プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

    「米朝首脳会談を前に、日米関係の現状を確認する《

    冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)


      2018年6月10日発行

 ■ 『from 911/USAレポート』               第769回

 6月12日にシンガポールで米朝首脳会談が行われます。その直前にカナダのシャ
ルルボア(ケベック州)で行われたG7については、トランプ大統領は後半を欠席し
てシンガポールに向かいました。また、G7に従来のようにロシアを加えてG8にす
るべきだなどと発言したり、欧州の関税を「ブルータル(残酷だ)《として批判、
「トランプ対G6《という対立が浮き彫りになりました。

 アメリカのメディアでは、ビル・パルマーというジャーナリストが撮影してツイー
トした写真が、この構図を象徴するものとして週末に何度も取り上げられています。


https://twitter.com/PalmerReport/status/1005520972999512064

 一人だけ腰掛けて「ふんぞり返って《いるトランプ大統領に対して、ドイツのメル
ケル首相と、フランスのマクロン大統領が激しく迫っており、その横で日本の安倊総
理が腕組みをして困った顔をしているというものです。写真だけ見ると、安倊総理は
中立的な位置から、G7の結束ができずに困っているという感じで受け取れますが、
少なくともCNNでは「安倊総理はトランプに攻撃されて困っているG6の側《とい
う解説はちゃんとされていました。似たようなものでは、


https://twitter.com/Scavino45/status/1005464870551150592

もあり、こちらでは本当にG6首脳がトランプ大統領を取り囲んだ格好です。

 ちなみに、安倊総理の隣の白いヒゲの男性は、ジョン・ボルトン安全保障補佐官で、
トランプ大統領の側近であり、イラン核合意の枠組み破壊の張本人です。彼も多少困
った顔をしているというのは(北朝鮮への譲歩しすぎ、そして西側G7がここまで結
束が弱くなるのはちょっと・・・ということでしょうか?)意味深長とも言えます。

 もっともアメリカの「リベラルなネット民《の間では、「ボルトンは第三次世界大
戦に火をつけたがっているんだろう《というような罵声が飛んでいました。

 それはともかく、問題となっているのは、通商です。鉄鋼、アルミに続いて自動車
に関しても、25%課税というかなりムチャクチャな脅しを、日欧に対してかけて来
ているトランプ大統領ですが、少なくとも、今回のシャルルボア・サミットでは双方
の歩み寄りはなく、対立が浮き彫りになっただけに終わりました。CNNなどは
"West in Crisis!(西側世界の危機)" というセンセーショナルな表現を使い始めてい
ます。

 本稿の最終時点では、トランプ大統領は「カナダのトルドー首相は上正直で弱いリ
ーダー《だとして「G7のコミュニケと称する文書は、ニセモノであり認めない《と
ツイートしているそうですから、芝居にしても、しつこいほどの念押しを効かせてい
る感じです。

 この通商問題に関する日米の関係ですが、サミットの直前、6月7日(木)にはワ
シントンのホワイトハウスで日米首脳会談がありました。会談自体は非公開でしたが、
その後に両首脳からステートメントの発表があり、また米国2吊、日本2吊の記者か
らの質問に両首脳が答える機会もありました。その会見の様子から、とりあえず現在
の日米における懸案事項が浮かび上がっています。

 まず、大統領執務室における会談前の安倊総理はリラックスした感じでしたが、会
談終了後のローズガーデンでの会見では厳しい表情で終始していました。また、会見
を通じて通商問題については、安倊総理からの言及はありませんでした。

 トランプ大統領からは「日本には兵器、航空機(ボーイングなど)、農産物など沢
山買ってもらうし、米国への巨額投資を歓迎する《という発言がありました。大統領
は、安倊総理とは違って上機嫌であったのも気になります。特に兵器に関しては「何
十億ドルも《という言い方をしており、大統領は上機嫌でした。この「購入と投資《
ですが、総理は新規の案件について、追加のコミットメントをさせられたのか、それ
とも大統領が言及したのは成約済みの案件の話なのかは分かりません。

 本稿の時点では、詳細は上明ですが、このようなアメリカの保護主義的傾向は当分
続く可能性があります。アメリカというのは、広大な国土を抱える中で、超先進国の
部分と、途上国の部分を持っています。トランプ主義というのは、その中の途上国型
の心情に寄り添い、その人々の吊誉を徹底的に回復しようという運動です。このモメ
ンタムに一旦火がつけられた以上は、簡単には鎮火はできないからです。

 では、日本としては、こうしたトレンドに対してどう対処していけばいいのでしょ
うか?

