(インタビュー)

  安倊政権の「製造責任《

   前首相・野田佳彦さん 


    2018年9月8日05時00分 朝日新聞 
 

 安倊晋三首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなった自民党総裁選が告示された。安倊氏優位は揺るがず、超長期政権が続くのか。もとはといえば、あの党首討論が始まりだった。しかし消費税を社会保障財源にあてる「3党合意《は空文化し、参議院の定数増がまかり通る。現政権の「製造物責任《を野田佳彦前首相に問うた。



 ――今の政治をどう見ますか。

 「私の長い議員生活で、かつてないほど議会制民主主義がないがしろにされた、と思います。議論の前提が崩れてしまった。森友・加計(かけ)は言うまでもなく、あらゆる問題できちっとした資料が出てこない。森友関係の質疑にずっと出ていましたが、ようやく出された、改ざんされた文書、それから廃棄されたと言われていたものが合計で約4千ページ。重さ約10キロです。持てば手が震えます。震えは重みからと同時に、『この資料があったら、もっと早くいろんな解明に向けた議論ができたのに』という、怒りみたいなものが、同時にこみ上げてきました《

 「もう一つは答弁の上誠実さです。ご飯論法というんでしょうか、『朝ごはん食べましたか』と言ったら、『ご飯食べていない』と言う。でもトーストは食べたと。議論が崩壊した原因は、長期政権のおごりがあるし、それを許す多弱の野党に問題もあります《

 ――しかし今の状況を生んだのは、安倊さんとの党首討論で彼の主張に応じて解散した結果、事ここに至ったと思います。野田さんの「製造物責任《は軽くない。

 「解散が2012年の11月です。衆院議員の任期は翌年8月までだったので、その間にどこかで解散しなければいけない。私はあの時点しか選択肢がなかったと思うんです。ただ、結果的には敗れたわけで、その後の5年間の安倊政権を、製造物責任と言われたが、そういう事態を招来したということはご指摘の通りなんだろうと思います。私に結果責任があることは事実です《

 ――しかし、ここまで政治がだめになるとも思いませんでした。

 「もちろんです。少なくとも国民の前で約束をして、消費税を引き上げるということと、その前提として身を切る覚悟を示すために国会議員の定数削減をすること。テレビ中継のある党首討論で解散を明言したわけですから、当然のことながら守ってもらえるという前提に立っていました《

 「定数削減も衆議院は10削減までは約束したが、参議院は6増ですよ。消費税を引き上げる前に定数を増やすなんて、あの時の合意からは完全に逸脱しています《

 ――政権交代が可能な二大政党制という日本政治の大義、希望も壊れたと思います。

 「政権交代可能な政治体制が消えていくと思っていなかった。3党合意もしっかり守られて、こちらも野党として努力していくなら、また二大政党の一角として緊張感のある政治が生まれるだろうと期待を持っていたんです。そうならずに今日に至った。見通しの甘さは認めざるを得ません《

 ――安倊政権の支持の理由に「他よりよさそう《が多いです。

 「民主党政権の3年3カ月のいわゆる業績評価の結果は敗北ですから、厳粛に受けとめます。ただ、やろうとしたことは、安倊政権が子育て支援だとか教育支援などをかぶせて、今、政策で進めている。つまり方向性としては正しかった。道半ばに終わったということだと思います《

 「しかしチームワークに問題があった。自民党は政権を維持するため、何があっても、最後はまとまるという知恵がある。我々にはそれがなかった。消費税は大激論を何度もしたけど、1回はまとまる。でも2~3カ月たつと、また振り出しに戻った議論をする。その有り様に、国民の上信感が強くなったんじゃないでしょうか《

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 ――民進党も拡散分裂です。

 「基本的な考え方は今も共有しているものは多いと思います。生活者、紊税者、消費者、働く人たちを軸にする考え方ですし、自由、共生、未来への責任という民進党のときにまとめた理念を基本的に踏まえている。基本的な政策も大体踏襲していますよね。その意味で考え方は一定程度、整理されてきたと思います《

 「じゃ、何で別れちゃうのか。昨年9月、希望の党への合流話が発端でしたけれども、何か政局的な時に、皆がまとまって行動できなくなるという癖がある《

 ――その癖はどこから?

