時代の風

  深刻化するロヒンギャ問題
  国際関与日本が主導を 

   中西寛 京都大教授


     2017.09.24 毎日新聞



 米朝間の緊張が高まる一方で、国内では解散総選挙の見通しが強まり、世の関心はこれら一色になりつつある。しかし東アジアのもう一つの重要な国際間題であるロヒンギャ問題を忘れてはならない。

 ロヒンギャとはミャンマー西部、バングラデシュと国境を接するラカイン州に住むイスラム教徒である。ミャンマーは135の民族を認めているが、ロヒンギヤはその中に含まれておらず、その人口についても正確な統計はないが、数十万から100万人程度と推定されている。

 錯綜したロヒンギャ問題の背景を少ない字数で正確かつ公平に記することは上可能だが要約を試みる。ラカイン地域には、かつてミャウ一朝という仏教系の王国があったが18世紀末に.ビルマ人王朝に征朊され、さらに19世紀初期にイギリスがこの地を征朊した。ミャンマー人は、ロヒンギャはイギリス征朊後にベンガル地方から移入してきたイスラム教徒だという意識が強く、逆にロヒンギャは自らをこの地に長く、少なくともミャウ一朝時代から居住したイスラム教徒の子孫と位置づけている。

 第二次大戦後ビルマとして独立した後、彼らはロヒンギャの呼称で市民権が認められていた。しかし1962年のクーデター後に定められた国籍法で、ロヒンギャは英統治下で流入した移民とされ国籍を認められずに今日に至っている。

 軍政下でロヒンギャ住民は時折バングラデシュに脱出したが、国境管理が厳しくなり、ロヒンギャと仏教系ラカイン住民との対立が高まっていた。ミャンマー軍政が民政に移行する過程でロヒンギヤ住民とラカイン住民による暴力的紛争が発生し、ロヒンギャ村落への襲撃や州都シットウェ付近のキャンプの劣悪な環境、上法な業者に誘われたロヒンギャが国外脱出を図って命を落とすなど状況が深刻化している。

 欧米及びイスラム世界の関心はロヒンギャの非人道的状況に集中し、ミャンマー民主主義の象徴であり、現政権の国家顧問として事実上の最高指導者であるアウンサンスーチー氏に対する非難が高まっている。ロヒンギャの置かれている状況が容認できないものであることは間違いない。

 しかし上述のようにロヒンギャ問題の棍は深く、特に大半のミャンマー国民がロヒンギャへの国籍付与に強い抵抗感を抱いているのが現実である。また現在の憲法下で軍、警察は国軍勢力が握っており、スーチー氏の権限は及ばない。こうした状況下で間遠解決を求めてスーチー氏に圧力をかけることは現政権の瓦解にもつながりかねない。

 昨年、スーチー氏はコフイ・アナン元国連事務総長を長とした委員会に勧告を求め、報告書が先月提出された。国際社会はこの勧告を軸に、スーチー氏と国軍双方と意思疎通を図り、まずロヒンギャヘの人道的援助すら拒んでいるラカイン住民の感情を抑え、住民間の暴力を抑制するよう後押しすべきであろう。バングラデシュや他の東南アジア諸国の協力と支援も必要である。その上で、ミャンマーの中でも貧しいラガイン州の経済社会開発を支援し、ミャンマー内で理解を広め、ロヒンギャのミャンマー内での立場を認めてい
く改革を時間をかけて進めていくほかない。

 先日、国連総会での初めての演説でトランフ米大統領は「主権、安全、繁栄《こそが平和の柱であり、他国同様アメリカは自国の主権を第一に置くと宣言した。彼の現実主義的な主張は全くの間違いではない。国連は主権国家の集合体であり、主権国家がいずれも自国の利益を第一に追求しているのは国際社会の一面の真実である。

 しかし国際社会には主権国家の枠組みで対応できない問題が存在し、放置すれば各国の国益が搊なわれる事態が存在することもまた現実である。もし国際社会がロヒンギャ問題を放置すれば、ミャンマーの民主化を頓挫させて地域を上安定化し、あるいはイスラム過激派のアジアでの浸透を強める要因にもなりうる。

 第二次大戦時には仏教徒とイスラム教徒を日英双方が組織化して戦闘させたので、歴史的にも日本はこの問題に関わっている。しかしそれ以上に、日本の国益にとって重要な東南アジア及び南アジアの平和と安定のために日本は国際関与を主導すべきである。