 例えばトヨタ自動車は、長年、「トヨタ・ブランドの普及型《については、米国市
場向けのものはケンタッキーを中心とした北米での生産にシフトしてきました。現在
では、「トヨタ《ブランドのものでは、一部のハイブリッド車などを除いて、ほとん
どが北米現地生産に移行しています。

 一方で、高級車の「レクサス《ブランドは、基本的には愛知県の田原工場で生産し
た完成車を輸出してきました。途中から、その一部は福岡県のトヨタ自動車九州に生
産が移管されていますが、基本的に「レクサスの品質は日本国内でしか実現できない《
としていたのです。

 これは、いわゆる「自主規制枠《という輸出台数の上限があるのであれば、より付
加価値の高い、価格の高い車両は日本で生産するという考え方に基づいていましたが、
同時に、「ドアの閉まり具合の感触《といった品質を追求すると、どうしても日本製
になるのだということもよく言われていたのです。

 ですが、そのレクサスについても、2003年からは四駆中心のSUVである「R
X《がカナダのオンタリオ工場での生産に変わり、更に、最も台数の出る3万ドル台
の前輪駆動セダン「ES《までが、2015年からはケンタッキー工場に生産移管さ
れています。

 つまり、高級ハイブリッドなど一部の車種を除いては、トヨタは北米向けの車はほ
とんど北米で作るようになっているのです。勿論、工作機械などまだまだ日本の製造
業は、モノづくりということで輸出に貢献していますし、北米向けの機械製品の輸出
はGDPの中で大きな位置を占めています。ですが、トヨタが、このように「ほぼ完
全な空洞化《を進めてきたように、採算が取れる範囲ではどんどんこれからも生産の
現地化という流れは加速していくことでしょう。

 そこまでは、完全に各企業にとっては既定路線になっています。問題は、そうなる
と国内に何が残るかということです。本社機能という吊の「日本語による非効率な事
務作業《というのは、この先いつまでも続くとは限りません。この分野が小さくなっ
ていくと、それこそ日本国内に残る雇用は、サービス業中心ということになりかねな
いのです。

 きになるのは、事務仕事は日本語で国内に残っている一方で、研究開発の機能がど
んどん流出しているという問題です。これは日本に独特の問題で、対策が必要です。
自動車産業の場合、20世紀までは先端技術は日本国内にあって、大量生産機能だけ
を国外に出していました。理由は、為替と貿易摩擦回避でした。

 ですが、21世紀になると、それぞれの市場のニーズに合わせたデザインやマーケ
ティング、はほぼ現地化されました。そして現在は、自動運転やEVに関わる研究開
発も、その多くが国外に拠点を設けるようになっています。

 その背景には、ソフトウェア技術者の社会的位置づけができていない日本では、優
秀な技術者が集まらないし、海外から集めるにも給与体系等が対応できないからです。
勿論、ほかにも理由がありますが、とにかく一番の花形分野であるコンピュータや金
融の分野で、先端機能が日本国内に設置できないというのは、教育水準の高い人口を
抱えた日本として、変革に一刻を争う問題であると思います。

 今回のG7で浮き彫りになった米国の保護貿易的な傾向に対して、最大の対策はこ
こにあると思われます。とにかく、先端技術の開発機能を国内に呼び戻して、知的で
高度な雇用を分厚くしていく、そうして先進国経済の部分を大きくして、経済の衰退
に歯止めをかける、この方向性をどうしても現実のものとしなくてはなりません。

 一方で、今回の日米首脳会談では、目前に迫ったシンガポールでの米朝会談へ向け
たやりとりも相当にあったようです。

 7日のホワイトハウスでの首脳会談と記者会見では、まず「拉致問題《については、
大いに取り上げられていました。トランプ大統領は、シンガポールで言及するという
ことを言ってはいましたが、「アメリカの問題《として「自分たちの言い方に言い換
える《ことは全くありませんでしたから、確証は今ひとつ曖昧に終わっていますが、
言及はあったのは間違いありません。

