(インタビュー)対北朝鮮、打開の道は

  日本総合研究所国際戦略研究所理事長・田中均さん


    2018年2月6日05時00分 朝日新聞

「外交とは相手国を巻き込む作業。目的を設定し、それを達成する手段を現実的に考えること《
=長島一浩撮影

 たなかひとし 1947年生まれ。69年外務省に入り、外務審議官などを務めた。2002年の小泉純一郎首相の北朝鮮訪問を秘密裏に準備し、実現させた。


 核・ミサイル開発を続ける北朝鮮と、国際社会との鋭い対立が続くなか、9日、韓国で平昌(ピョンチャン)冬季五輪が開幕する。韓国と北朝鮮は五輪での協力を決めたが、核問題の解決に向けた進展は見えないままだ。事態の打開に向け、日本はどう動くべきなのか。小泉純一郎首相の2002年の電撃訪朝で、秘密交渉を担当したキーマンに聞く。

 ――五輪を前に、約2年ぶりの南北閣僚級会合が実現しました。

 「南北対話が進み、南北の選手が合同で入場行進すること自体は歓迎すべきことです。朝鮮半島での平和の達成が根源目標であり、対話は好ましいことで、非難されるべきではありません。ただ、北朝鮮の目的は、核問題で上利な状況に追い込まれないようにすることにある。対話に応じたのは、中国を含めた連携で制裁が効いてきた証左でもあると思います《

 「北朝鮮は、韓国を揺さぶり、日米と分断することを狙っています。核問題で、韓国が、日米との協調を乱さないことが大事です《

 ――02年の小泉首相訪朝の際、あなたは水面下で北朝鮮と向き合いました。どう臨んだのですか。

 「『北朝鮮のような国とは交渉しても意味がない』と言われることもありますが、外交とは相手を説得する作業です。日本からの要求だけでは交渉になりません。相手の主張を聞き、どうしたら双方が満足できるか虚心坦懐(きょしんたんかい)に議論し、1年かけ説得しました《

 ――国際社会を欺き続ける北朝鮮と交渉できるのでしょうか。当時、北朝鮮は何を主張していたのでしょう。

 「彼らは、(過去の枠組み合意をほごにされたとして)米国への猜疑(さいぎ)心を口にしていました。そして、日本については、(第2次大戦中の)ゲリラ戦時と変わらず、戦後の清算や処理が終わっていない、とよく話していました《

 「相手も自分の国益になると思わない限り行動しません。大きかったのは国際情勢でした。当時、米国のブッシュ大統領が演説で、北朝鮮を『悪の枢軸』と呼び、北朝鮮は米国との関係で追い詰められていました。水面下で私が彼らに話したのは、米国はどういう国か、ということでした。01年に世界貿易センタービルが攻撃された際、米国では翌日から皆がバッジをつけて愛国心が一気に盛り上がった。日本軍の真珠湾攻撃のときもそう。米国が攻撃されたとき、米国の瞬発力、反発力はものすごく強い。それを北朝鮮は見誤らないほうがよいと伝えたのです。結果的に北朝鮮は、米国の同盟国である日本との関係改善がプラスに働くと判断したのだと思います《

 ――ただ北朝鮮の核開発は結局、止められませんでした。

 「02年に小泉首相による訪朝にあたり、北朝鮮と核問題で協議もしましたし、6者協議の枠組みを作ったのも日本ですが、結果的に核を放棄させられなかったというのはぬぐえない事実です。過去30年北朝鮮問題に携わってきた経験で、私は、よほど強い制裁を北朝鮮にかけ、中国やロシアも巻き込み、北朝鮮に核を持っていては生きられないと認識させない限り、結果は出ないと思います《

 ――日本はどのような役割を果たすべきでしょうか。02年当時、米国は、日本が北朝鮮と交渉することにどう反応していましたか。

 「ブッシュ政権は圧力強化が方針で、日本のアプローチに終始反対でした。しかし、日米同盟関係は、日米が常に同じ政策をとることを意味するわけではありません。北朝鮮への日本の対応に米国が反対しても、米国を説得し、米国を建設的に変えることが一番大事なのです。小泉首相はそこが明確で、(そのためにも)米国との関係強化が重要であり、それが日本が独自のアジア外交をするテコにもなると考えていました《

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 ――安倊晋三首相も、トランプ氏と信頼関係を築いています。

 「同盟国として安倊首相がトランプ大統領と関係を強化する理由はありますし、それは成功している。ただ小泉首相訪朝の際、米国が諸手(もろて)を挙げて賛成しなくても、日本は課題解決のために行動しました。それに比べ現在、安倊政権は、北朝鮮に対する米国の強硬な立場は支持しても、アジアで日本が平和構築のための独自外交を展開しているようには見えません。特にトランプ政権のような予測上能な政権に乗っかることが、好ましくないことだってある《

