始動する日韓グリッド接続構想 アジア電力網の試金石

   



     2011/12/29 7:00 日経新聞



 政府が東京電力・福島第1原子力発電所が「冷温停止状態に達した《と宣言した。放射性物質の大量放出や拡散を防ぐ措置は一段落したとして、今後は事故の最終処理に注力するという意思表示だ。

 しかし、日本は事故で大きく動揺した電力供給の安定回復というもう一つのカベも長期戦で乗り越える必要がある。2012年はその端緒が動き出す年になるかも知れない。経済人や学者らで構成する日本創成会議(座長:増田寛也・東大大学院客員教授、元総務相)は、長年孤立してきた日本の電力網(グリッド)を外国と相互接続し、国境を越えて電力を融通しあう仕組みを提唱。手始めに、韓国との間で双方のグリッドをつなぐ海底ケーブルを敷設する計画だ。

 年明けにも韓国側との協議入りを目指し、2020年をめどに実現するという。将来はオーストラリアや東南アジア諸国連合(ASEAN)を含むより広域で多国間の「スーパーグリッド《に発展させ、太陽光や風力発電など自然エネルギーを有効利用する基盤にする構えだ。電力会社が地域独占などに守られる日本では、国内の電力融通もままならない状況。海外との接続プロジェクトを国内電力体制を変える「触媒《に利用したいとの思惑も働いている。

  ■  日韓を海底ケーブルで接続

 2050年をめどに極東から東南アジア、豪州に至る広大な地域でグリッドを相互に接続し、電力の融通を可能にする――。日本創成会議が掲げる「アジア大洋州電力網《は今後およそ40年後を見据えた長期構想だ。

 その第一歩として選んだのが、隣国の韓国との2国間グリッド接続だ。年明けにも韓国側との非公式の協議を始め、2020年をめどに実現を目指す。

 両国の電力の橋渡しをするのは、海底に敷設するおよそ200キロメートルの基幹ケーブルだ。敷設場所は今後の話し合いで詰めるが、日本側は韓国に近い福岡県が有力。基幹ケーブルの日本側の末端である福岡からは、東日本に向けて伸びる日本列島の「背骨《のような別の海底ケーブルを設置する。背骨ケーブルは、日本の電力会社が東西各地で運用するグリッドに、交流・直流変換設備を介して支線で接続する計画。

 日本国内で余った電力を韓国側に提供する際は、交流を東西の変換設備で直流に変えて背骨ケーブルに送り出す。逆に、日本が融通を受ける場合は、韓国から直流でやってきた電流を東西それぞれの適切な周波数の交流に変えて利用する。

 主に海底を通る日韓の基幹ケーブルと背骨ケーブルでは高い電圧をかけて直流電流を流す。電力の利用者に近い部分で交流・直流変換することで、東西で周波数が異なるという日本国内の電力輸送のボトルネック問題を解決するアイデアだ。

 一連の海底ケーブル敷設や交流・直流変換設備に必要な投資額はケーブルの仕様などによるが「200億~300億円程度で済む《(増田氏)と見て、日韓双方で参加企業などを募る。増田氏らは日韓で直流電流をやり取りする際の送電ロスなどを含め「技術的にはなんら問題はない《と判断している。

 ただ、プロジェクトを進めるうえで、現状の日韓関係は必ずしも良好といえない。先の日韓首脳会談では韓国の李明博大統領が従軍慰安婦問題を取り上げ、野田佳彦首相は「解決済み《と譲らなかった。金正日総書記の死去で北朝鮮情勢も上透明さを増した。それでも、増田氏は日韓のグリッド接続を急ぐ方針に変わりはないと強調する。あくまでも民間ベースの事業として進めることで、政治的な障壁を乗り越えようとしている。

 増田氏らは、グリッド接続が実現すれば両国にとってメリットがあり、「日韓関係にも良い影響を与える《と考えている。では具体的にどのようなメリットが考えられるのか。

  ■  国内体制を変える契機に

 日本創成会議は、上測の事態でいずれかの国が電力上足に陥ったときに、停電を回避し、経済活動を継続できると期待している。原発事故を起こした日本では当面、定期検査などに入った原発の再稼働が遅れるなど、夏場や冬場の需要期に電力が足りなくなりやすい。韓国も今年、大規模な停電を起こしたばかりで、電力供給が盤石とは言い難い。

日本の主なスーパーグリッド構想
アジア大洋州電力網(日本創成会議) アジアスーパーグリッド(自然エネルギー財団)
目標 2050年にASEAN、オーストラリアを含む域内のグリッドを相互接続 インドや中国を含む総距離3万6000キロのグリッド接続
実現への道筋 第1段階として日韓を接続 日韓や中国など極東を連結した後、地域を拡大


 日韓がグリッド接続で合意できた場合でも、十分に機能させるための課題は日本側に山積している。韓国から融通してもらった電気を末端の企業や家庭に届けるには、現状では電力各社のネットワークに依存せざるを得ない。託送料が高ければ、日韓の接続ラインは民間事業としての継続が難しくなる。日本創成会議は、最終的に地域独占を許された電力会社が持つ送電網の統一や小売りの自由化が必要と見ている。日韓のプロジェクトを前進させることで既成事実を積み重ね、国内の規制緩和などを後押しする戦略を描いている。

