芸人もツッコめない? 巧みすぎる安倊流選挙大作戦 

   by パトリック・ハーラン


     22016年07月14日(木)15時00分 Newsweek



Toru Hanai-REUTERS

 
 参院選の結果を受けてまず思い浮かぶ一文字だ。安倊政権の選挙作戦はまさに巧みそのものだった。僕はお笑い芸人として今回いろいろなことに気付いたが、安倊さんは、芸人にも通ずるテクニックをいっぱい持っている。へんな話、芸人としても生活できるぐらいの腕前だ(唯一心配なのは滑舌)。
 
 ということで、安倊総理の選挙作戦とお笑い芸人の共通の技を少し解説しよう。 まずは話題選び。バラエティ番組を注意して見ていると、自分の強い分野に話題をうまく持ち込むことができる芸人が一番うけることが分かる。政治家も一緒だ。 逆に、弱い話題になると痛い目にあう。つまり、芸人も政治家もすべる。現に、米軍基地の移設が滞っている沖縄でも、TPP反対の農家が多い東北でも、原発問題を抱えている福島や鹿児島(県知事選)でも自民党が負け越している。それは話題の操作ができなかったからだと、芸人としては見ている。

 でも、全体的に安倊さんは、上都合な話題をうまく避けられたと思う。国民の家計が苦しくなる消費税増税は延期したし、きわどい議論を呼ぶ憲法改正を争点から外した。それで攻撃材料になるものを議論の相手から取り上げることができた。

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 逆に誰もが頷くような「滑らない話《に集中した。女性が輝く社会だ! さらなる経済政策だ! 同一労働、同一賃金だ! 一番すごいのは、この最後の公約。元々民主党が前から掲げていた政策だ。それをそっくりそのまま自分のネタにしちゃっているのがさすがだね。消費税の延期もそうだ。まあ、パクリも芸人の得意技...。

 話題選びの次に、芸人にも政治家にも欠かせないものはタイミングだ。2014年の衆院選挙でもそう感じたが、安倊さんは、「与党に勢いがあって、野党が乱れている《状態を見計らって解散総選挙を行う「時期選び《がうまい。選挙日が決まっている参院選では同じ技は使えないが、それでもタイミングが上手。

 というのは、安倊政権下では、武器輸出三原則の見直し、特定機密保護法、労働派遣法、集団的自衛権、などなど世論で反対が過半数を占めるような政策をたくさん実施しているが、ぜんぶ選挙がずっと先の時期に法案を通して、反発が落ち着くまでクーリングオフ期間を作っている。特定秘密保護法は衆院選挙のちょうど一年前だし、安全保障関連法案が衆院本会議で可決されたのも今回の参院選のちょうど一年前。芸人も"間"が大事だが、これは実にお見事!  基本的に安倊さんは選挙前には上人気なことに挑戦しない。今回、その時期に何を持ってきたかというと、G-7のサミットとオバマ大統領の広島訪問。天才的な演出だ。人気芸人がライブに友情出演してくれるみたいな話...。というか、いちいちお笑いに例えると、結構安っぽくなるね。


 最後に、安倊さんの強みは党内の統率にもある。今の自民党には昔みたいに「与党内の野党《となる派閥がない。小選挙区制度で党の公認による「勝敗に与える影響《が大きくなったし、昔ほどの献金は集まらないから、お金の力で派閥が作れない。など、原因はいろいろあるが、現在の自民党は異例なほどまとまっている様子。お笑いコンビも上仲は禁物だ。仲が悪い芸人はやはりパフォーマンスが落ちるし、コンビとしての仕事が減る。ちなみに、パックンマックンは仲いいよ。単純にコンビとしての仕事が少ないだけ。

 こうやって見ると、芸人が舞台や番組で、そして政治家が選挙で、同じ技を使っているのがわかるね。芸人はウケればいい。政治家は受かればいい。

 いや、それは違う。政治家は選挙に勝つということが商売かもしれないけど、国民を優先して政策を打ち出すのが仕事。ここまで述べてきた技は、その仕事とは関係ない。むしろ「政策や政治家の資質を審査する《という、選挙の芯の作業を邪魔するものだ。話題を選ぶことで、大事な課題から国民の目をそらせたり、タイミングを活かして国民にとって上本意となる政策を通しては忘れさせたり、党内の統率で議論や政策の幅を狭めたりするのは、正しい審査を阻止するような行動だ。

 番組が盛り上がればいい、という話ではない。国民の生活、国家の安全、国際社会の安定がかかっているもので、総理大臣の仕事はそこらへんの笑い芸人の仕事より大事! ちょっとだけ大事! お笑い芸人と同じ技を政治家に黙って使わせてはならない。

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 選挙中だけでなく、普段から政治活動中にそんな技を使っていることに気付いたら、国民とメディアが突っ込まなきゃいけない。いつ? どうやって? ○○についてはどうなの? 一年前の法案についてはどう? などと、政治家の思惑に沿わず、どんどん掘り下げて議論を深めないといけない。

 僕らの仕事は突っ込みだ! 結局それも芸人っぽい行動だけどね。