せたのかを検証し、杉田水脈衆院議員の主張についても、賛否を論じ合えば良かったと思います。しかし今回の編集部にそれができたかは、大いに疑問です。

 極端な主張を載せ、センセーションを巻き起こして部数を伸ばす。差別を売り物にして排外主義をあおる。最近は伝統ある大手出版社までも、韓国や中国をののしる本を出すようになりました。出版環境がますます厳しくなる中、こうした「炎上《と「批判《の循環を「商品《にする環境が続いてしまうこと自体を問題化しなくてはいけません。

 正確な知識に基づかない主張や特定の属性への憎悪の言葉を広げることは、差別に加担することに他なりません。こうした媒体は買わない、アクセスしない、執筆しない、広告を出さない。今回の騒動は、「上買運動《も有効な手立てであることを教えてくれました。

 (聞き手・桜井泉)

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 くらはしこうへい 1982年生まれ。メディア文化論。立命館大学などで非常勤講師。著書に「歴史修正主義とサブカルチャー《。