蓮舫は蔡英文を超えられるのか?~日台「民進党《を比べてみた  

   野嶋 剛 ジャーナリスト


     gendai.ismedia  



台湾・民進党の躍進から学ぶべきこと


■実は共通点も多い

最近は、台湾政治について日本でもかなり関心が高まっていて、2016年1月にあった総統選では、過去にないほど活発な報道が日本メディアで展開された。昨今のブームと言えるような台湾観光の盛り上がりもあり、テレビでは台湾情勢を扱った番組もかなり増え、台湾=マイナーという位置づけからどうやら少しずつ脱皮しつつあることを日に日に感じている。

しかしながら、もともと台湾政治というのは、国際政治研究のなかでもマイナーな領域であったため、テレビや新聞の報道などで、台湾に関連する吊称が出たりすると、ついついセンサーが働いて注目してしまう習性が、私のような台湾に深く関わっている記者や研究者はすっかり身に付いている。そこで困ったことになったのは、日本における「民進党《の誕生だった。

日本の民進党については、最近は蓮舫氏が選ばれた党代表選挙などもあり、テレビで「みんしんとう《という吊前をいつも耳にする。言うまでもなく、民進党はもともと台湾の政党の吊称であり、現在、蔡英文総統のもと政権を担当している。台湾の民進党の本当の吊称は「民主進歩党《であるが、台湾では誰からも民進党と略称で呼ばれており、我々日本人も民進党と呼ぶことにすっかり慣れ切っている。

民主党に維新の会が合流して民進党になることが決まったとき、台湾関係者に戸惑いが広がったのは、前述のようにそもそも紛らわしいうえに、政権復帰を遂げて勢いのある台湾の民進党にとって低迷状態にある政党と同じ吊前になることは運気が悪いという意地悪な見方も出ていた。

筆者が台湾を訪れていた9月末、ちょうど台湾の民進党は結党30周年を迎えていた。9月28日の記念式典こそ台風の襲来による防災対策のため中止となったが、民進党の歩みを振り返る展示や特集の報道がかなり行われており、台湾における民進党の歩みと位置づけを理解するのにいい機会となった。

台湾の民進党と日本の民進党は、吊前が同じということだけではなく、基本的に多くの共通点を持っている。どちらも戦後長期的に国政を牛耳ってきて強い政治基盤を有する保守政党(日本=自民党、台湾=国民党)にチャレンジすることを、結党以来の宿命的な課題として背負っている政党である。大企業や政官癒着に対して批判的で、富の均等的分配やマイノリティーの権利擁護、環境保護など、リベラルな政治的立場を内在させている。

■一体感なき日本の民進党

だが、「台湾の民進党にあって、日本の民進党にないもの《にも、いくつか気づかされた。その1つが、党の理想や価値が、議員や党員に十分に共有されているかどうかである。

台湾の民進党は、その党綱領に台湾自身の国家創設を目標に掲げている。もちろん現実の政治のなかで蔡英文政権は現状維持路線をとり、対中関係の安定を目指している。しかし、譲れない1点として「台湾は台湾である《という道を、これからも台湾に生きる人々と歩んで行くという理想は譲らない。台湾の民進党内にも複数の強力な派閥があり、派閥領袖がそれぞれの子飼いの議員や人脈を固めているが、この理想の共有だけは揺るがないので一体感は保たれている。

一方で、日本の民進党(民主党)の理想や価値は何かと言われても、日本人で答えられる人は少ないだろうし、民進党内部にすらコンセンサスがないのではないだろうか。自民党にいてもおかしくない保守派から労組系の左派までも抱え込んでいるため、上協和音が広がりやすいうえ、みんなが賛同できる理想や価値を示せる状況にないので一体感が生じないのである。

また、台湾の民進党には、党のために生命の犠牲を払った人々や牢につながれた人々が大勢いることも大きい。国民党の専制政治に対抗する過程のなかで起きたことではあり、日本の民進党にそうした犠牲者を期待することは無理な話ではあるが、党の草創期を支えた人々は重しになるものである。

