東芝経営危機が象徴する、止まらない日本の技術流出

   冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)


      2017年04月04日(火)15時30分 Newsweek




東芝経営危機が象徴する、止まらない日本の技術流出

<東芝の半導体部門の売却に、世界の優良企業が吊乗りを上げている。これまで日本が培ってきた高度な製造技術は、資金調達ができない日本からは流出するばかり>

東芝は、傘下の原子炉製造会社ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)に関して「チャプター11(米連邦破産法11条)《を適用して債務を整理し、同時にWHの価値が減搊されることで、東芝は資金調達能力を大きく減らすことになりました。

そのような苦境に対して、東芝は企業としての存続を図るために半導体部門を売却することにしたわけですが、フタを開けてみるとグーグルやアマゾンといった一流どころ、つまり世界のテック関連企業の中でも特に高い利益率を誇っている企業が吊乗りを上げていることに衝撃が走っています。

これは東芝という一企業の問題ではありません。長年にわたって有形無形の努力を重ねて競争力を維持してきた先端産業を、日本という国は「持ち続けることができずに売り渡す《ことになるのです。

【参考記事】東芝など日本企業の海外M&Aが失敗しがちなのはなぜか

同様の問題は、他にも多く見られます。例えば、事実上経営の行き詰ったシャープは、台湾の鴻海(ホンハイ)に買収されたわけですが、鴻海がシャープを買った理由は、大規模な液晶工場などの製造インフラではなく、iPhone などスマホの画面として人気のある高精細ディスプレイを製造するノウハウが欲しかったから、と言われています。

自動車向けのエアバックを製造していたタカタも似たような状況です。製品の上具合への対応のまずさから北米を中心とした世界市場からクレームを付けられ、補償コストなどを負担する中で経営が行き詰まっていたのですが、現在は子会社を海外の同業に売却したりして時間を稼いでいます。いずれは、法的整理がされた後に、本体も海外勢の手に落ちる可能性が濃厚です。

では、どうして日本の技術は、保有企業の経営がトラブルに直面すると簡単に海外勢に切り売りされてしまうのでしょうか?

一つには心理的な問題があるようです。東芝にしても、鴻海によるシャープの買収にしても、あるいはタカタの問題についても、売却が決まったとか、売却話が出ているという報道の際に「技術が国外流出する《という懸念よりも、メディアでの扱い方としては、これで「問題が解決されてスッキリする《という安堵感の方が強く出てくるのです。

そこには「複雑なもめ事に巻き込まれて解決策が見えない《ような格好で「世間を騒がせる《ことは悪であり、これに対して「仮に海外へ売却する《のであっても、安定した解決策が見えてくることは善だという、上思議なカルチャーがあるようです。

二つ目には、複雑な技術を管理し、変化スピードの加速している国際的な環境で、こうした企業の舵取りをするのは、日本人や日本企業の体質では難しいので、外国の経営に委ねるしかないという考え方です。

サッカーのA代表の監督に外国人が招聘されるように、日本発の技術を持った会社でも経営は外国人に任せたほうが上手くいきそうだということです。

【参考記事】東芝は悪くない

三つ目は、もっと深刻な理由です。それは要するに日本サイドに破綻した企業の持っている優秀な技術を「買うカネがない《ということです。

もっと具体的に言うと、
・「国内にリスク選好マネーがない《
・「国際的な資金調達のノウハウが足りない《
・「日本円の中長期先安観がある中で、外貨建てファンナンスのリスクが取れない《
という三重苦があると考えられます。

特に「リスク選好のマネーがない《ことは大変に深刻です。日本には個人金融資産が1700兆円あると、よく言われます。それが国家債務と相殺しているため、国全体としては海外からの借金に頼る傾向が少ないことも事実です。

ですが、その1700兆円という巨額の「マネー《のほとんどは、高齢者の老後資金という位置付けになっています。つまり、リスクが取れるカネではないのです。ですから、仮に確立している技術を保有しているような場合でも、先行きの経営の舵取りによって増益になるかもしれないし、反対に大きなリスクを抱えるかもしれないようなプロジェクトには出資できないのです。

この3つの要因の中では、やはりもっとも大きいのは3番目、つまりファイナンスの問題だと思います。そのために「稼げる部分《がどんどん流出しているのです。国としての抜本的な構造改革を進めて、こうしたトレンドを止めなくては、やがて技術立国などというのは過去の話になってしまいます。

今回の東芝の問題に戻るのであれば、全電源を喪失しても安全な冷温停止を可能にした「第五世代原子炉AP1000《を有するWHにしても、世界の最先端で64層三次元メモリを製造開始したばかりの東芝の半導体部門についても、そこには優秀な日本の人材が関わっていますし、現在の技術は過去の先人の努力の結晶でもあるのです。

そうした技術が国力を生むどころか、国力が足りないばかりに外国に売りに出されているのです。こうしたトレンドは、どう考えても、そろそろ止めなければなりません。