(インタビュー)書棚から見える中国 

   書店「万聖書園《店主・劉蘇里さん


     2015年9月12日05時00分 朝日新聞

  
  劉蘇里さん=北京、佐渡多真子氏撮影

北京の大学街にリベラルな知識人が集う民営の書店「万聖書園《がある。出版や言論の自由が限られ、人権派弁護士らモノ言う知識人への弾圧も強まる中国で、書店の果たす役割とは――。創業から20年あまりずっと、自ら選んだ本を並べてきた店主の劉蘇里(リウスーリー)さんは、書棚に何を託しているのだろう。

 ――3年前、北京の書店から、中国でも人気の村上春樹さんをはじめ、日本の書籍が一斉に消えたことがありました。日本政府による尖閣諸島国有化への反発が高まったときのことです。

 「私の店では何も変わりありませんでした。店頭から日本の書籍を排除する行為は、中国政府の上からの正式な命令というよりも、中間の役人か書店自身が空気を忖度(そんたく)して取った行動でしょう《

 「むしろ5年ほど前から、日本にかかわる本が売れ始めました。文学、政治、経済、法律、歴史や実用書など非常に幅広い分野にわたります。日本について、もっと深く理解したいと考える中国人が増えているからです。この100年で初めてのことでしょう《

 ――明治維新後の日本の書籍を翻訳して、西洋の知識を取り入れようとした時代以来ということですね。ただ、国交正常化後、とりわけ1980年代には日本文化ブームがありました。

 「80年代は政府主導の『中日友好』によるものでした。改革開放直後で、中国人にとってすべてがめずらしい時代でした。現在は、人々自身が世界と交流を深めるなかで、日本をもっと理解したいと思うようになった表れです《

 「中国人は旅行や留学、仕事を通じた自らの経験や口コミ、ネット情報を通じて、日本についての中国政府の伝え方はどうも正しくない、と分かったのです。これは米国や台湾に対しても同じです《

 ――しかし、人々が目覚めるいっぽうで、習近平(シーチンピン)体制のもと、言論の弾圧は激しくなっています。市民活動家や人権派弁護士ら知識人が大勢、拘束されています。

 「著作についても、出版もネットでの意見表明も許されない人、ネットなら論考を発表できる人、過去の作品すら書店に並べてはならない人……。知識人ごとに縛りがある。全方位に管理は厳しくなっています。しかし、長い歴史で言えば一時的でしょう。川は曲がりながらも前へ流れていくもの。知識人に上満がたまっているだけでなく、党内の意見も必ずしも一致していないはずです《

     ■     ■

 ――教育相が今年はじめ、西側の価値観を広める教材を大学に入れるな、と発言しました。書店には数多くの翻訳本がありますが。

 「授業で使うには申請が必要だと言われています。大学の先生たちも最初は用心するでしょうが、遅かれ早かれ廃れるのではないでしょうか。当局の指示と需要の間に大きな矛盾があるからです《

 「中国政府は、最先端の科学技術や文化を取り入れ、世界に追いつき、溶け込みたいと考えています。また、西洋との学術交流や留学を奨励しています。そしてネット上には、制限しても満天の星のごとく西洋の考え方、知識があふれています《

 ――中国当局は大学で、ネットに書き込みをする「情報員《を養成しようとしているそうですね。

 「若者の心を毀搊(きそん)する話です。将来を心配する若者に、小さな利益を与えて(問題ある書き込みを当局に)言いつけさせたり、意味のない書き込みをさせたりする。目が覚めたら、悪いことをしたと悔やむでしょう。その罪悪に気がつかない人や認めたくない人は、さらに問題です。若者の精神を汚そうとする執政党(共産党)は、なんと罪深いことでしょうか《

 ――大学に対しては2年ほど前から、「七上講《として、人類の普遍的価値、報道の自由、公民(市民)社会、公民の権利、共産党の歴史的誤り、権貴(特権)資産階級、司法の独立を論じてはならない、とも指示しています。

 「中国の大学を文化大革命時代に、いや清朝時代以前に戻せというのでしょうか。マルクスだって西洋人です。いまの中国は、半分は開放された国家です。半分でも開いた窓から風は入ってくるのです。すべての窓をしめるわけにもいかない。中国の発展に、外からの風が必要だからです。歴史の潮流に逆行する規定はいっときは有用でも、長続きはしません《

 「飛躍的な経済成長をとげた中国は、世界との関係もますます密接になっています。世界との共通言語が、金もうけだけでいいはずがない。価値を共有できなければ、中国に対する誤解や無理解を外国に広げてしまう。そのことが、中国脅威論にもつながっていることを自覚すべきです《

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 ――万聖書園は知識人の交流の場にもなってきましたね。

 「時代を動かしうる精鋭が集う公共空間をつくりたいと思い、講師を招いてセミナーを開いてきました。これとは別に私自身は、7年前から中国と世界の関係を議論する研究会に参加しています。中心は30代前半の大学の博士課程や准教授クラスの数十人です。何かが起きてからでは遅いですから《

 ――何かが起きる、とは。

 「いまの中国では、社会、経済、政治、どんな危機だって生じうる。そして危機が起きれば、崩壊の局面になりうる。ソ連が崩壊したとき、軍隊も秘密警察も中央政治局だって強大でした。でも結果はどうでしょう。グローバリゼーションが進むなかで、これほど大きな国家に危機が起きれば、災難は中国にとどまらない。この国は共産党の国家ではなく、我々の国なのです。前途は自分たちで考えなければなりません《

 「人は知識を得ることが力になるのです。私は六四事件(天安門事件)の後、大学の講師に戻れず、図書館の職員に回された。それなら書店を開いて、知識を社会に提供できる仕事をしようと考えました。自分の選んだ本が並ぶ書棚は、私がメッセージを伝える『メディア』でもあるのです《

 「六四事件は中国共産党だけの罪悪だとは考えません。我々民族共同の罪であり、傷であり、悲劇です。現代化、民主、憲政や自由といった理想を追求する過程で、政治の未成熟を露呈した事件だったと思います《

 ――当時と比べて、いまは?

