信濃毎日新聞 社説

改正の要件 2/3の重さを考えよ

2013/5/3付

 選挙権を返してほしい―。茨城県牛久市の吊児耶(なごや)匠さんが国を相手に裁判を起こしたのは、2011年2月のことだ。

 ダウン症で知的障害がある。だまされたりしないようにと、父親が財産管理などを助ける「成年後見人《になった。すると、それまで来ていた選挙はがきが届かなくなった。公選法の定めで、後見人が付くと選挙権を失うことになっているからだ。

 訴えたかいはあった。東京地裁はことし3月、ひとくくりに選挙権を奪う公選法の規定は憲法違反―との判決を言い渡している。

   <ハードルが高い理由>

 憲法は、国民の自由や権利を守るため、権力を行使する側に縛りをかけるものだ。吊児耶さんの裁判を見ると、そのことがよく分かる。判決を受けて公選法の規定は削られる方向になっている。憲法をよりどころに、権利を取り戻す流れを勝ち取った。

 多くの人は日頃、憲法を意識しない。それは、吊児耶さんのような立場に置かれていないからだろう。権利を奪われれば、向き合わないわけにはいかない。

 憲法は少数者のためにある、ともいえる。多数決で民主的に決めたとしても、憲法に反する法律は認められない。

 その憲法が、国政の担い手や多数派に都合よく、たやすく変えられるようだと、個人や少数派の権利が脅かされかねない。だからこそ、憲法は他の法律よりも改めにくい仕組みになっている。

 96条は、憲法改正の手続きとして二つのハードルを設ける。まず衆参両院で総議員の3分の2以上の賛成がないと提案できない。加えて、国民投票で過半数の賛成を必要としている。

   <議論を尽くしてこそ>

 自民党は最初のハードルである提案の要件を「3分の2以上《から「過半数《に緩める考えだ。日本維新の会、みんなの党のほか、民主党にも同調する議員がいる。

 憲法の重さを考えると、96条の緩和には賛成できない。

 自民党は、日本の憲法が「世界的に見ても、改正しにくい憲法になっている《と説明する。

 これは違う。各国の憲法に詳しい明治大学法科大学院教授の辻村みよ子さんによると、やり方はさまざまながら、ほとんどの国がハードルを高くしている。日本が飛び抜けて厳しいわけではない。

 国の基本原則を定めた最高法規を改めるには、それだけ慎重な議論が求められる。3分の2以上の議員に賛同してもらうには、提案する側が相当の説得力を持たなくてはならない。丁寧に説明し、幅広い合意をつくる努力が必要だ。

 国会でのやりとりは、国民投票に向けて一人一人が改憲のポイントをつかみ、是非を考えるための材料にもなる。その意味でも、まずは国会議員がしっかりと議論することが欠かせない。

 過半数でいいとなれば、ハードルは格段に下がる。議論が尽くされないまま、提案される心配がある。政権党が代わるたびに改憲案が出されるといったことにもなりかねない。

 最後は国民投票で主権者が決めるのだから、提案の要件は緩めて構わないという考え方もある。安倊晋三首相は「国民の60%、70%が変えようと思っても、国会議員の3分の1を少し超える人が反対したら指一本触れられないのはおかしい《と主張する。

 そう単純に片付けられない。辻村さんによると、国民投票を重ねている国では投票率の低下も見られる。提案のしやすさは、国民投票の結果にも関わってくる。

   <堂々と今の規定で>

 安倊首相は国会で「党派ごとに異なる意見があるため、まずは多くの党派が主張している96条の改正に取り組む《と述べた。中身を後回しにして一致しやすいところから、というやり方は安易だ。

 自民党の石破茂幹事長は、9条を視野に入れた対応だとの認識を示している。96条が国民投票にかけられた場合に「国民は(9条改正を)念頭に置いて投票していただきたい《とテレビ番組で話した。それなら、9条の議論を尽くさないと判断のしようがない。

 日本と同じように3分の2以上の賛成を必要とする国でも憲法は改正されている。要件があるから改められないわけではない。改憲が必要だというなら、その条項について、正々堂々と今のルールで理解を得るべきだ。