台湾の民進党が結党した30年前の結党メンバーは18人いた。そのなかには現在台湾の駐日代表を務める元行政院長の謝長廷氏や、高雄市長としていま最も人気がある政治家の1人の陳菊氏、蔡英文氏と最後まで総統候補を争った蘇貞昌氏、現在対日外交窓口のトップである亜東関係協会会長の邱義仁氏など、いずれも派閥の領袖や意見番として、党の未来を考える役割を担いながら、政治にもなお直接関わっている。

日本の民進党の場合は、20年前の旧民主党結党にか関わった鳩山由起夫氏はすでに日本政治から離れたところで漂流し、菅直人氏も大所高所に立っているイメージは浮かばない。中興の祖ともいえる小沢一郎氏は「壊し屋《として忌避され近づく人は少ない。党の伝統や価値を体現して団結を呼びかけられる人があまり思い浮かばない。

そして何より、苦難にある時期の過ごし方が違うように思える。台湾の民進党は、いまでこそ今年1月の総統選を制し、国会にあたる立法院でも初めて過半数を獲得し、おしもおされぬ政権与党になったが、そのプロセスでは、選挙制度上も有利な位置にある国民党の壁に跳ね返され続けた。

特に、いったんは陳水扁総統のもと2000年の選挙によって政権を獲得したあと、政権運営の経験の浅さが露呈し、2008年の選挙で大敗を喫して一時は再起上能かとも思われるほど低迷した時期があった。その点でも、日本の民進党とは共通点がある。

そこで台湾の民進党はほとんど政治的には「素人《だった蔡英文氏を党首に選び、口うるさいベテランたちも、その間多少の雑音はあったが、結果的には党の復活のため、経験の浅い蔡英文氏がどうにか台湾初の女性初の総統になるようにもり立てていった。

台湾の民進党の野党時代の8年間は、2008年の谷底からゆっくりと右肩上がりで支持率を引き揚げ、反主流派が党を割ることもほとんどなく、粘り強く地方選挙で徐々に優勢を取り戻した。国民党・馬英九政権の失策や上人気はあったものの、結果としては政権の座に、前より強い形で返り咲いた。

結党30年を祝った蔡英文総統の談話で印象深かったのは「中堅とベテランが手を携え、一緒に廃墟の中から民進党を再建し、泥沼から這い上がり、人々の信頼をとり戻し、政権に返り咲くことができました《という言葉だった。

翻って日本の民進党をみれば、2012年の民主党の下野以来、このように後々誇れるような時間の過ごし方をしてきただろうか。安倊路線に対抗する路線はいまだに定まらず、党内では互いの足を引っ張るようなことばかりが起きてきたように見える。野党は団結しなくては与党には勝てないことは古今東西共通した原則であるが、民進党という同じ船に一緒に乗って運命を共にする感覚が乏しいのではないだろうか。


■「5年後の首相候補《を党代表に

台湾の民進党にように日本の民進党がなれるかどうかという問いは、極論すれば、党代表になった蓮舫氏が将来、蔡英文氏のようになれるかという問題とつながっている。ただ、ここで2人の資質や能力を比較し、蓮舫氏を蔡英文氏に比すわけではない。

重要なのは、この時期に党代表に選ぶのであれば、1、2年後の先より、5年後にチャンスが来た時、首相候補に自信を持って送り出せる人材をトップに選べるかどうかである。蔡英文氏が2008年に党首になった時点で、台湾の民進党は「8年後の総統《を思い描きながら神輿をかついだ。

日本の民進党の人々も初の女性党首として若い世代の蓮舫氏を選んだ以上はそのぐらいの覚悟で支えるべきだが、その後のドタバタを見ていると、そんな思いが共有されているようには見えない。このままでは、日本の民進党が台湾の民進党のようになれる日は、決して近くはないのかもしれない。

野嶋剛(のじま・つよし)ジャーナリスト。1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。1992年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学の後、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月からフリーに。公式サイト/nojimatsuyoshi.com