(クロスレビュー)

  映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書《 

      2018年4月16日05時00分 朝日新聞



「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書《から。メリル・ストリープ(右)がワシントン・ポスト社主のキャサリン・グラハムを、トム・ハンクスが編集主幹ベン・ブラッドリーを演じた。スピルバーグ監督は「今すぐこの映画を作らなければ《と短期間で完成させた。(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.



 スティーブン・スピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書《が公開中だ。泥沼化するベトナム戦争の状況について、歴代の政権が事実と異なる説明を国民にしていたことを示す米国防総省の最高機密文書を報じたワシントン・ポストの物語だ。スピルバーグの意欲作を識者が読み解いた。

 ■メディア連帯、日本に重なる 牧原出(東京大学教授〈行政学〉)

 当時のアメリカのメディアと政治の関係が、丁寧に描かれている。様々な動きが層を織りなし、最後はメディアと政権の対立構図を超えて裁判所で決定が下る部分も、米ならではと感じます。あざとく権力をふるうニクソン大統領下でベトナム戦争の正当性が疑われ、反対運動も強まっていたころ。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストに続き各社が文書を入手して報じるなどメディアは連帯して権力に立ち向かった。

 やはり日本に重ねたくなる。民主党政権の混乱から、決定できる強いリーダーシップが必要との世論を背景に、現政権が異論を封じてきた。そこに新聞が森友学園文書の改ざんを報じ、テレビや雑誌が続いた。加計(かけ)学園問題では中村時広・愛媛県知事が文書の存在を認めるなど、文書は廃棄できない風潮になってきた。記録が残れば、官邸からの無理筋な介入もあからさまになる。隠された公文書が明らかになることは衝撃的事件で、政治の風景を一変させる。映画を見て改めて感じました。

 ■今のフィルター通じ描いた 坂井佳奈子(「エル・ジャポン《編集長)

 スピルバーグは時代の「におい《を敏感に感じ取る監督。「ワンダーウーマン《など女性が活躍する映画が増えてきた今の時代のフィルターを通じて、1971年の出来事を描いたと感じました。今作の題材も映画化される時代が早ければ、男性であるブラッドリー編集主幹しか登場しない作品になっていたかもしれません。

 グラハムの父はワシントン・ポストの社主でしたが、彼女は46歳まで専業主婦だった。ですが父の後を継いだ夫の突然の死で、米国の主要紙で初の女性社主にならざるをえなかった。悩みながらもしなやかに進む彼女の姿には男女問わず感銘を受けると思います。

 グラハムがスーツ姿の男性陣が控える会議室に入る場面や、彼女が裁判所を出て階段を下りるときに女性たちに取り囲まれる場面など、監督があえて時代をデフォルメした描写が印象的でした。50年ほど前と今で女性の置かれた状況がどう変化したのか考えたり、当時のファッションに着目したりと掘り下げても楽しめる作品です。

 ■巧みな演出、考える自由奪う アーロン・ジェロー(イエール大学教授〈日本映画史〉)

 トランプ政権が報道の自由をおびやかし、フェイクニュースが蔓延する中、メディアリテラシーの重要性が高まっている。映画でも、観客が画面の中から何が重要なのかを能動的に見つけられるような作品が求められています。

 スピルバーグは脱帽するほど映画作りがうまく、カメラワーク一つで観客の視点や感じ方まで誘導できてしまう。一方でそれは観客の「考える自由《を奪っているのでは。裁判所を出たグラハムの周りを女性たちが取り囲む演出には、わざとらしさを感じました。

 この映画は政府とメディアだけでなく、政府と市民との関係がどうあるべきかを問いかけている。我々一人一人が行動しないと、今の世の中は変わらない。

 だからこそ今作はヒーローたちの活躍をドラマ仕立てにするのではなく、決して完璧ではなかったブラッドリーの人間臭さや、ワシントン・ポストに機密文書を持ち込んだヒッピー風の女性の素性など「普通の人たち《の内面をもう少し描いてみせてほしかった。

 ■(ここに注目!)女性に焦点、脚本家の斬新さ

 最高機密文書を巡り、ニューヨーク・タイムズに出し抜かれたワシントン・ポスト。そのお飾り的な存在だったグラハム社主に焦点を当てたのが、今作で長編映画デビューした32歳の女性脚本家リズ・ハンナの斬新さだ。ほかにも多くの女性が制作に参加した。短期間でエンタメ作品に仕上げたスピルバーグのセンスの良さも要所要所で光っている。

 ニクソン大統領辞任に至る一連の政治スキャンダルをとりあげた作品は過去にもある。だが「大統領の陰謀《(1976年)しかり、多くは熱き男たちのドラマになっている。

 メリル・ストリープは、周囲の男性の意向を気にしていたグラハムが確固たる信念を持つまでに成長する過程を体現してみせた。意外にもトム・ハンクスとは初共演。吊優2人をみるだけで至福の時間を味わえる。(伊藤恵里奈、岩田智博)