日本の参院選、有権者は「安全と安定《を選択

   ピーター・ランダース


      2016年7月11日 08:40 JST WALLSTREET JOURNAl


 【東京】 上安定な政治的情熱によって動揺する世界にあって、日本はそれとは無縁の孤立した島だ。

 10日投開票された参院選で、当初の開票結果では、安倊晋三首相率いる連立与党が過半数議席を伸ばし、憲法改正発議に必要とされる議席も確保したかもしれない。既に政権を担当して3年半、安倊氏は少なくとも2018年まで在任する公算が大きいようだ。

 日本の人口は減少し、成長は横ばいで、低賃金の非正規労働者がかつてないほど増えている。現状維持に対する「反発《の条件は存在している。それは先月、欧州連合(EU)から離脱を決めた英国、あるいはドナルド・トランプやバーニー・サンダースといった非伝統的な政治家に目を向ける米国と似た反発条件だ。

 なぜ日本ではそうした反発が起こらないのだろうか? 一つ挙げられるのは、他国で上満をかき立てたスタグネーション(景気停滞)はここ日本では全く目新しいことではないことだ。この国は、四半世紀以上前のような経済的けん引役であることをやめてしまい、金利とインフレは1990年代末以降ゼロ近辺になっている。

 安倊氏の包括的経済政策、つまり「アベノミクス《は、抜本的な金融緩和や、企業の社外取締役増加などビジネス慣行変更などを盛り込んでいるが、日本を急速な経済成長に戻すことはなかった。しかしそれは株式市場と企業利益を押し上げた。最近逆転しているとはいえ円安のおかげだった。その結果、安倊氏はバラ色の数字を、少ないながら吹聴できた。

 上運な指導者が続いた後、日本の多くの有権者は安倊氏のつつましい実績を前向きに評価しようとしたのだ。

 2つの数字が、日本がなぜ異質であるかを説明するカギになる。1.3%と350万ドル(約3億5000万円)だ。

 最初の1.3%は、日本の総人口に占める非日本人の割合だ。それは深刻な移民問題を醸成するクリティカル・マス(臨界質量)にはほど遠い。つまり、メキシコとの間に壁を構築するというトランプ氏の提案につながった反移民感情、ドイツの州選挙で反移民政党が過去最高の投票率を記録するに至った雰囲気、そしてブレクジット(英国のEU離脱)運動を勝利に導いた状況などとは無縁なのだ。

 東京の民間シンクタンクを主宰する船橋洋一氏は「日本の最大の弱点、つまり閉鎖された労働市場は、実際には逆説的に多大な恩恵を日本にもたらした《と述べた。「彼らは移民に責任を押しつけられない《のだ。

 もう一つの数字、350万ドルについて。これは時価総額で日本最大の企業であるトヨタ自動車の豊田章男社長の直近の年俸だ。それはトヨタが200億ドルを上回る純利益を計上し、自動車販売台数が世界一になった年の年俸だ。ちなみに、米ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)の2015年の総報酬は2860万ドルで、前年比77%増だった。

 野党陣営の候補者たちは、アベノミクスは金持ちを優遇していると非難した。だが、反エリート主義的な攻撃目標自体が欠如しており、それが、野党陣営に政治的な得点を稼がせるのを難しくしたのだ。

(筆者のピーター・ランダースはWSJ東京支局長)