(対論 安全保障法制:5)パトリック・クローニン氏、楊伯江氏 

   


     2015年9月24日05時00分 朝日新聞
 安倊晋三首相は、安全保障関連法を整備する理由として、中国の尖閣諸島周辺への度重なる侵入など、中国の軍事的な台頭を挙げた。抑止力を高めるためには、安保法を作って日米同盟を強めることが必要だと強調した。東シナ海や南シナ海で海洋進出を進める中国に日米がどう対抗するか。一方で、軍事的な衝突を避ける枠組み作りも必要で、日米中が織りなす関係は複雑だ。安保法で、東アジアの軍事バランスは変わるのか。米国は日本に何を求め、中国は安保法をどう見るのか。最終回は、米中それぞれの専門家に聞いた。

 ■日米協力、秩序の維持に必要
 新アメリカ安全保障センター・アジア太平洋安全保障プログラム上級部長、パトリック・クローニン氏

 安倊政権はこの数年間、日米防衛協力の指針改定や集団的自衛権行使を含む新たな法整備などいくつもの重要なステップを踏んできた。中国やロシアのような大国が既存の秩序に挑戦しようとしている時に、日本のような民主主義国家が、安定と秩序を支える積極的な役割を演じることは重要だ。日本の軍事的役割が矛ではなく、盾の役割を演じることには変わりない。

 米国の日本への期待が膨らむことへの心配もあるだろうが、米側は日本(の役割)が過大だったり、過小だったりすることを懸念しており、どの同盟国もこうした懸念を持っている。ただ、中国の影響力拡大や米国が大国であり続けることへの疑問から、日本やアジア地域の同盟国は、米国の地域への関与や軍事的影響力が弱まることを心配し、米国による「巻き込まれ《より、「見捨てられ《を懸念しているのではないか。

 中国の軍拡と力の誇示が、(アジア地域の)緊張を高めている主要因だ。中国は、米のアジア重視政策や日本の尖閣諸島国有化が原因だと言うのだろうが、それらは中国の挑戦に呼応して起きたことだ。日米が毅然(きぜん)と対応しなければ、中国のルールに基づく中国中心の秩序ができてしまう。

 日本国内には安保法制は国民を十分説得しきれていないとの声があり、真実なのかもしれないが、それは日本の内政問題だ。安倊首相は正しいことを実行しており、大部分の国民の支持が必ずしも得られなかったとしても、秩序を維持し、中国にルールを書き換えさせないよう日米が共に協力することが必要だ。

 日本は南シナ海でも積極的になるべきだ。段階を踏み、まずは情報共有から始めるべきだ。それから空海域監視の活動に加わる可能性を探るべきで、これは戦争挑発の行為ではなく、秩序維持のためで、街角に警官を配置するのと同じだ。

 日本の地球規模での役割は限定的だろうし、だれも日本の国際貢献に大転換を期待してはいない。ただ中東や東南アジア、南アジアで紛争が起きれば、国際的に委任された任務として役割を担うことはありうる。

 (聞き手・佐藤武嗣)

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 Patrick Cronin 1958年生まれ。米国際開発局や、米国防大学国家戦略研究所などを経て、新アメリカ安全保障センター・アジア太平洋安全保障プログラム上級部長。専門は米軍事外交戦略やアジア安全保障。



 ■中国、解釈の裁量拡大に懸念
 中国社会科学院日本研究所副所長・楊伯江氏

 安保関連法で中国側が最も懸念しているのは、日本の海外での軍事行動のハードルが低くなり、ひとたび海外で軍事力を行使できるようになれば、歯止めがきかなくなるという疑念が残る点だ。日本周辺での有事における米軍支援を定めた1997年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では範囲がより限定的で明確だった。今回は解釈の裁量が広がり、制約がどこにあるのかが見えない。

 安全保障政策の修正はその国の主権の範囲内のことだ。だが、なぜ中国が懸念し、日本国内でも反対が多いのか。それは平和憲法の精神と原則を政府が「解釈《で変えてしまったと考えるからだ。我々中国の学者が日本研究を始めた当初、9条のある日本国憲法は世界で唯一の平和憲法だと尊敬の念をもった。その思いが搊なわれつつある。

 安倊政権が安保政策を強化する理由に「中国の脅威《がある。南シナ海や東シナ海での中国の行動だろう。だが、安保法案推進の求心力を高めるために「中国要素《を利用してはいないか。安倊首相は70年談話を出すまでの一時期、「中国の脅威《を指摘することを控えた。安保法案審議が難航し始め、再び強調するようになった。

 中国人のやり方にも問題はある。中国は驚異的な経済発展を遂げ、人民も富裕になり、国家は強大になった。「成り金《のような態度が国際社会に反感を抱かせている。ただ、中国が南シナ海などの海洋を重視するのは、中東地域から石油などの資源を輸入する海上輸送路の安全確保が必要と考えるからだ。中国が通る海域には米軍の艦艇が巡航しており、中国は自国の安全を守る必要もある。

 中日関係は複雑だ。なぜなら当事者で決められないからだ。日本の対中政策は必ず米国の影響を受ける。日米同盟を強化する狙いが「対中抑止《であるならば、中日関係の複雑さはいっそう増すだろう。「九一八事変(満州事変)《から84年の記念日の翌日に安保法が成立した。悲惨な歴史を繰り返さないよう、日本には今まで以上に働きかけていく。

 (聞き手・倉重奈苗)=おわり

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 ヤン・ポーチアン 1964年生まれ。91~92年、日本の総合研究開発機構などで客員研究員。日本政治、日中関係、北東アジア地域が専門。民主党や日米同盟、北東アジアの安全保障に関する論文などを多数発表。中国の日本研究を代表する一人。