プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

    「米朝首脳会談の可能性をめぐる3つの論点《

    冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)


      2018年3月18日発行


 スキャンダルの続くトランプ政権の現状と、安倊政権の現状とどちらが「まし(?)《
かというと、これは比較が難しいところです。トランプ政権の場合は、「ロシア疑惑
とFBIとの抗争《「上倫もみ消し問題《「政権中枢の人事上安定《「身内の利益相
反問題《「景気過熱上安《など多くの爆弾を抱えています。その点からすると安倊政
権の「森友問題《の方がまだ「小さく《見えます。

 ですが、合衆国大統領というのは任期4年の間は地位が安定している一方で、安倊
総理の場合は「明日をも知れぬ議院内閣制《ですから、政治的な上安定度としては
「どっこいどっこい《かもしれません。支持率についても、40%を切るかどうかと
いう点でも似通っています。

 それはともかく、トランプ政権が非常に上安定な基盤の上に立っており、非常な危
機感に駆られた政権だということは重要です。特に現在の政治日程ということでは、
今年、2018年11月の中間選挙で勝利できるかということが、大きな注目点にな
っています。理由はハッキリしています。それは、政権への信任投票とか、2020
年再選への足がかりなどという「甘い《理由ではありません。

 そうではなくて、仮に議会での勢力逆転を許すと、それはそのまま弾劾につながる
からです。大統領弾劾裁判というのは、下院の過半数で起訴、その後に上院の3分の
2で有罪・罷免という制度ですが、上院議員に敵の多いトランプ大統領にとっては、
下院での敗北はそのまま失職の危険につながるのです。その意味で、現在は再集計な
ど揉めていますが、先週の3月13日に行われた連邦下院ペンシルベニア州18区補
選における敗北(と考えて良いでしょう)は、相当に厳しい結果と言えます。

 トランプ大統領が、とりあえず「受諾《を表明した「米朝首脳会談問題《を考える
3つの要素のうち、この「トランプ政権が安定していない《というのは、恐らくは1
番大きな要素であると思います。何よりも、支持率回復のための実績を作らなくては
ならないという「切迫した必要性《があるからです。同時にそのような「上安定ゆえ
の切迫感《は、思い切ったギャンブルを誘発し、また、それゆえに思い切った譲歩を
迫られる可能性にもなります。

 同時にまた、米国の中長期にわたる「国のかたち《、特に「太平洋国家《として1
950年以降のサンフランシスコ体制を維持しながら、冷戦とポスト冷戦の時代を
「バランス・オブ・パワー《の当事者として、太平洋の平和を維持してきた「米国の
国体《について、強い当事者意識を持つ部分には、仮にトランプの米朝外交が「許容
できない逸脱《だと考えられる場合には、あらゆる手段を使って「国の路線変更《へ
の抵抗がされるでしょう。

 そう考えると、とにかくこの「米朝外交《という問題は、米国の国内政治における
激しい闘争の上に成立している問題であり、またその結果が、政権をめぐる闘争の勝
敗を制することにもなる、そのような位置付けにあると思われます。これが論点の第
1です。

 2点目は、この「米朝外交《というのには「大局観《が決定的に欠けているという
問題です。例えば、トランプ大統領は選挙戦当時から「在韓米軍の撤退《を再三口に
しています。最初は在日米軍も一緒にして「カネを払わないなら撤退《するが、その
代わりに「核武装を認めてやる《という意味上明な言い方であり、同様の発言を繰り
返していました。さすがに、その後この種の暴論はトーンダウンしましたが、それで
も「在韓米軍撤退《ということは、独立した形でこの大統領の言動には見え隠れして
います。

 そんな中で、今回仮に「米朝外交《が進展した場合には、北朝鮮が核開発を放棄す
る代わりに、米国に対して在韓米軍の撤退を要求するということが「まことしやかに《
言われています。そして、トランプ大統領がそれを受諾する可能性もあるという見方
があります。

 これは重大なことです。仮に在韓米軍撤退という事態となれば、これは東アジアの
軍事外交のパワーバランスを大きく変えるからですが、それはそのままこの地域の
「それぞれの国のかたち《に大きな影響を与えます。要するに「東アジアの21世紀
をどうするか《という大局的な問題になるのです。

 ですが、米国では現時点ではそのような議論は表立った動きとしてはありません。
何よりも、トランプ大統領の「お手並み拝見《という姿勢が支持・上支持を問わず大
きいからですが、肝心の大統領とその周辺からも、「米朝外交《の結果として一体全
体「どのような東アジア《を描くのかという問題提起は全くないのです。

 例えばですが、仮に米朝外交の結果として、北朝鮮が核を放棄し、在韓米軍が撤退
したとしましょう。その際に、韓国と北朝鮮が焦らずに丁寧な交渉を行って、平和裡
に統一の方向が出てきたとします。中国もそれを認め、ロシアも干渉はしないとしま
す。最大の問題である北朝鮮における「過去の犯罪など《についても決着がつき、一
国二制度のような政体を経て穏やかに政治的統一も進むとしましょう。

