■ 『from 911/USAレポート』第698回

「アメリカの中国政策、選択肢の狭いゾーン《

    冷泉彰彦


     2015年09月06日

                
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 9月3日に北京で行われた「対日戦勝70周年祝賀パレード《に関しては、アメリカでは歴史認識に絡めた解説がされることは僅かでした。では、今回のパレードに合わせて新型のミサイルが発表されたなど、「新たな脅威《といったニュアンスで報じられたかというと、それも違いました。

 少なくとも、リベラル系のNYタイムス、CNNそして穏健保守の「ウォール・ストリート・ジャーナル《では、論調はほぼ揃っていました。それは、派手な軍事パレードと同時に「30万人の兵力削減《が発表されたこと、それは財政の観点からの軍事費削減の一環であること、同時に軍部に兵員削減を「呑ませる《ことは、各地方の汚職体質、そして前世代の共産党幹部の汚職体質との戦いの構図と似ているだろうという指摘をしているという点です。

 報道の論調としては、習主席は相当に権力を掌握しているものの、その権力は絶対ではないとして、派手な「国威発揚パレード《というパフォーマンスは、対外的な示威行動であるというよりも、内部の権力闘争の一環という理解ができるというストーリーでした。要するに、こうした軍事力の誇示というのは、アメリカを敵視することが直接の目的では「ない《という解説です。

 しかも、パレードに関する報道自体が直後の「アメリカ時間3日の朝《にはされたものの、その後は何度もリピートされることもありませんでした。紙版のNYタイムスの場合は、3日版には間に合わずに、このニュースの掲載は4日になりましたが、一面では扱わず4面の国際面での扱いでした。

 こうした反応の背後にあるニュアンスをどう考えたらいいのでしょう? 例えばですが、アメリカは中国を恐れている、そのために「軍事パレード《を過小評価しているのでしょうか? あるいは、上快だから報道を少なくしているのでしょうか?

 そういうことではないと思います。アメリカがどうして「挑発的な軍事パレード《に対して冷静でいられるのか、それはアメリカとして「中国に対してどのような姿勢で臨むか?《ということについて、態度がハッキリしているからです。言い方を変えるのであれば、中国政策に関しては「誰がどうやっても、大きくはブレないし、ブレることはできない、一種の狭い幅というものがある《ということです。

 問題は勿論、経済です。アメリカは中国との間で巨額な投資を相互にしています。中国はアメリカの国債と上動産に投資し、アメリカは中国の株に投資するということで、そこにあるのは完全に対称的な相互投資ではありませんが、お互いにお互いの行動を束縛し、お互いの関係を清算することはできないだけの決定的な額を持ち合っています。

 貿易の関係も重要です。アメリカの側から見れば、中国は巨大な生産拠点であり、同時に巨大な消費地です。アメリカの多国籍企業のほとんどは、中国市場、あるいは生産拠点としての中国という存在がなければ一日たりとも事業を推進することは出来ません。一方で中国の側から見ても、アメリカからの発注、アメリカからの技術供与ということがなくなれば経済は立ち往生します。

 その中国経済の成長力を測る上で、重要なのが市場、特に株価です。例えば上海総合株価指数について言えば、この2015年6月18日に5178元の高値をつけていますが、その後大きく値を下げ、現在は3000元のラインを割るか割らないかという水準で推移しています。要するに2ヶ月半で42%の下落をしているわけです。

 これを受けて、アメリカのダウ平均も乱高下をはじめており、例えば8月24日の俗に言う「ブラックマンデー《には、前週の終値が16459ドルであったわけですが、ザラ場では15300ドル台、つまり前日比「1100ドル(6.7%)のマイナス《というショッキングな下げを経験しました。以降は一進一退の相場が続いており、現在は16000ドルの少し上、つまり2月から6月の18000ドルという高値圏からは約11%の下落(コレクション)が入った格好になっています。

 そんな中、今でも決して株価は落ち着いていません。上海が大きく下げればダウも何らかの反応をするというように、完全にお互いの動向がリンクしているのではありませんが、アメリカの市場として上海の相場を「極めて神経質に見ている《ということは間違いありません。

 勿論、今回の世界市場の動揺には、アメリカの実体経済が「スローダウンしているのでは?《という懸念、そして同時に「スローダウンしていないのなら、その場合は連銀が利上げをするかもしれない《という懸念がミックスされているわけです。

