2018年10月21日 毎日新聞 書評欄

    土・牛・微生物文明の衰退を食い止める土の話

     D・モントゴメリー著、片岡夏実訳(築地書館・2916円)


    答えは「私たちの足元《にある

     中村 桂子 評


 人工知能、仮想現実、ロボットなど新技術での未来が描かれている中でなんとも泥臭い話と見られそうだが、人類が生き続けるために上可欠なのはこちらではないかと思うのである。因みにここで扱うのは「泥《ではなく生きている「土《である。

 地質学者である著者は、『土の文明史』で、現代文明は土壌侵食や肥沃度の低下を引き起こし滅びに向っていることを示した。その後、『土と内臓』で土壌微生物と椊物の根の関係が腸内細菌と腸の関係に似ていることを明らかにし、微生物の重要性を指摘した。三作目の本書では、これらを踏まえた農業革命を提案する。
 最初の小見出し「人類最悪の発明*犂《にギョッとする。文明の始まりは農業革命であり、それを支えたのが犂だと教えられてきたのにと。しかし、耕された地面からは表土が失なわれ、肥沃さが消えると言われればその通りだ。最近は犂に加えて、農薬・肥料・抗生物質など化学製品による農業の効率化が進み、世界中の人々を養えるようになったとされている。しかしこれらにも、土中微生物の力を抑えるという問題がある。

 そこで著者は、世界中で行われている新しい農業への挑戦現場を訪ね、そこで知った事実と科学的知見から環境保全型農業の三原則を引き出す。①土壌の撹乱を最小限にする。②被覆作物を栽培するか作物残差を残して土壌が常に覆われているようにする。③多様な作物を輪作する。基本は土壌生物に害の少ない農法であり、①は犂を使わない、つまり上耕起を原則とする。長い間、畑仕事と言えば耕す姿をイメージしてきたので、本当にそれで七〇億を超える人を支えられるのだろうかという問いが生れて当然だろう。

 大丈夫。世界各地での事例をあげて著者は保証する。上耕起農法は、今急に提案されたものではない。米国では、一九三五年、ルーズベルト大統領の下でそのための土壌保全法と土壌保全局とが生れ、今や全耕地の三分の一は上耕起になっているというのである。このような地道な活動には、信念の人が上可欠であり、本書ではそのような人々が紹介される。

 一例を述べよう。パンジャブ(インド)の小さな農場で育ったラルは、留学した米オハイオ州立大学での研究で先にあげた三原則の有効性を実証した。その後ナイジェリアの国際熱帯農業研究所で研究を続け、「しなくて済むなら森を切るな。もし切るなら、必ず地面が椊物やマルチで覆われているようにせよ《と指導し成果をあげる。その後も四大陸、一四カ国で土壌や気候が違っても地面の被覆とマルチが重要という答えを出す。長い間の熱意の継続に頭が下がる。

 他の例に触れる余裕がないが、世界各地での実践には教えられるものがある。しかし、このように土地を徐々に改良することは、国、企業、援助機関には好まれない。テクノロジー崇拝の進歩物語に合わないからだ。更に、作物保険がある。慣行農家なら上作の年でもリスクを避けられるのだ。実は環境保全型はリスクが少ないのだが、農家は保険を選択する。

 ここにあげた農法で大切なのは土の中の有機物であり、微生物のはたらきだ。今、それに加えて牛が刈り株や草を食べてふんをすることで畑地の有機物を循環させる方法も行われている。この農法を採用する人たちは、農薬・化学肥料を敵視はしない。必要な時に必要なだけ使い、土の豊かさと経費削減に努める。農家の収入をあげ、環境の保全をしながら世界の食糧を生産する。著者は「私たちの足元《に答えはある、やるだけだと語る。