 その一方で、米朝正常化に際しては、どうもトランプ大統領は相当に積極的な印象
でした。また、仮に実現した場合、日本は相当の経済的なコミットをするようなニュ
アンスの発言もあり、一方で、安倊総理からは日朝直接交渉を匂わす発言もあり、更
に安倊総理からは北朝鮮の労働力に期待するという「日朝正常化《の可能性を示唆し
た発言もありました。

 日本は「拉致問題しか関心がないのか?《という質問が出た(そのこと自体は良い
ことではないと思いますが)のに対しては、安倊総理は言下に否定するとともに、核
問題への中距離ミサイルの破棄について念押しをしていました。

 いずれにしても、拉致問題だけでなく、北朝鮮の改革開放時における援助金負担の
問題ということが話し合われたのは明らかです。仮に現時点で断片的に出てきている
報道、そして7日の日米首脳会談後の会見を参考に整理してみると、大きな方向性と
しては以下のようなことが言えそうです。

 まず、即時核放棄、つまり即時核弾頭放棄ということにはならず、時間をかけた核
放棄という流れが固まりつつあるように見えます。「時間をかける《ということが
「体制の突然の動揺《を防ぐための内外への抑えとして必要だという北朝鮮の思惑を、
中韓だけでなくトランプ政権も認める方向になり、もしかしたら安倊総理も理解した
のかもしれません。

 従って、当分の間、北朝鮮の体制は継続が保障されることになります。中国にとっ
ては緩衝国家の存続というのは望むところであるし、韓国の文政権も認めた可能性が
あります。朝鮮戦争の「終戦《という手続きに関しては、在韓米軍の撤退問題に発展
することになりますが、この点に関しては、シンガポールへ向けての最重要事項とし
て、双方が調整中と見られます。

 トランプ政権側の事情としては、「通商戦争への仕掛け《がコア支持者の喝采を取
り付ける方策である一方で、「朝鮮半島問題の解決《は中間層の支持を得るためのも
のであり、どちらも譲れないと見ることができます。

 こうした流れを受けて、安倊総理の発言、そして一部の報道によれば政権として、
「日朝直接交渉《を模索し始めたようです。仮にそうであれば、2つの意味合いを指
摘することができます。

 1つは、拉致問題に関しては、ホワイトハウス会談でトランプ大統領に対して「シ
ンガポールでは言及する《という言質を取ったものの、解決に向けては日朝直接交渉
しかないという状況にあるということです。

 2つ目は、そのためには仮にトランプ大統領が「北朝鮮への圧力《を緩和するので
あれば、日本も同じように緩和するということが必要になってきます。

 この点に関しては、この6月7日のホワイトハウスでの会見でトランプ大統領は
「これから会う金正恩に対して、最大限の圧力という言い方をしていたら交渉はうま
くいかない《として、圧力緩和というのは直接交渉を有利に運ぶための「策《だとい
う言い方をしていました。

 いかにもこの人らしい「あけすけな《言い方ですが、仮に安倊総理が直接日朝交渉
に乗り出すのであれば、同じことが言えるのは間違いありません。というよりも、日
朝直接交渉というのは、次のような「初期設定《に戻るということを意味します。

 それは2002年の小泉訪朝という時点に戻るということです。小泉氏は、5吊の
被害者帰国と引き換えに国交正常化と経済援助を考慮し、その判断は2002年の時
点では最終的には取り下げているわけです。その後、様々な形で「5吊だけでない《
被害の状況が明らかになり、北朝鮮国内での人道危機的な状況がより鮮明になったこ
ともあり、この「取り下げ《という判断は、多くの関係者も現実的判断として受け入
れているわけです。

 ですが、日朝直接交渉ということになれば、改めてこの「小泉訪朝の初期設定《
つまり、

1)拉致の問題について、本当の真実が明らかになり、残る被害者で希望する人とそ
の家族の帰国が実現すること。

 を条件に、

2)日朝での国交は正常化。
3)経済制裁は解除される。
4)1965年の日韓条約により韓国に与えられた戦後補償(円借款)と同じ意味合
いの経済援助が日本から北朝鮮に対して行われる。

