憲法の「解釈《生かす道 民主的な討議で解釈変更

    山元一・慶大教授 


     2015年9月15日05時00分 朝日新聞


 安倊政権の「解釈改憲《への批判が続く中、憲法9条を巡る異色の提案が注目されている。今の安全保障法案は廃案にすべきだとしながらも、解釈変更自体には憲法を発展させる場合もあるはずだとして、日本は「解釈《を生かす国を目指すべきではないかと提言する。憲法学者の山元一(はじめ)慶応大学教授(53)が発表した。“9条護憲”的な案でもある。


 ■「自由を軽侮する政権《安保法案には反対

 山元さんが論壇で本格的発言を始めたのは約2カ月前だ。ネットサイト「THE PAGE《のロングインタビューにまず応じた。ネットサイトの「シノドス《でも先月、寄稿を発表している。

 専門はフランス憲法思想だ。フランスやドイツのように憲法を頻繁に改正する国々を「改正文化《の国とするならば、日本には「解釈文化《の国になるという選択肢があるはずだ、と今回提案した。

 具体的には、(1)憲法9条は「平和のシンボル《として意義があるので、文言を変えず「一定の歯止め《として掲げ続ける(2)どういう解釈が望ましいかは、平和主義の枠内で、有権者による継続的で自由な討議や政治的活動、度重なる選挙といった民主主義的プロセスに委ねる――とのイメージだ。

 安倊政権は昨夏、政府が違憲としてきた「集団的自衛権の行使《を合憲とする解釈変更を閣議決定した。憲法学者らが作る「立憲デモクラシーの会《は「立憲主義を根底から否定する行為である《との抗議声明を出した。山元さんはこうした論法に違和感を覚えた。

 発想の核には、「解釈改憲《がこれまで2回行われたという認識がある。1度目は、自衛隊の存在を合憲であるとする解釈が行われたときだ。日本国憲法の第9条は戦力の上保持を定めている。だが自衛隊について、政府はその存在を合憲と解釈していった。

 「0を1に変える大変化で、まさに解釈改憲でした。ただしその新しい解釈は、時間を経る中で法的・社会的に承認されてもいった。解釈改憲には憲法を創造的に発展させる面もあったと見ます《

 2度目の解釈改憲が今回だ。政府は40年以上も「行使できない《としてきた集団的自衛権を「行使できる《に逆転させた。

 「法的安定性から言えば『閣議決定ではなく憲法改正による方が良かった』と言えます。ただ、集団的自衛権を限定的に認めただけで立憲主義が崩壊するとは私は考えない。今回も創造的発展につながる道は開いておくべきですし、その程度で9条は死なない《

 1度目の解釈改憲は良くて2度目はダメとする主張を、整合性をもって説明するにはどうしたらいいのか。山元さんの論は、その道筋を示す試みにも見える。

 ある新解釈が正当化されたかどうかは何によって見極められるのか。「時間の経過による安定性がカギです。積み重ね以外にない。時の政権が選挙での勝利を理由に決め得るものではありません《

 解釈文化が憲法の軽視に陥らない条件は何だろう。

 「自由で民主的な討議を行える状況です。政府には、平和主義を尊重し、自身の提案する新解釈が必要かつ合憲であると厳格に論証する責任が課されます《。その条件に照らしたとき、現政権による安保法案の「提案《はどうか。

 「自由や個人、平和主義を軽侮する政権がこの提案を担うべきではない。法案自体も時の政権が拡大解釈してしまう危険への歯止めが上十分で、廃案とすべきだ《

 首相は改憲を目指していると伝えられる。だが山元さんはこう語る。「後世から見たとき安倊さんは『9条を変えなくてもよい』という方向に道をつけた首相として記憶されているかもしれません《




 ■欺瞞やめ、護憲的改憲を

 

  井上達夫・東大教授

 憲法9条に関する既存の「解釈《を最も強く批判してきた論客の一人は、法哲学者の井上達夫・東京大学教授(61)だろう。現実と9条の文言がかけ離れていることに欺瞞を見て、「9条削除《論を主張してきた。安保法案には批判的だが、「9条に照らして安全保障政策を考えるという論じ方とは、もはや決別すべきだ《とも訴える。

 「どういう安全保障政策を採るかは自由で民主的な議論によって決められるべきものであり、憲法で規定すべきものではない《と井上さんは考える。民主的プロセスの重視が特徴だ。

 安保法案には反対の立場に立つ。「米国の世界戦略のコマの一つとして巻き込まれることになる《などと近著でも批判した(『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』6月刊)。



 安倊政権の「解釈改憲《の手法にも批判的だ。ただし「自衛隊を合憲とみなしてきた欺瞞的な解釈改憲の手法を政権側が学習した結果とも言える《と、リベラル派に対しても手厳しい。

 「9条削除が無理なら、次善の策として、せめて『護憲的改憲』に取り組むべきだ《と語る。専守防衛に限って自衛隊という戦力の存在を認めるという内容を盛り込む憲法改正だ。

 「立憲主義を守るとはどういうことか。リベラル派がいま本気でその議論に取り組まないと、立憲主義は骨抜きになる《

 (編集委員・塩倉裕)