日経社説

改憲論議で忘れてはならないもの

2013/5/3付

 日本国憲法が施行されて3日で66年を迎えた。今年は7月の参院選の争点に憲法改正が浮上している。自民党が中心になって改憲の発議要件を緩和する96条改正を突破口にしようと旗を振り、民主党などがこれに対峙するかたちで反対論を展開している。

 入り口として96条改正を打ち出すのは、改憲へのハードルを下げるねらいからだが、その先の具体的な改憲の道筋を明らかにし、どんな国にするのかの国家像の議論が必要なのは言うまでもない。

96条改正の先の明示を
 忘れてならないのは、改憲手続きをへて条文を改める明文改憲だけでなく、その前の段階で、国家がきちんと機能するよう法改正により対応が可能な立法改革もしっかり進めることだ。

 焦点となっている96条の改正条項の改正は、各院の総議員の3分の2以上の賛成による発議を2分の1以上にしようとするものだ。

 日本維新の会も賛成で、連立与党の公明党は慎重な態度をとっている。改憲は安倊晋三首相の最大の政治目標であり、参院選後をにらみ、維新やみんなの党を引き寄せる思惑がある。96条改正への賛成論を抱える民主党内の分断策にもなっている。

 こうした政治の駆け引きとは別に、96条改正によって改憲しやすくしたあとに、何をテーマにどんな段取りで進めていくのかを示さなければならない。

 自民党は憲法改正草案をまとめ、具体的なメニューを提示しているとはいえ、焦点の9条についてどんな手順を想定しているのかがはっきり見えない。入り口が96条で出口が9条なら、もっと堂々と改憲論議を挑むべきだろう。

 維新やみんなが主張している地方分権の推進や統治機構の変革のために道州制や首相公選制、一院制を導入しようとすれば、それは国のかたちの議論に発展する。その先の日本の見取り図を示し、全体像を明らかにしたうえでの改憲論議でなければなるまい。

 民主党は2005年にまとめた改憲の方向性を示す「憲法提言《を踏まえ、条文のかたちで改憲案を示す必要がある。単なる政治的なぶつかり合いに終わらせず、憲法論議を深めるためにも民主党の早急な意見集約が求められる。

 かりに改正条項の改正を発議しようとしても、国民投票法で定めた投票年齢の18歳への引き下げに伴う公職選挙法との調整など、国民投票の実施に向けた手続きを整えるには、なお時間がかかる。

 民主党が同調せず公明党抜きなら、こんどの参院選後に改憲勢力が3分の2をしめるのは、そう簡単ではないという現実もある。

 明文改憲だけで国家がうまく回るわけではない。制度の運用で大事なのは立法改革である。

 日本周辺を見回した場合、とくに北朝鮮の出方など、急いで対応を検討しておいた方がいいものがある。行使を禁じていると解釈している集団的自衛権がそうだ。

 すでに自民党がまとめている国家安全保障基本法で集団的自衛権の一部行使を可能にするのは現実的な対応だ。9条改正までの時間的な余裕がないとすれば、同法の早期成立が望まれる。

 もうひとつは「決められない政治《の原因となってきた衆参ねじれの解消策だ。

立法改革も同時並行で
 衆参両院の議決が異なった場合の衆院の再議決の要件を3分の2以上から緩和するよう憲法の規定を改めるべきだが、それが既成政党から出てこないのなら、まず立法措置で対応する方法がある。

 国会法では、衆参両院の議決が異なったとき、両院の代表者各10人からなる両院協議会で協議し、3分の2の賛成で議決することになっている。これを2分の1に改め、同時に議席数に応じて各党の代表者を出すようにすれば、機能上全の両院協議会が動くようになるはずだ。

 そのうえで、確認したいのが憲法とは何かという基本的なとらえ方だ。日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)が「憲法は特定の価値を国民に押しつけるものではない。国家権力をしばる法規範だ《というのは、その通りだ。

 教科書をみても「近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とする《(芦部信喜著『憲法』)とある。家族のあり方を規定しようとしたりするのは近代憲法とはちょっと違った発想だ。

 憲法のそもそも論をいま一度確認し、立法改革と明文改憲による道筋を示して、新しい日本につなげていくことが改憲論議の基本でなければならない。