皇位の安定性に懸念

   まず公的行為の縮小検討を
   世論に流されるな 

    麗沢大教授 八木秀次氏


     2016.10.21 読売新聞

麗沢大教授 八木秀次氏
 早大大学院修了。高崎経済大教授などを経て、2014年から現職。専門は憲法学。保守系の学者らでつくる「新しい歴史教科書をつくる会《から分かれた日本教育再生機構の理事長も務める。小泉内閣が05年、野田内閣が12年に行った皇室典範に関する有識者へのヒアリングでも意見を述べた。広島県出身。54歳。

---天皇陛下の生前退位をどう考えるか。

 生前退位は様々な問題が一気に出てくる「パンドラの箱《だ。天皇制、皇室制度の維持、安定という視点で非常に上安がある。

 1889年(明治22年)に旧皇室典範が制定されて以来、政府は生前退位を認めず「封印《してきた。天皇の自由意思が介在することも排除してきた。皇位の安定性を確保するためだ。自由意思で退位が可能なら、将来の天皇が即位を拒否する自由を持つことにもつながる。短期間で退位を望まれることも十分あり得るのではないか。

 今回、仮に政府が一代に限り生前退位を認める特例法で対応する場合でも、前例として残る。将来の天皇が退位の意向を示された時、断ることは難しくなる。

 歴史上の生前退位には、政治に利用された例も非常に多い。政府は過去の国会答弁で、こうした理由を挙げ、繰り返し生前退位を否定してきた経緯がある。現在は(方針を変えた)政府が生前退位を肯定する理由を探すのに困っているような状態だ。

---では、どういう方策で対応すべきか。

 どの時代の天皇も必ず高齢になり、務めができなくなることはある。その際の措置として、憲法に基づき、国事行為の臨時代行と摂政という制度を定めている。政府は生前退位を認めるなら、これらの制度を使わない合理的な理由を説明しなければならない。陛下のご意向抜きには説明がつかないと思う。

 陛下のご意向を受けて制度を作ることは、天皇の政治的発言を禁じた憲法で定める象徴天皇の趣旨から大きく逸脱する。仮に政府が「力業でいくしかない《となれば、退位すること自体に憲法上の疑義が出てしまい、次の天皇の即位に対する疑義にもつながる。将来に大きな禍根を残すことになる。

---天皇の公的行為国をどう考えるかも有識者会議の大きな論点だ。

 政府は最初に公的行為を整理・縮小し、いかに陛下の負担を減らしていくかということを考えるべきだ。

 公的行為は今の陛下になって急激に回数やご負担が増えた。公的行為が全身全霊で務められないから退位するというのは、陛下ご自身のあり方としては尊いと患う。しかし、それを理由に退位されれば、「象徴天皇とはどうあるべきか《というハードルをものすごく上げることになる。将来の天皇にも国民は同じような天皇像を期待するだろう。

 「先代と同じようなことができなければ天皇たりえない《という天皇の「能力評価《にもつながる。将来の天皇を縛り、苦しめることにもなりかねない。

---報道各社の世論調査では8割超が「退位を認めるべきだ《と答えている。

 世論の大勢は「こんなに働いて苦労してきたんだから、引退を認めてあげてもいいじゃないか《という受け止め方だ。皇室制度全体を見渡した視点は、ほぼないのではないか。未来に続く皇室制度を守る責任を負っている政府は、世論に流されてはいけない。国民に今回の事態の深刻さを訴えていく姿勢が求められている。

  (聞き手 田島大志)


公的行為
 首相や最高裁判所長官の任命など憲法に定める国事行為以外の行為で、天皇が象徴としての地位に基づいて、公的な立場で行われるもの。外国賓客の接遇のほか、外国ご訪問、戦没者慰霊、被災地訪問、新年の一般参賀、全国椊樹祭や国民体育大会へのご臨席など様々なものがある。