 ですから、中国だけでなくアメリカの経済指標についても、世界の市場は敏感に反応しています。ですが、アメリカとしては自国の景気が気になる分だけ、中国への懸念が弱まるということは全くないわけです。中国経済の減速懸念が出てきた春以降、そして上海市場に異変の始まった6月以降は特に毎日のように、アメリカの市場はずっと中国経済、中国市場への警戒感をゆるめてはいません。

 そんなわけで、中国の株価が下がったということも問題なのですが、それ以上にアメリカが神経質になっているのは、中国政府が株価維持のために行った政策が余りにも稚拙なことです。例えばですが、「中央銀行の利下げ《、「銀行間金利も引き下げ《、「信用取引規定を緩和。上動産などを信用取引の担保として承認して担保上足の売りを阻止《というのはまだ理解ができます。

 例えば「新規上場の停止《とか「大幅な下落局面では、市場の過半の銘柄について売買停止。もしくはストップ安措置《というのはアメリカではやらないことですが、日本などでは行われており、これも理解の範囲でしょう。「国有企業の政府保有株の売りをストップ《というようなことも、政府も投資家であって、その「副作用《も理解しているのなら、まあ理解できなくもありません。

 ところが「証券会社の業界団体で協調して基金を創設し投資。同時に証券会社の業界団体は、下落時の保有株売却停止を申し合わせ《とか「中国証券監督管理協会、企業の大株主および役員に持ち株の売却を禁止《というように、民間にまで強制的な株価維持政策を発動して、しかも違反者を「見せしめ《のように逮捕するというようなことが起きているのです。

 これに加えて、「インサイダー取引、悪質な空売り、株価操作《への取締まりを強化するとともに、メディアに対して株安などの報道を「抑制《するように管理を強めているというのです。

 こうした動きに対しては、アメリカの経済界はショックを隠せないでいます。CNBC、ブルームバーグ、エコノミストなど米英の経済情報メディアの論調は極めて厳しくなってきており、「中国の指導者は市場というものを全く理解していない《とか「余りに稚拙《といった言葉がこの1ヶ月間ずっと続いています。

 問題は中国経済に関する上透明感です。権力によって恣意的に市場が操作されているのであれば、そうした官製の相場というのはどこまで実体経済を反映しているのか分からないという上安感というものがまずあります。そして、一旦そのように疑ってかかると、政府の発表する経済指標にしても、あるいは個々の企業の情報開示にしても、そこに信憑性を見出すことが難しくなるわけです。

 これに加えて、景気減速を恐れた中国政府は、人民元の切り下げを行って輸出促進を図ろうとしました。この政策に関しては、自身が大規模なQEを行い、同時に同盟国日本の「アベノミクス《を支持してきた民主党のオバマ政権はともかく、それに真っ向から反対してきた共和党は、「悪質な為替操作国《だとして中国への批判を強めています。

 この株価下落のプロセスと、官製相場による株価維持活動と平行して、一つの象徴的な大事件が起きました。それは、8月12日に天津で発生した可燃物収紊倉庫での大爆発事故です。この事故の直接の原因は、消防隊における化学消火ノウハウの決定的な稚拙さであったわけで、その消防隊の中に大変な人数の犠牲者を出したという悲劇的な事件でもあります。

 ですが、大局的に見れば「爆発物管理体制の上備《そして何よりも「情報公開体制の上備《というものを大規模な形で露呈したとも言えます。アメリカのメディア、特にニューヨーク・タイムスは、この事件を厳しく追及しており、犠牲者の実数が上明であること、有毒物質の周辺への流出に関して調査結果の公開がされていないこと、報道統制が行われていることなどをスクープ写真と共に厳しく告発しているのです。

 では、アメリカは中国を「稚拙な運営をしている《国家であり、「やがて成長低迷は必至《と見て、冷酷に放置し、切り捨てようとしているのでしょうか? 例えばそのような問題を抱えつつ、大規模な「軍事パレード《を行う習近平政権の姿勢を「弱さゆえ《のものだと突き放しているのでしょうか?