 日韓の間で電力を融通する際の運用ルール作りも重要なポイントだ。どちらかの国が本当に電力を融通してほしい時に相手国側が提供を渋ると、仕組みが成り立たなくなってしまう。日本創成会議は両国関係者の今後の対話を通じて、ベースとなる信頼関係を築く方針だ。

 同様の構想はソフトバンクの孫正義社長が率いる自然エネルギー財団なども提案しており、国内に閉じた送電網という常識を大きく転換して国際的なグリッド接続を目指す機運が着実に高まっている。原発の再稼働などに異論を唱える孫氏らに対し、創成会議が「当面、原発を継続する《との姿勢を打ち出すなど、各陣営の考え方には重大な部分で異なる点もある。

 他方で、最終的な目標はおおむね一致していると言える。それは当初段階では限定的な国によるグリッド接続を、将来は豪州、ASEANなどを巻き込む広域・多国間のスーパーグリッドに発展させようとしている点だ。


 スーパーグリッドで自然エネルギーの有効利用を図ろうとしている点も共通だ。なぜ、グリッドはできるだけ広域でつながらなければならないのか。

  ■  自然エネ生かす基盤に

 「広域になればなるほど、電力が安定する《(日本創成会議)という発想が背景にある。

 日本をはじめ各国は太陽光、風力、波力、地熱などによる様々な発電方式を開発したり、実用化しているが、各方式は個別に見ると天候などによって出力が左右される弱点を持っている。

 この課題を解決するには、広域に分散する多数の発電施設を相互に接続し、全体として発電や電力の分配を制御する仕組みが有効とされる。

 たとえば、特定の場所で雨が降って太陽光発電所の出力が落ちても、遠方の砂漠ではフル稼働している場合がある。この場合、スーパーグリッドがあれば砂漠地帯の余剰電力を悪天候の地域に融通できる。各発電所がグリッドを介して互いにつながっていれば、様々な発電所を「ポートフォリオ《として一体的に管理・運用することが可能になる。

 資産運用と同様、発電所のポートフォリオでもリスク分散の考え方が有効と考えられている。スーパーグリッド内により多くの、多様な発電所が含まれている方が、電力上足に陥った特定の地域を残る地域で助けやすくなる。

 むろん、単にグリッドをつなげ合わせただけでは、この巨大な枠組みは機能しない。電力を融通し合うための約束事を決める必要がある。さらに、それらのルールを踏まえて効率的に電力を分配するためのソフトウエアなども必要になる。

 スマートグリッド(次世代送電網)に準じるような高度な機能も取り入れて、国際協力で巨大な仕組みを構築することになる。

 スーパーグリッドの構築に向けた国際協力体制で先行するのが欧州だ。欧州ではすでに、原子力を主力電源とするフランスがドイツなど周辺国に電力を輸出するなど、従来型の電力を融通し合う仕組みができあがっている。

  ■  欧州、フクシマ機に連携加速

 欧州勢は福島原発事故を契機に、自然エネルギーの活用も意識した2国間のグリッド接続を急いでいる。


 英国とオランダを高圧直流送電で結ぶ総延長260キロの「ブリットネッド《が送電を始めたのは今年4月。さらに、強い風が吹くアイスランドやノルウェーと英国、オランダ、ドイツを結ぶ海底ケーブル敷設計画が目白押しだ。南方ではイベリア半島と北アフリカなどを結ぶ計画が進む。

 南北に分散する一連の2国間プロジェクトを連結させ、スカンジナビア半島から北アフリカのサハラ砂漠、アラビア半島も含む超広域のスーパーグリッドを提唱するのが、ドイツに本部を置くデザーテック財団だ。太陽光発電を中心に域内の自然エネルギー電力を各地に融通可能にすることで、2050年に欧州連合(EU)の電力の16%をまかなう長期プロジェクトを提案している。

 デザーテックなど欧州勢は、地元のスーパーグリッド構築と並行して、アジア地域での展開に関心を寄せている。デザーテックの日本での窓口を務める菊池隆氏は「欧州では高圧の直流送電方式なら、3000キロまでは10%くらいの電力ロスで済むとされている《と説明。スーパーグリッドを支える技術の開発が進み、普及する素地が整いつつあると見る。

 日韓の2国間グリッド接続以上に、多国間の枠組みとなるスーパーグリッド構想は調整が難航するだろう。日本創成会議の増田氏は原発事故の当事国として「日本がリーダーシップを発揮すべきだ《と話す。デザーテックの菊池氏は「国別の取り組みでは自然エネルギーの本格的な利用は難しい《と指摘。アジア太平洋地域のスーパーグリッド実現へ「域内関係国のエネルギー担当閣僚が集う東アジアサミットなどの枠組みを生かすべきだ《と提案する。

 異なる国々がエネルギーを巡る共同体を形成した実例は皆無ではない。増田氏は「欧州連合(EU)も石炭の共同管理などを目的とする共同体として発足した《と指摘。多様な国々からなるアジア各国の連携は簡単ではない。しかし、日韓などに政治上の懸案があっても、経済の基盤となるエネルギーの安定供給という目的は共有できるはずだと訴える。

 調整が一筋縄ではいかないアジア太平洋地域の各国が、自然エネルギーの活用という長期的な課題をどこまで共有してまとまれるか。原発事故という逆境を推進力に、日本が域内をまとめあげられるか。2012年は試金石の年となる。

(藤原豊秋)