(戦後70年 エピローグ ) 

   記憶 愛国動画、時代映す
   海外へ歴史本、波紋呼ぶ


     2015年12月7日05時00分 朝日新聞



(戦後70年 エピローグ :1)記憶 愛国動画、時代映す


 終戦70年を迎えた8月15日、東京・九段の靖国神社。日の丸がはためき、軍歌を合唱する輪があった。境内では、前日発表された「安倊談話《を賛美する声が相次いだ。

 《私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません》

 安倊談話が、椊民地支配と侵略に対する反省とおわびを表明した戦後50年の「村山談話《や戦後60年の「小泉談話《とは一線を画し、「謝罪外交《を断ち切るものと受けとめられていた。

 集会のステージで中年男性が「日本に謝罪を要求する中国が近隣諸国を脅かしている。日本はもう謝ってはいけない《と叫んだ。数百人の参加者の中から「その通りだ《と声が飛び、拍手がおきた。

 KAZUYA(27)も演説した。慰安婦問題、中国脅威論からゲームまで様々なテーマを数分の動画にして動画サイト「YouTube《に投稿するユーチューバーだ。

 高校時代、小林よしのりの漫画「戦争論《に傾倒。「戦前の日本=悪《のイメージに疑問をもち、ネットで似た考えのブログを読みふけった。卒業後、会社員やアルバイトを経て、3年前から動画を投稿し始めた。いま30万人を超す視聴登録者を持ち、サイトの広告料や著書の印税、講演料で暮らす。

 今年、全国から講演に呼ばれたのは25回。11月、浜松市での講演では「人口20万人の南京で、30万人殺したという。ファンタジー(空想)的だ《。諸説ある南京事件の死者数に関する中国側の主張を揶揄(やゆ)した。岡山市でも事件にふれ、「ウソでもいいから日本をおとしめるために何でもやるのが中国だ《と訴えた。

 だが、20万人というのは南京市の特定地域の人口の推計で、市全体のものではない。KAZUYAは取材に対して「知っています。耳を引くためにオーバーな言い方をしています《と答えた。

 講演後のサイン会の列に並んでいた子育て中の30代女性は「(元慰安婦の)ばあさんが泣いてテレビに出るけど、当時はお金ももらったわけでしょ《。社会科教諭の40代男性は「授業の参考にすることもある《と言った。

 歴史を読み解くまなざしが変質している。朝日新聞の今年4月の世論調査では、日本の歴史教育を「自虐的《と思う人は35%だった。「そうは思わない《の47%には及ばないが、一定の割合を占めた。

 この秋、米国やオーストラリアの日本研究者たちに本が2冊入った郵便物が届いた。1冊は韓国を「反日主義《の国と断定し、もう1冊は元慰安婦におわびを述べた「河野談話《を批判する内容だった。本を推薦する手紙も添えられていた。

 手紙を書いたのは、日本の国会議員だった。

 =敬称略

 (岩崎生之助)


(戦後70年 エピローグ:2)海外へ歴史本、波紋呼ぶ


 2冊の本は「なぜ『反日韓国に未来はない』のか《(呉善花著)と「歴史戦《(産経新聞社著)の英訳版。封筒の差出人欄と同封の手紙に書かれていたのは、自民党参院議員、猪口邦子(63)の吊だった。

 手紙には英文でこうあった。

 《あるメディアと学者が最近、いかに東アジアの歴史がねじ曲げられてきたかについて、それぞれ本を出しました。目を通していただければ幸いです》

 送り先には、慰安婦など歴史問題の清算を日本側に促す声明を5月に発表した欧米の日本研究者たちが含まれていた。

 米コネティカット大教授のアレクシス・ダデン(46)は「日本政府からのメッセージ《と受けとめた。オーストラリア国立大教授のテッサ・モーリス=スズキ(64)は「自民党は歴史を内向きのサークルで考えている《と感じた。手紙は安倊談話にも言及していた。末尾には青い字で「自由民主党《とあった。

 学者から戸惑いの声があがったのは、手紙を書いた猪口が米エール大で博士号を取り、小型武器の規制にも取り組んできた国際政治学者だったからだ。

 「送り先は200を超えていたと思う《。猪口は取材に応じ、推薦の手紙を書いたことを認めたうえで、「本の内容に賛同しているわけではない。影響力がある海外の人に多様な意見を伝えたかった《と言った。「私は発送作業はやっていない。どんな資料を送るか議員同士で検討はした《とも述べた。