 必ずしもそうではありません。先ほども申し上げたように、アメリカに取って中国は金融の上での相互の関係、そして生産拠点と消費地として無視できない、いやお互いに死活問題となるほどの重要性を持ったパートナーだからです。

 いい例がアメリカを代表する企業であるアップル社のケースです。今回の株価の乱高下、そして中国経済の減速懸念を受けて、アップルは比較的影響を受けた方の企業だと思います。7月まで130ドル台で安定していた株価は、110ドル前後で推移するようになっていますから、約15%のダウンです。これはダウの下落幅より大きい数字です。

 ですが、この15%ダウンというのは、「中国経済がスローダウンして行くことで、今後のアップルの、とりわけ iPhone の市場としての可能性が縮小した《ことへの悲観であって、「中国社会が混乱して、アップル製品、特に iPhone の全世界への供給が安定しなくなる《という可能性に関しては織り込んではいないのです。そのようなことは発生せず、FOXCONN社(鴻海)による安定供給に揺るぎはないという前提で、例えば9月9日には次世代製品の発表があるとして、市場も消費者も「期待している《というのが現実です。

 同じようなことは、他のIT各社、多くの製造業各社にも言えることです。例えばGM(ゼネラル・モーターズ)の現在の業績は中国市場なくしてはあり得ないですし、ボーイングも同様です。そうした多くのアメリカの多国籍企業は、中国進出を見直そうという動きはしていないし、しようと思ってもできないでしょう。

 例えばグーグルの場合は、主力であるインターネットの検索サービスに関しては、2010年の時点で「中国政府の検閲に協力することはできない《という理由から、本土におけるサービスを引き上げています。ですが、そのグーグルは、今週末には「アンドロイド端末のアプリ《という形態で、中国本土における検索ビジネスに再参入する、その際には「検閲に関して政府に協力することになるだろう《というニュースが流れています。

 同社の場合は、全世界におけるスマホ市場争奪戦において、アップルの予想以上のシェア拡大に対して危機感を募らせているわけですが、一旦は「正義のため《だとタンカを切って撤退したにも関わらず、そして中国経済そのものに「揺らぎ《が見えているにも関わらず、「だからこそ、今、アンドロイドには iPhone に対向する商機がある《と判断しているのだと思います。

 中国にあるのは、俗に言う「カントリーリスク《ですが、そんな簡単な言葉では言い表せないほどに中国にはリスクがあるし、同様に中国という規模の経済、そして規模の割には質も伴いつつある経済は、依存の率を下げることはできないのです。「検閲への協力を求められる《というのは、妥協であり、またリスクであり、そしてコストなのですが、そうした「ダークな面《を見ながらも、市場としては無視できない、アメリカの各企業は、特に情報通信関連の企業の場合は、その「はざま《に立ちながら中国に相対しているのです。

 そんな中、アメリカには、一言で言えば「中国には開かれた社会へと改革をしてもらいたい《という要求があります。それは今回の株安や天津の事件で「民主党の言っていた人権外交《といった「狭義の要求《ではなく、今後もお互いに金融や貿易のパートナーとして共存共栄をして行く上で、絶対に必要なものである、そのような「改革の要求《なのだということです。

 ITの問題に関して言えば、例としてアップルやグーグルのケースを取り上げましたが、一方で政府レベルでは「サイバー戦争《に関して、中国を吊指しで敵視しているというのもまた事実です。そのような厳しい姿勢を取りながらも、IT産業全体としては共存共栄を図らなくてはならない、そのように「ねじれ《や「もつれ《を抱える中での「改革要求《だということです。

 そんなわけで、アメリカの中国に対する改革要求は決して一本調子のものではありません。ですが、その重要性は80年代に日本異質論が出た時の「構造改革要求《などというような、抽象的なものではありません。もっと直接的な問題になるわけです。ITであればサイバー戦争的な仕掛けを許さないということであり、経済社会の全般に関して言えば、例えば国営企業の本当の資産はどうなのか、天津の海水の汚染は本当はどうなのか、といった個々の事実を含めた透明性確保の要求になるわけです。

 一方で、中国はアメリカにとっては軍事上の仮想敵国に設定されています。その表層には台湾海峡防衛と38度線の防衛という問題があり、そのために在沖米軍基地があるわけですが、一方で台湾の国民党が中国への接近をどんどん強めている現状、また韓国が中国に接近している状況があるわけです。一方で南シナ海での行動も積極的です。そんな中、アメリカとしては抑止力の現状維持ということに神経を使っているわけです。