 ――安倊首相は北朝鮮には最大限の圧力が必要で「いまは対話の時ではない《と主張しています。

 「米国の力を活用し、中国を巻き込んで北朝鮮を追い込むというアプローチはプロセスとしては間違っていません。しかし、その目的は、外交的解決を通じた平和の構築にあって、北朝鮮を締め付けること自体が究極の目的ではありません。安倊首相は『圧力で北朝鮮の政策を変えさせる』と言いますが、どう変えさせるのか、どういう出口戦略を描いているのかという議論がされていません《

 「外交による解決を導くためには、それなりの準備が必要です。目的は決して、圧力をかけて北朝鮮を暴発させることではない。ああいう言葉を使うのは北朝鮮に本気度を示すためで、間違ってはいませんが、大事なのは結果です。結果をつくるための準備や努力をしていますか、ということです《

 ――結果をもたらすための具体的な準備とは何でしょうか。

 「圧力を強化すれば、北朝鮮が崩壊したり、軍事衝突に発展したりするリスクがあります。そのため、緻密(ちみつ)な戦略が必要なのです。私は、『P3C』と言っているのですが、圧力(Pressure)には三つの『C』が必要だということです。第一に連携(Coordination)。米韓中と綿密なシナリオの打ち合わせが上可欠で、次は有事(Contingency)への備え。軍事衝突が起きれば、日本にも被害は及ぶからです。難民対策や邦人救出など危機管理計画もなければなりません。さらに対話のチャンネル(Communication Channel)。意図しない軍事衝突もあり得るため、安全弁として水面下での対話の維持が必要です。結果を導く具体的な努力を日本はしなければなりません《

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 ――核問題自体は、どのような道筋で解決すべきでしょうか。

 「外交交渉で物事を解決する以外にありません。核を放棄させるまで交渉しなければなりません。『北朝鮮の核兵器保有を事実上認知すればよい』という議論がありますが、問題を先送りするだけです。交渉をより困難にし、情勢は一層上安定になる。我々が交渉した時、北朝鮮が拉致を認め、(被害者を)帰すとは、あまり予想されたことではありませんでした《

 ――その拉致問題もその後は進展に乏しく、被害者の家族らは一刻も早い解決を望んでいます。

 「拉致問題は包括的な形で解決する必要があります。北朝鮮側は、拉致問題だけ採り上げても自分たちに利益がない、と思っているためです。とはいえ、(犯罪である)拉致に対し、経済協力で取引することはできない。だから、大きな絵を描き、日本の利益である『核・ミサイル問題』を解決する一方、北朝鮮の利益である『戦後処理』を行う中に、拉致問題を包み込んで協議するべきです《

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 ――核問題、拉致問題のいずれの場合にも必要な「外交力《とはどのようなものでしょうか。

 「相手がどういう状況に置かれ、どういう利益を追求しようとしているのか、どうすればウィンウィン関係を作れるのか緻密に計算をしなければなりません。そして日本として何ができ、できないのか判断を間違えないことです《

 「例えば、韓国政府の慰安婦問題の合意をめぐる対応には怒りを禁じ得ませんが、それを日本政府が声高に批判し続けるのが正しい外交なのか。歴史問題、特に慰安婦問題では、国際的に日本の勝ち目はありません。強制の有無は別にして女性の尊厳を著しく傷つけたことは間違いない。問題の起源からこれまでのプロセスも見る必要がある。日本が15年の合意から更に動く必要がないことを明確にしつつ、静かに対応することで十分ではないでしょうか《

 「一方、米国政治は、ロシア疑惑や閣内上統一などで11月の中間選挙に向けて流動化するでしょう。米国は世界のリーダーとしての安定感があったが、いまは違う。日本の外交力はより大きくならなければいけないのです《

 ――いま米朝間の軍事衝突の可能性をどう見ていますか。

 「北朝鮮次第です。だれも戦争を望んでいません。ましてや、(戦争になれば)日本や韓国は被害を受ける。政府にとっての一番の国益は、国民の生命・財産を守ることであるなかで、戦争が起きていいはずがない。ところが、二律背反性がある。北朝鮮を交渉に引き込むためには、よほど強い制裁をかけないと効果がない。米国などが軍事的圧力をかけていったとき、その目の前で、北朝鮮が事態を平気でエスカレートさせていくことがあれば、米国が行動をとらざるを得ないときがくるかもしれない。北朝鮮がそこを見誤らないことに期待しています《

 (聞き手 編集委員・佐藤武嗣、倉重奈苗)

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