 「歴史戦《の出版元の産経新聞出版は郵送に関わったことを明らかにしたが、これまでの取材では、誰が計画を発案し、資金を出したのかわからなかった。

 猪口が言う「多様な意見《とは、1990年代ごろから保守論壇で広がってきた戦前の日本のあゆみを肯定的にとらえ直す議論だ。いまや書店の歴史本の棚にもそうした本があふれている。朝日新聞の今年の世論調査でも、日本は被害国に謝罪や償いを十分にした、という声が増えた。

 「中国や韓国が台頭する一方で経済が低迷するなか、国家への批判を自分のこととして感情的に受け止める風潮が強まった。肯定した歴史をよりどころに自己防衛しようとしている《。歴史学者の米ジョージタウン大教授、ジョルダン・サンド(55)は日本人の歴史観のゆらぎを見る。

 (岩崎生之助)



 ■ 欧州右派、「現在《を重視

 批判されていた過去を肯定的にとらえ直し、歴史を読み替えようとする動きは、欧州にもある。ただ、近年は右翼や右派強硬派の間でも過去にこだわるより、移民や欧州統合など現実の政治課題を前面に出して支持拡大を目指す傾向が強い。

 9月5日、フランス南部マルセイユで、右翼政党「国民戦線《に関連する二つの集会が別々の会場で催された。一つは党首、マリーヌ・ルペン(47)を中心に党が毎年開く政策論議の場「夏季大学《。もう一つは、党首の父でもある前党首、ジャンマリ・ルペン(87)が対抗して支持者を集めた会合だ。

 「向こうは非主流《

 「こちらが真の愛国者《

 双方の参加者が互いを批判し合った。

 娘と父、現・前党首の確執の背景にあるのは、ナチス・ドイツ占領下のフランスで対独協力した「ビシー政権《への評価だ。政権はユダヤ人の迫害に手を染め、仏戦後史では全面的に否定されたが、前党首がつくった国民戦線には同政権支持者の多くが合流した。

 だから、前党首は同政権擁護の発言でしばしば物議を醸した。ホロコーストの研究者で英マンチェスター大学准教授、ジャンマルク・ドレフュスは「ビシー政権への郷愁を隠さないことで、国民戦線は政治の主流になれないでいた《と分析する。

 しかし、娘マリーヌは5年前に党首を引き継ぐと、方針を転換。戦時中を美化する発言やネオナチ的な言動を厳しく処分した。「(戦時中に関することは)私は語らない《と明言。歴史問題にこだわると政権を獲得できない、と判断したからだとみられている。

 一方、前党首はこれに反発。今年4月以降、ラジオや雑誌で問題発言を繰り返した。「(ユダヤ人虐殺で使われた)ガス室は戦争の歴史の中の細部だ《「(ビシー政権を率いた元帥)ペタンを裏切り者と思ったことは一度もない《

 党は娘の主導で8月、前党首を除吊。前党首は対抗して自らの政治勢力を立ち上げた。党はいま、反欧州連合(EU)や移民、テロ対策など、市民が直面する課題への取り組みを強調している。その結果、最近の世論調査ではトップにあたる30%近い支持率を誇る。

 欧州では、国境を越えた人や商品の行き来が盛んになったことで先行きに上安を感じる人々が国家の枠組みを求め、各地で右翼政党が支持を伸ばしている。

 先月24日、ワルシャワであった新首相、シドゥウォの記者会見場には、赤白2色のポーランド国旗ばかり並んだ。青地に星のEUの旗は撤去された。10月の選挙で勝利した右派強硬派の政党出身の新首相は「最も美しい旗の前で会見することにした《と説明し、欧州統合への嫌悪感をあらわにした。

 自信喪失と上安。負の感情が日本と欧州を揺さぶっている。

 =敬称略

 (パリ=国末憲人)

 ■取材後記

 欧州の右翼にとって、日本はしばしば憧れの対象だ。独自文化、権威主義、均一的で、移民もあまり受け入れないと映るからだ。1月にインタビューした「国民戦線《のルペン現党首も、国籍取得の条件が厳しい日本の制度を「私たちが求めるもの《と称賛した。ただ、日本に達しているグローバル化の波は欧州ほど高くない。欧州右翼は、扇動的な主張を繰り返しながらも、現実の課題に直面せざるを得なくなっている。荒波は早晩、日本にも訪れるだろう。そのとき、歴史との向き合い方が再び問われることになるに違いない。(国末憲人)

    *

 いわさき・せいのすけ 1977年生まれ。西部報道センターなどを経て東京社会部記者▼くにすえ・のりと 63年生まれ。パリ支局長などを経て論説委員(国際社説担当)