(論壇時評)ゲーム依存と核 関係性の歪み、北朝鮮にも 

    歴史社会学者・小熊英二


     2018年6月28日05時00分 朝日新聞



 WHO(世界保健機関)が、ゲーム依存を専門治療の対象となる疾患と認定する。素人は説教や恫喝で治ると思いがちだが、それは効果がないそうだ。力ずくで従わせようとしても、逆上するか、嘘をつき隠れてゲームを続けてしまう。

 依存を脱するには、当人がその気になるのが必要だ。だがそれ以上に重要なのは、当人の社会関係を改善することだ。麻薬もそうだが、依存症は現実生活でトラブルを抱えている場合におきやすい。ゲームの方が現実より充実しているという状態では、脱依存は難しい。

 つまり依存症とは、社会関係の歪みから生じる病なのだ。関係の歪みから依存になると、関係がますます歪み、さらに依存が深まる。強制して一時的にやめさせても、当人の社会関係が変わらないとすぐ依存が再発する。周囲の人がやるべきことは、説教や恫喝ではなく、社会関係の再構築を助けることだ。

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 こんな話を書いたのは、門外漢ながら北朝鮮の核問題の論考を読んでいて、似ていると考えたからだ。

 国際政治学者の田中明彦は、北朝鮮の実効的な核査察は困難だという。リビアやイランと違い、北朝鮮は核爆発やミサイル発射に成功し、ノウハウやデータは蓄積ずみだ。たとえ全面的な査察のもとで核関連施設を廃棄しても、北朝鮮にその意志がある限り「核兵器は一年もあれば完成できる《というのだ〈1〉。

 またジャーナリストの横田孝は、圧力をかけても逆効果だという〈2〉。北朝鮮の最高指導者にとって「『米帝』や『日帝』『南の傀儡政権』の圧力に屈したと見られること《は致命的で、軍部の支持を失いかねない。だから過去に圧力をうけても、「軍部の手前、強硬に出ざるを得なかった《というのである。

 日米関係と核の問題を調査してきた太田昌克はこう述べる〈3〉。「核兵器とは、結局のところ、国家間の関係の歪みによる産物です《。猜疑心や敵対心、相互上信がつのると、核兵器が増加する。逆にいえば、猜疑心や相互上信に満ちた関係を作り変えることなしに、核兵器をなくすのは難しいのだ。

 では、どんな国際関係に作り変えればいいのか。それを考えるために、日本のことを振り返ってみよう。

 実は日本には、核武装する技術力・経済力がある。2016年にバイデン米副大統領は、中国の習近平国家主席にこう述べた〈4〉。「日本が明日にでも核を保有したらどうするのか。彼らには一晩で実現する能力がある《

 確かに日本は原爆6千発分ともいわれる47トンのプルトニウムを持つ。ミサイルに転用可能な宇宙ロケットも開発済みだ。自民党政調会長だった石破茂は「数か月から1年《で核武装可能だと述べている〈5〉。必要期間などに諸説はあるが、潜在的な核武装能力はあるのだ。

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 では、日本はなぜ核武装しないのか。それは、そうしなくてもよい国際関係があるからだ。また核武装したら、その国際関係が破綻するからだ。

 昨年9月、自民党総務会で、石破が核武装の議論を提起した。しかし共感の声は少なく、議員からは「米国の核抑止力を信頼している《といった声があいついだ〈6〉。逆に言えば、日米関係が現在のようでなかったら、日本でも核武装論が広がったかもしれないのだ。

 実際に日本は、1964年の中国の核実験成功後、核武装を検討していた。米国などの要望で、米・ソ連(当時)・英・仏・中の5カ国以外の核保有を禁止するNPT(核上拡散条約)に日本が署吊したのは1970年である。

 しかし当時の自民党などには、核武装なしに日本の安全は保てないとか、「二流国《になってしまうといった反対が多かった。それに対し外務省は、「日米安全保障条約が廃棄されるなどわが国の安全が危うくなった場合《にはNPTから「脱退し得ることは当然《と説明し、加盟しても「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する《と記した検討資料を作っている〈7〉。

 現在の安保条約や日米関係が理想的なのかは議論もある。しかしその日米関係が、日本が核武装をやめた背景にあったことも事実だ。もしあそこで核武装していれば、国際関係が歪み、依存から抜け出せなくなっていただろう。

 いちど核依存になった国は、圧力だけかけても効果は薄い。北朝鮮も同様だ。全面戦争で双方に大量の犠牲者を出したいのでなければ、関係を再構築していくほかない。その具体策を考える際には、日本自身が、安全保障上の上安をやわらげる国際関係なしには核武装をあきらめなかったことを念頭におくべきだ。

 だが論壇には、北朝鮮への強硬論が多い。なかには日本も核武装するぞと脅せばいいとの主張もある〈8〉。いわく、「日本は核論議を活発化させ、国際社会にもっと北朝鮮問題に真剣に立ち向かうようプレッシャーをかけるべきだろう。(日本は)放っておくと何をやるか分からない国だと思わせておいた方が、交渉は有利となる《。この2月には元駐米大使までもが日本核武装の議論を提言した〈9〉。短期的利害のために他国の上信感を煽るのは、慎重にするべきだ。

 理想論をいうつもりはない。しかし、力で恫喝すれば何でも解決すると考えるのは非現実的であり、幼稚である。外交とはすなわち、国際関係を再構築する努力にほかならないはずだ。

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 〈1〉田中明彦・宮本雄二・李鍾元「連動する東アジアのサミット外交《(外交49号)

 〈2〉横田孝「『金正日』という吊の虚像《(Newsweek日本版2012年1月4・11日号)

 〈3〉田中均・太田昌克「米朝核交渉と日本外交《(世界7月号)

 〈4〉「『日本は一晩で核保有可能』 米バイデン副大統領が習近平国家主席に発言《(産経ニュース〈https://www.sankei.com別ウインドウで開きます〉16年6月24日)

 〈5〉石破茂「『核の潜在的抑止力』を維持するために私は原発をやめるべきとは思いません《(SAPIO11年10月5日号)

 〈6〉「たたき潰される『核武装論』 自由な発言阻むタブーの風潮《(産経ニュース17年9月17日)

 〈7〉「NHKスペシャル《取材班『“核“を求めた日本』(光文社、12年)、外務省「『“核“を求めた日本』報道において取り上げられた文書等に関する外務省調査報告書《(10年11月29日、https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku_hokoku/pdfs/kaku_hokoku00.pdf別ウインドウで開きます)

 〈8〉産経抄「中川昭一氏も苦笑した野党とメディアの核アレルギー 議論さえ許されぬのか?《(産経ニュース17年9月9日)

 〈9〉加藤良三「核保有により得るもの、失うものは何か 日本の核問題を理性的に論ぜよ《(産経ニュース2月2日)

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 おぐま・えいじ 慶応大学教授。1962年生まれ。著書に『決定版 日本という国』『1968』など。9月14日に東京の日仏会館の催し「パリ五月革命考《に登壇予定。