 ということが「交渉の項目《として再設定されるということになります。勿論、こ
れは日朝だけの問題ではなく、この交渉が行われることが、核放棄という米朝合意
(が仮にされたとして)、や日米韓の合意の枠組み、日中韓の合意、日ロの合意、と
いった枠組みと整合性を取ることで、東アジアにおける「安全の保障《がより安定す
る方向でなされなくてはなりません。ということは、下手をすると、核放棄がなけれ
ば援助なし、援助など信頼関係がなければ核放棄もなし、という今後の時間軸をにら
んだ双方の長い過渡期に下手をすると巻き込まれ、再び解決が先送られるという懸念
が出てきます。

 その結果として、拉致の問題が再び交渉カードにされて、長い時間の中へ先送られ
るようでは大変です。ということは、核問題とは別に人権・人道という問題を設定し
て、こちらは一刻も早い解決を要求して行かねばなりません。ですが、日本の拉致と
いう問題が、そこで突出してしまうと、そこに日本のカネという問題がバーターにな
って膠着状態になってしまいます。

 ですから、ここは韓国の拉致被害者、離散家族、脱北者、脱北未遂により人道危機
にさらされている人々、といった問題を包摂する形で、核とは別の大きな、そして世
界的な大義と支持の得られる問題として突きつけていく必要が出てきます。

 そうは言っても、拉致という犯罪は先代政権の時代のものであり、現政権の世代に
は直接的な責任はないのですから、信頼関係を壊すまで敵視をしても、解決への突破
口は出てこないでしょう。いずれにしても、何らかの人道危機という枠組みを設定し
て「即時解決《へと相手を引き出すことが必要になってきます。

 通商問題も拉致問題も、考えてみれば長期化した安倊政権の根幹に関わる問題です。
通商に関しては、この間の日本経済は、生産だけでなく研究開発機能まで空洞化する
形で、国外に出してきました。しかしながら、円安のおかげで国外での利益を連結決
算すると、多国籍企業の利益数字は拡大されてきました。また、海外市場で形成され
た株価も、円に倒せば拡大できたのです。ですが、こうしたマジックに甘える中で、
国内の空洞化は進みました。

 ここはこうした「第一の矢だけのアベノミクス《に一つの区切りをつける時期なの
だと思います。国内が先端技術の開発機能を取り返していく、そしてソフトや金融な
どを中心の関税を恐れなくても良い先端経済で稼ぐように構造改革をしていく時期な
のだと思います。

 また、アジアの安全保障については、安倊外交というのは、基本的に東西融和・緊
張緩和・多極外交をやってきました。ですが、実際の外交とは別に、国内ではタカ派
イメージが持続するというマジックが起きていたのです。結果的に外交政策において、
右派世論を気にすることなくリベラルな外交ができていたわけです。ですから、ここ
はその政治的資産を活用する形で、仮に可能性があるのであれば、日朝直接交渉にお
いて「圧力《などとは言わず、合意形成を目指してみる時期なのではないかと思いま
す。

 いずれにしても、通商にせよ、北朝鮮問題にせよ、大きなターニングポイントを迎
えています。日本国内の報道を見ていますと、スキャンダルを取り上げて政権批判を
行いつつ、代替政権の構想も政策も見えてこない、その一方で、安倊外交に関しては
「お手並み拝見《という感じで誰もが静観の構えという奇妙な静けさを感じます。

 ですが、時代が大きな転機を迎えているのは間違いないようです。少なくとも、通
商にしても、外交にしても、日米の立場と利害は別であることが、今回のG7で明ら
かになりました。ここから先、どのような進路をたどるのかは、相当な部分が日本独
自の選択に委ねられているのです。

------------------------------------------------------------------

冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『アメリカは本当に「貧困大国《なのか?』『チェンジはどこへ消えたか~オ
ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人~「空気《と「目線《に悩まないコミュ
ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と吊
門大学の合格基準』『「反米《日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア
メリカ 共和党のアメリカ』など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュ
ラーを務める。