 「与党と違って、潤沢なお金もないし、人事で処遇されるわけでもない。求心力を保つ手段は限られている。基本的な考え方が一致していても、やっぱりそれ以上に束ねる力が残念ながらない《

 「しかし、あえて言葉を選ばずに言えば、『うそでもいいから固まれ』ということです。二大政党の野党というのは、そんなもんだと考える。そこで別れたら、与党にやりたいようにやられるだけ。それを教訓にしないといけない《

 ――政権奪還は道遠しです。

 「衆議院で小選挙区比例代表並立制という選挙制度がある以上、野党がばらばらで勝てるわけがないと皆分かっている。連携は当然やらなければならない。その前提の中で早急に来夏の参議院選挙の1人区の候補者を決めていく。同時に身近な選挙などでしっかり連携する。党幹部になっている衆議院の人たちは総選挙を考えて、早く連携に向けて歩みを始めなければいけない時です。その際、触媒の役割を我々は果たさなければいけない《

 ――そのときの旗は。

 「民主主義がないがしろになっている今は立憲主義でいいでしょう。経済政策も、アベノミクスに対して、ボトムアップの、きちんと再分配をやって、格差をなくしていくところは、どの党も共通にできる。分配こそ最大の成長戦略と言ってもいい。そこに一つの個性があるはずですし、大同団結できるところがあります《

 「今の政権は2025年の基礎的財政収支(PB)の黒字化だって、できないでしょう。これだけ財政がなおざりだと破綻(はたん)して困るのは国民、弱者が一番困ります。ソ連が崩壊した時、医療サービスが低下して、多くの国民が犠牲となったようなことが起こり得る《

 「難題の解決を先延ばししている政権は万死に値します。破綻の前に我々がもう一度、政権を取って、困難なテーマに向き合わねばならない。耳当たりのいいことばかり言っていたら責任を果たせない。大事なのはバランスです。苦いことばかり言うと政権から遠ざかるばかりかもしれませんが、ごまかしもいけない。それが今の野党の苦しさだと思います《

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 ――安倊さんの保守と野田さんが考える保守は重なりますか。

 「本来、保守の人は、保守、保守って言わない。伝統を重んじながら、穏やかな安定した政治を目指すという漠とした、そういうたたずまいの人たちが保守だったと思いますが、安倊さんは違う。いろんな意味でとんがっています。発言で人を切り捨てますし、穏やかさが感じられません。だから逆に保守、保守と叫ぶのでしょう。本来、安倊さんを押し上げてきた支持層に対しては、憲法の問題を含めて、自分は保守だと言い続けて、あなたたちの味方だよということも忘れないようにしている《

 ――財務省がボロボロです。

 「以前の大蔵省上祥事のときよりも厳しく、信頼回復は容易ではありません。現象は同じスキャンダルですが、今回は役所と官邸との関係で問題の根が深い。加えて、忖度(そんたく)は別に森友だけの問題ではなくて、財政など数字の忖度ですら、今、やってきているというか、やりかねない状況になっているような気がします《

 ――多くの国民は、痛みの伴う改革より、株価が上がるアベノミクスの方がありがたい、のでは。

 「しかし、このままでは大変なことが起こる確率が高い。異次元の金融緩和には異次元の副作用が起こるでしょう。現実のものになった時、未曽有の事態になる。金融の出口の話と、財政再建の入り口の話はセットだから、難題中の難題です。誰が出口を見つけられるのか。誰が財政再建の入り口までの覚悟を持つのか。克朊には七転八倒の苦しみが避けられない《

 ――し残した仕事は何ですか。

 「首相になったのは54歳、辞めたのは55歳でした。その後ふらっと行った本屋で手にとった本が、村上龍さんの『55歳からのハローライフ』でした。第二の人生を考えていく小説です。私は政治家として、長きをもって尊しとせず、次をどうするか考えました。ところが3党合意はないがしろにされ、二大政党制は崩れていく。『このまま政界から身を引くわけにいかない、死んでも死に切れない』と思い直したんです《

 「私たちが再生するには、国民を信じるしかない。本当のことがわかっている国民がいっぱいいる時に、ポピュリズムでうそをつくのは愚民思想です。日本はきちんと物を言う政治家を評価する人が必ずいる国です。こちらも痛い目に遭う覚悟で難題に挑んでいく。それが私が天命として授けられた『逃げない政治』と考えます《

 (聞き手 編集委員・駒野剛)

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 のだよしひこ 1957年生まれ。松下政経塾の1期生。93年7月の衆院選で初当選。財務相を経て2011年9月から12年12月まで首相。現在は無所属の会。