あの人に迫る

  一緒に考えよう これが民主主義

    作家 高橋源一郎 


     2016-02-14 東京新聞
文学の古典から大衆文化まで(幅広い知識から引用したパロディーなど、独自の作風で多くのファンを持つ小説家、高橋源一郎さん(65)。教授を務める明治学院大の学生らが中心となって、安保法制反対を訴えた学生団体「SEALDS(シールズ)《と共著で「民主主義ってなんだ?《(河出書房新社)を出版するなど、最近では社会問題や政治への論評も話題を呼ぶ。高橋さんが考える「今どきの民主主義《について尋ねた。    (土屋晴康)

 ---- シールズとの関係は。

(創設メンバーの)奥田愛基君(23)はゼミの聴講生。実は、彼が推薦入試を受けたときの面接官が僕だった。担当する「言語表現法《の授業に出ていたけど、彼の書く文章は〝自分″が入っていて印象深かった。東北でボランティアなどをして経験の幅が出てた。彼がSASPL(シールスの前身)の活動を始めたころに相談されたが、動画を見て「これはすごい《と思った。一回目のデモを基にした作品だけど、ミュージックビデオみたいだった。最後に「民主主義ってどこ《って問いに、「ここ《って自分を指さす。思想はともかく、表現としてすてきだと思った。


 ---- シールズの活動をどうとらえるか。

 国会に呼ばれた憲法学者が、安保関連法案を「違憲だ《と断言し、多くの人がおかしさに気付いた。火が付いたところに彼らもいたわけで時代が呼び込んだともいえる。でも、突然出てきたものではなく、イラク戦争に反対するピースウォークや東日本大震災後の脱原発デモ、(経済格差に抗議する)オキュパイ・ウォールストリートなど、いろんな運動を吸収し、さらにコラージュしている。
 過去の学生運動は東大など国立大や早稲田大など私学の雄が中心。今は党派の垣根はなく、SNSの結び付きで集まってくる。大学では動員するのでなく、「何時にどこで落ち合いましょう《と。強制ではないから、今の学生たちはちゃんと試験も受け、運動のために単位を落としたりしない。「来る者は拒まず・去る者は追わず《の立ち位置は、どちらかといえば、市民として生活しながら、「ベトナム戦争反対《の一点で活動していたペ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に近い。
 何もないときには普段の生活を送っているが、何かあれば出て行つてアクションを起こす。丸山真男さんはこれを「政治へのパートタイム参加《と呼んで、これこそが民主主義だと言っている。シールズの活動はこれに近い。
 今の代議制では、二十四時間政治をする人と、そうでない人の分業制になっている。主権者であるのは選挙の時だけで、プロである政治家に主権を預けた状態。なぜかといえば、その方が便利で、効率がいいから。主権者として責任を負うのはみんなめんどくさい。
 古代ギリシャは主権を預けるのではなく、何かあればみんな集まって決めた。まさにパートタイム参加。効率でなく、マインドの問題として民主主義をとらえたのだ。僕はデモクラシーとはそういうものではないかと思う。今の政権のように「全部国会で決めます、それ以外は上法です《。これはデモクラシーでなく、ある種の独裁ではないかと僕は思う。ルソーも、「代議制民主主義は奴隷制である《と言ってます。  


 ---- 政治から遠ざかっていた若者がなぜ一房ってきたか。

 今の学生の方が厳しいからでしょう。仕送りがここ二十年で三割も減っていて、アルバイトせざるを得ない。学費を払えないなど、地に足がついた問題を抱え、貧困や格差の問題、無災ボランティアなどに関心を抱くようになっている。
 かつての学生連動には「様式《があったけど、彼らは、作り込んだフライヤーやメッセージなどで、「かっこいい《「楽しい《といった付加価値を加えて表現している。党派もなく、個で集まり、反対する瀾由はみんな違う。シールズは意見を言う「団体《ではなく「場所《だったのだと思う。
 四十何年ぶりにデモを見に行ったが、演説を聞いていると女の子の方が説得力があった。体をもってるというか、その人がいるリアルさを感じることができる。男の子はどうしても自分の体を離れて観念的になってしまう。「論理《でなく、信用できる人がいれば、みんな紊得する。


 ---- 高橋さん自身、学生時代は運動に参加していた。

 始めたのは(一九六七年の)高校二年のころ。放課後の部活のようだった。学校では表に出さず、ヘルメットを生徒会室に隠し、御堂筋(大阪市)なんかでデモをした。一学年に二百人いたが、二十人は動員していたと思う。フランスの五月革命のように、当時は「文化=政治活動《。言葉や社会に敏感な人は運動に参加するのが普通だった。
 大学に進学してからも、国会前などでデモに参加して、警察官に追われ、新幹線の線路を逃げて「新幹線特例法《って珍しい罪吊で捕まったこともあった。六九年十一月の佐藤栄作首柑の訪米阻止を訴えたデモでは、公務執行妨害などで逮捕された。黙秘してるから長期勾留される。独房で一人。しやべる人もいないから失語症を患い、出所した時には大事なことは口ごもってしまうようになった。
 活動していた当時から「自分たちが望んでいる運動ではない《との意識があった。「最悪、やらないよりはましだよね《という感じ。党派、綱領そういったものは一つも信用していないし、人が作ったスローガ
ンなんか、日ごとに距離ができた。人を説得するには、自分の言凛で語らないと信用されなくなってくる。シールズはこの「言葉の問題《を取り上げている。「民主主義って何だ?《と疑問形で間う。「一緒に考えよう《って誘うシュプレヒコールなんで珍しい。今の社会は「ものを考えさせない《ような時代になっているが、こんなコールからコミュニケ一ションは始まっていくのではないか。


 ---- 若者が政治に関心を持ち始めている。彼らにアドバイスを送るとじたら。

 学生時代は、矛盾を感じて何かしたくなったり、悩んだりする時期。一方で、社会は僕たちに早く決めさせようとする。「二十二歳で就職しろ《などと。僕らの抱えてる問題(生き方)は簡単に解決できるものではない。そのことに焦らないこと。社会に決めさせるのでなく、個人で決める。それは孤独な作業だが、孤独だからこそ人間だ。
 何をしていいかわからないのは当たり前で、悩みがなくなることばない。ずっともがく。生きるとは非効率なものだ。やりたいと思わないのであれば、社会的な行動を取らなくてもいいと思う。デモにしても、「みんながやってるから《という理由だったらやらないほうがいい。自分がやりたいことを優先すペきです。〝正しいこと″が重要ではない。

 たかはし・げんいちろう 1951年、広島県尾道市出身。横浜国立大経済学部に入学したが、大学紛争のストライキで授業が行われず、デモに参加する日々。逮捕され、勾留中に拘置所で失語症を患い、リハビリとして小説を書き始めた。72年から横浜で肉体労働を10年続け、大学は除籍中退に。81年「さようなら、ギャングたち《で群像新人長編小説賞優秀賞を受賞、ポップ文学の旗手となる。88年「優雅で感傷的な日本野球《で三島由紀夫賞を受賞。主な作品に「虹の彼方に《「ジョン・レノン対火星人《「日本文学盛衰史《など。競馬評論なども手がけ、近著に「動物記《「ぼくらの民主主義なんだぜ《がある。2005年より明治学院大国際学部教授。