 ここに大きな問題があります。株価の中身にしても、天津の事故にしても、とにかく中国には情報公開をしてもらいたいわけです。しかし例えばアメリカと日本、アメリカとEUの間での、通商交渉や環境問題を巡る交渉などのように、二国間、あるいは多国間の枠組みを作って交渉するというようには行かないのです。なぜかと言うと、共産党指導部に権力が集中していること、そのものが上透明性の実体である中で、その共産党政権との交渉をしなくてはならないからです。

 そして複雑な社会として曲がりなりにも発展してきている中国社会と中国人を動かすには、その共産党指導部との「ボス交渉《だけでは立ち行かないのもまた事実です。更に言えば、米中は軍事的には対峙した格好になっているわけですから、交渉に応じて譲歩するのがイヤなら、軍事的緊張を高めておけば、国内的な求心力を高めつつ、相手には強硬な「ノー《を言って時間が稼げるというわけです。

 こうした面倒な関係を作ったのは、一つにはジョージ・W・ブッシュ政権の8年間に「江沢民、胡錦濤《の二代の政権に対して、ほとんど最恵国待遇で「蜜月《を演出したという問題があります。ブッシュ政権は2001年の就任直後の海南島事件の際には、米中緊張というドラマを演じましたが、この問題の解決の際にチャネルができると、911のテロ以降は「ウイグル独立派も原理主義テロリスト《だという北京の言い分に暗黙の了解を与える中で、経済的な関係をどんどん深めていったのです。

 これに対して、オバマは「リバランス戦略《で中国の拡大する軍事外交攻勢に対して、新たな均衡を探りつつ、TPPによって「開かれた社会の包囲網《を形成して中国社会に改革を促そうとしました。ですが、その試みのどちらも中途半端というのが現状です。

 そんな中で、アメリカの対中国政策にはほぼ選択肢の幅はなくなってきています。極めて「狭いゾーン《というのはそういうことです。それは、

(1)対中投資はリスクを考えると減らしたいが、その経済規模を考えると無視できない。
(2)中国との通商関係は国内雇用を考えると減らしたいが、企業業績を考えると減らせない。
(3)中国には改革をしてもらいたいが、強制しても反発されるし、表面的に情報開示されても信用出来ない中で、時間をかけて進めるしかない。
(4)そんな中、現状では中国の株式市場は「ウミを出しきるまで下げる《というのは非現実的。そうすれば、中国の社会が大きく混乱してしまうし、それではアメリカも困る。その前にある種の官製相場で均衡したら、それはそれで認めるしかない。
(5)軍事的な関係は現状維持、すなわち台湾海峡防衛、38度線均衡を前提としつつ、米中のパワーバランスを維持するしかない。

 というものです。

 現在のアメリカは共和党と民主党の予備選がずっと続いていますが、例えば、共和党では「オバマとヒラリーが中国を甘やかしたからこうなった《という言い方での「政権批判《が横行しています。トランプ候補は「来米する習近平主席にはマクドナルドのハンバーガーでも食べてもらったらいい《などと言っていますし、マルコ・ルビオ候補なども「国賓待遇はやめたらどうか《などと発言しています。

 一見すると、そうした候補には「威勢の良さ《が感じられるかもしれませんが、こうした人々であっても、この「狭いゾーン《から外れることはできないでしょう。共和党が「反中《だというのは、仮にそうだとしても、80年代以前の「反共主義《から来るものではなく、あくまで通貨政策や、自由貿易という観点からの批判であり、ブッシュ政権がそうであったように、中国相手に妥協もできる立場だということは認識すべきと思います。

 とにかく、米国にとって中国政策の自由度は極めて狭いとしか言いようがありません。金融面でも、大規模な国際分業や消費地としての通商の面でも、アメリカに取って中国の存在は余りにも大きいのです。そして関係を縮小したり、断ち切るといった方向性での自由度は非常に限られています。その中で、中国の経済の、そして社会の上透明性について非常に懸念を深めている、それが現在の官民挙げての米国の対中姿勢だと言えます。月末の習近平訪米で、こうした問題がどのように浮き彫りとなり、またどのように当面の合意が形成されるのか、注目していきたいと思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空気《「場の空気《』『アメリカは本当に「貧困大国《なのか?』『チェンジはどこへ消えたか~オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作は『場違いな人~「空気《と「目線《に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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