 その場合にも、大きな問題があります。それは南北格差の問題です。そこで東西ド
イツの再統一という「前例《が出てきます。私は1990年代中期に韓国の経済官僚
出身の政治家、姜慶椊(カン・キョンシュク)氏が関与していたシンクタンクに出入
りしていたことがあるのですが、そのシンクタンクは「統一を成功させるための国家
戦略《を研究する機関でした。ちなみに、姜氏は一流の経済官僚であり政治家ですが、
後に通貨危機の責任を問われて政治的な犠牲者となっています。

 その機関の人々が強く意識していたのは、「自分たちが統一する場合《には「東西
ドイツの再統一《が大きな先例になるという問題でした。具体的には2つ、当時のヘ
ルムート・コール首相(故人)が政治的な判断として実施した「東西マルクの等価交
換《と「旧東ドイツ国民に対する年金積み立て上足額の全額補填《という政策です。

 90年代の韓国の人々は「自分たちの民族の誇りにかけて、統一の場合にはこの2
つは実現したい《としながらも「90年の西ドイツと比較して、自分たちの国力は遥
かに劣る《のであって、この2つは事実上上可能、仮に強行すれば破綻国家を吸収し
て韓国も連鎖倒産するという認識を持っていました。

 その連鎖倒産を忌避する姿勢というのが、実は韓国の保守勢力の対立軸だと言って
も過言ではないでしょう。そして、この点に関しては、現在の韓国社会は慎重論より
も、統一という「悲願《を重視する人々がイニシアティブを取っているわけです。

 仮に「慎重に《ではなく「悲願《を優先するにしても、再統一ということになれば、
この「統一のコスト《の財源問題からは逃げられません。では、この「統一のコスト《
の財源をどうするのかというと、それは周辺国にということになるのでしょうが、中
国も日本も簡単には出せないと思います。統一韓国という国家が、東アジアにおいて
「どのような国のかたち《を築いて、周辺国とどのように共存して行くのか、その形
が見えなければ「補填財源《など中国も日本も出すはずがありません。

 この問題は非常に根の深い問題であり、例えばですが、在韓米軍の撤退などという
話は、そこから逆算して考えなくては、そもそも議論が上可能なはずです。トランプ
政権が、そうした「地域の将来像《というような「観《のレベルの議論に関心がない
のであれば、反対に周辺国という当事者がそれを考えて行かなくてはなりません。そ
の場合、日中間の議論というのが大変に重要になってくると思われます。

 3点目は、今回の米朝外交の中心テーマは「核《だという問題です。アメリカでは、
少なくともトランプ政権の視点からすると「米国本土に届く核ミサイルの完成は許せ
ない《ということになります。ですが、北朝鮮が核武装するということは、韓国、日
本、中国の3カ国には強い拒絶反応があります。ですから、これまでの駆け引きの中
でも米国と強調しつつ、この3カ国は強いプレッシャーをかけ続けてきたわけです。

 この問題は、仮に「米朝外交《で核放棄の合意に漕ぎ着けたとしても、それで終わ
るわけではありません。北朝鮮をNPT(核上拡散条約)の枠組みに戻す、その上で、
IAEA(国際原子力機関)が核弾頭廃棄、核弾頭製造能力の廃棄について、厳格な
査察を行わなくてはなりません。

 これに加えて、技術や部品、素材をどのように入手したのか、また反対に国際法の
枠組みに違反する形で、核技術やその関連の製品を第三国に輸出したのかどうかなど、
核開発をめぐる真相究明を行う必要があります。何故ならば、この事件は「深刻な核
拡散未遂事件《であり、その事実の解明と、影響の除去が完全に行われる必要がある
からです。場合によっては、当事者を免責してでも真相究明と原状回復を優先する必
要があるかもしれません。

 そのような粘り強い外交上の実務遂行は、大統領が国務省を信用していないという、
現在のアメリカ政府の体制では上可能です。国際社会、とりわけ日本と中国という近
隣諸国にはそうした作業のイニシアティブを取ることが求められるのだと思います。

 そのように考えると、日本の役目は極めて大きいように思います。そうした切迫し
た事態において、政権が動揺しているという状態は良くありません。アメリカから見
ていると、詳しい雰囲気が今ひとつ分からないのですが、とにかく政争をやっている
場合ではないように思います。

 政権側に危機感があるのであれば、より低い姿勢で世論に対して誠意を見せて、外
交に徹するための政治的猶予を確保すべきです。仮にそのような判断ができず、また
できないが故に、外交上も「政権末期《として見られてしまうのであれば、政権は変
わるべきでしょう。政局において、攻める側も、守る側も、そのような切迫感がない
のがとても気になります。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『アメリカは本当に「貧困大国《なのか?』『チェンジはどこへ消えたか~オ
ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人~「空気《と「目線《に悩まないコミュ
ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と吊
門大学の合格基準』『「反米《日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア
メリカ 共和党のアメリカ』など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュ
ラーを務める。