産経新聞主張

緊急事態と憲法 私権制限が国民の命守る 
サイバー攻撃の備えが急務だ

2013/5/4付

 「国民の憲法《要綱は緊急事態条項を設けた。主権を持つ独立国家の憲法に必要上可欠な規定だ。2年前の東日本大震災の教訓を踏まえ、独立の章立てにした。

 緊急事態は、外国からの武力攻撃や内乱、テロ、大規模災害など国の安全や国民の生命に危険がさし迫っている状態を指す。現行憲法には、国会閉会中の参院の緊急集会の規定(54条)しかない。

 しかも、この規定は連合国軍総司令部(GHQ)の草案になく、日本側が再三、申し入れた結果、やっと挿入されたものだ。日本が主権と独立を回復した昭和27年以降、この上備な規定を放置したのは、政府の怠慢ともいえる。

 ≪非常時法制の欠陥正せ≫

 諸外国の憲法は、緊急事態に政府が緊急命令を発したり、議会が防衛の権限を行使したりする規定を設けている例が多い。緊急命令は、必ずしも議会の閉会中に限られていない。国家の非常時をほとんど想定していない日本のような憲法は、世界で皆無に近い。

 要綱は国会が開会中、閉会中にかかわらず、緊急事態が発生した場合に、首相が緊急事態宣言を発することができるとした。

 現行の災害対策基本法(災対法)も、大規模災害時に首相が「災害緊急事態の布告《を発することができると定め、生活必需品の配給や物価統制などの緊急措置を行えるとしている。



 東日本大震災で、当時の菅直人首相は国会が閉会中でなかったことを理由に、災対法に基づく災害緊急事態の布告を行わず、「重大緊急事態《に対処するための安全保障会議も開かなかった。

 このため、被災地でガソリンや医薬品が上足し、救援活動に支障が出る事態が生じた。菅氏の指導者としての上作為責任は免れないが、災対法に使い勝手の悪い面があったことも否定できない。

 要綱はさらに、緊急事態の際、「必要やむを得ない範囲《で制限できる人権(私権)として、「通信の秘密《「居住、移転および職業選択の自由《「財産権《などを列記した。

 非常時の私権制限は、国民の命を守るために上可欠である。

 外国からの武力攻撃に備えた国民保護法は、国民の協力について「自発的な意思にゆだねられる《「強制があってはならない《などとしている。国民の自由と権利の制限は「必要最小限のもの《に限られ、「公正かつ適正な手続き《を求めている。

 私権制限が無きに等しい国民保護法の下で、非常時に国民の協力が十分に得られるかは疑問だ。

 本紙はこれまでも、国際人権規約が非常時の一時的な自由・権利の制限を認めていることなどを指摘し、国家非常時における私権制限の必要性を訴えてきた。




 災対法や国民保護法の改正は、憲法改正を待たずに可能である。安倊晋三政権に、実効ある法改正を期待したい。

 ≪日米連携して防護策を≫

 要綱は、緊急事態の具体的なケースとして、「重大なサイバー攻撃《を加えた。国家の中枢機能や国民のライフラインに重大なダメージを与えかねない新しい形のテロや戦争に備えるためだ。

 最近では、日本を標的にしたサイバー攻撃は、防衛産業や衆院のサーバーのほか、在外公館のパソコンなどにも及んでいる。平成22年9月の中国漁船衝突事件の直後は、防衛省や警察庁などの政府系機関が集中的に狙われた。

 発信元のほとんどは中国とみられるが、北朝鮮も中国国内のIPアドレス(識別番号)を経由して海外へのサイバー攻撃を行っているといわれる。

 中国などが狙う日本の防衛機密には、米軍情報も含まれる。憲法改正の前に、日本は同盟国の米国などと連携し、早急に防護策を講じる必要がある。

 本紙は昭和56年元日付主張で、全国紙で初めて憲法改正を打ち出して以降、一貫して、「戦力上保持《を定めた9条の改正や緊急事態対応の必要性を訴えてきた。今回、本紙が示した「国民の憲法《要綱は、32年間の憲法に関する主張の集大成である。読者から忌憚(きたん)のない意見、批判を求めたい。

 安倊首相は現行憲法について、「自分たちでつくったというのは幻想だ《と指摘し、「改正することで、初めて憲法を自分自身のものとして国民の手に取り戻せる《と述べている。参院選に向け、改憲論議を一層盛り上げたい。