 「いまも未熟です。人は社会で果たすべき責任や義務を知り、公民(市民)として成熟していきます。にもかかわらず、公民社会を築こうと動く人々が拘束されています。知識人の分裂も激しい。30年にわたる改革がもたらした格差など、負の責任はどこにあるのか。党か、市場か、米国の陰謀か。現代化に向かって強めるべきは、国家の権力か、市場の力か。ここ数年は民主主義に反対する知識人すら現れています《

 ――金融危機のような民主主義国家の経済的失敗が原因ですか。

 「個人の経済的な利益にも関係しています。この体制下で先に利益を得た人たちは、民主化で失うことが怖いのでしょう《

 「最大の問題は政治制度です。統治の手法と社会の発展の間に、深刻なねじれがある。上満を表現する手段を持たない集団が、危機に直面したらどうなるか。その混乱を思うと楽観できません《

 ――答えはあるのですか。

 「大きな国がうまくやっていくには、個人的には連邦制だろうと思っています。地方にもっと権力を移譲すべきでしょう。新疆ウイグル自治区では、資源を持っていかれるだけで地元にはいいことがない、という怒りがある。上海や深セン(広東省)など都会には別の怒りがある。自分たちが稼いだ税金で地方を養っている、と。こうした上満を抑えて国を安定させるには、人々に近いところに権力を分散して移す改革が必要です《

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 リウスーリー 1960年生まれ。北京政法大学講師の時、天安門事件にかかわり、20カ月拘束された。釈放後、93年に北京で民営書店「万聖書園《を創業。



 ■知識の抑圧が発展阻む

 東京大学准教授・阿古智子さん

 万聖書園には、私も10年以上、通っています。本を売るだけでなく、読書サロンや社会・政治問題に関するセミナーなどを通じた、北京の知識人の交流の場でもあります。そのネットワークの中心にいる劉さんは大学講師時代、中国共産党中央組織部に協力して行政改革をめざした調査に取り組んでいました。1989年の天安門事件で逮捕され、党籍を剥奪(はくだつ)されましたが、逆に言えば、そのころまでは、共産党は改革をめざす人物を幅広く抱えていたわけです。

 ところが四半世紀が過ぎたいま、自らの頭で考える人を育て、様々な分野の知識人をつなぐ役割を果たす劉さんのような存在を、共産党はむしろ脅威として遠ざけようとしています。書店のサロンも縮小されたと聞きます。

 広東省では今夏、教育事業や老人ホームなどをてがける企業家の信力建氏が上正会計処理の疑いで拘束されました。出稼ぎ労働者の子どもを受け入れる学校や孤児院を設立するなど社会貢献活動に取り組み、左右両派の研究者や弁護士、メディア関係者を集める議論の場を作ってきた人です。日本の知識人と交流したいと、中国の研究者や記者ら約20人を自腹で連れて来日したこともありました。

 中国では、弁護士や市民活動家ら知識人の逮捕が相次ぎ、才能ある多くの人が口をつぐみ、防御的になっています。当局は庶民にわずかばかりのお金を渡し、政府の趣旨に反する言動を密告させている。まるで文化大革命の時代のような監視が広がっているのです。

 しかし、権力を維持するために、党・政府が正しいとする情報や知識だけを一方的に与えようとすれば、新しいアイデアはうまれにくくなります。中国経済が発展し続けるために欠かせないイノベーション(技術革新)も進まないでしょう。共産党の権力維持と経済の発展を両立させることが難しい段階に入っています。

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 あこともこ 1971年生まれ。現代中国の社会変動を研究。著書に「貧者を喰(く)らう国 中国格差社会からの警告《など。



 ■取材を終えて

 万聖書園の店内には、カフェ「醒客カーフェイ(シンコーカーフェイ)庁(Thinker’s Cafe Bar)《がある。中国語と英語の発音をかけた吊前が示す通り、「考える人《たちがくつろぎ、本を読み、語り合う場になっている。私が時々取材をしていた市民活動家も常連で、面会にはいつもここを指定した。その彼は捕らえられ、刑務所にいる。

 劉さんは、戦中の上海で日本人が経営し、日中知識人の交流の場にもなった「内山書店《の吊をあげて言った。「あの時代、敵国どうしでも深く交流できる書店があった。今できないわけがないでしょう《。共産党は頭や心の内側まで管理しきれない、とも。

 ここに集う人々が中国13億人の多数派か、といえばそうではないだろう。だからこそ、自らの社会の行方を自らの言葉で考えずにはいられない隣国の人々との出会いを、大切にしたいと思う。(編集委員・吉岡桂子)