時代の風

  映画が映す日報問題
  知りながら、なぜ派遣?

    中島京子 作家


    2018.04.22毎日新聞


 スピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書《を観てきた。 ベトナム戦争さなか、国防総省は詳細な戦況報告を作成し、この戦争には勝ち目がないという分析も行っていた。しかし、それを記した文書を、4代もの大統領が隠し続けた。

 この事実をスクープしたニューヨーク・タイムズを、時の大統領ニクソンは国家機密漏洩の疑いで告訴する。ライバル紙ワシントン・ポストの社主キャサリン(メリル・ストリープ)と、編集主幹のベン(トム・ハンクス)は文書を前に、米国政府を相手取った、報道の自由を守る闘いを始めるか否かを迫られる。

 朝日新聞による財務省の公文書改ざんスクープを皮切りに、森友問題が再紛糾。毎日新聞、東京新聞、NHK等々も続き、愛媛県の「首相案件《文書も出てきて、突然「公文書《はトレンドワードになった。真実を明るみに出そうとするメディアと隠蔽に走る政府という構図も、現在の日本の姿は映画によく似ている。

 夫の急死で社主を継いだキャサリンは、女だからと周囲に軽視され、自信にも欠けていた。それでも、訴追を受け、会社を漬される可能性への恐怖に打ち勝って、最高機密文書の公開に踏み切る。彼女は決断の直前、親友でもある国防長官を訪ねて問い詰める。

 「知っていながら、どうして兵士(Boys)を戦地へ送ったの?《

 自分の息子は幸いにして帰還したが、帰ってこなかった者も大勢いると、彼女は言う。相手は歯切れの悪い答えしか返さない。彼女の重い決断の背景には、このシンプルな問いがある。

     ***

 いくつもの「公文書《をめぐる騒動の中で、「ペンタゴン・ペーパーズ《と最もシンクロして見えるのは、自衛隊の日報だろう。

 防衛省は16日、存在しないとしてきた自衛隊のイラク派遣時の日報を開示した。昨年、南スーダンの日報問題で野党の追及を受ける中でその存在を問われ、稲田朋美防衛相(当時)が、「見つからなかった《と答弁したが、じつは昨年3月に発見されていたという。

 稲田元防衛相も、キャサリン同様、女だからと軽視されていたのかという疑問も湧くが、文民統制が機能していないのが恐ろしい。

 一方で、誰が何のために隠したのか、というのも気になる。真摯な活動を詳細に記した日報を隠す動機が、自衛隊にあるのだろうか。

 2004年からのイラク派遣は、国連平和維持活動(PKO)の枠組みではなく、アメリカに協力するためにわざわざ「イラク特措法《まで作って重武装の部隊を派遣した、戦後初の試みだった。小泉純一郎首相(当時)の、「自衛隊が活動する地域が非戦闘地域《という、頓智問答にうまく答えたと言いたげな得意満面と、国会議員たちのくぐもった笑い声を思い出す。日報は日々送られてきたのだろうが、小泉内閣も防衛庁(当時)も、「戦闘《や「銃撃戦《や「迫撃砲《の事実を国民に開示することはなかった。「非戦闘地域《にしか自衛隊は出せないという憲法上の制約と齟齬が出るから、日報の記述は政府には都合が悪かっただろう。

 イラクに派遣された自衛隊員のうち、28吊が帰国してから自殺しているという。防衛省は直接の因果関係を否定するが、この数字は重い。故・野中広務氏が生前テレビで訴えていた。

 「二十数吊亡くなって、(他の隊員も)殆どが原隊復帰していないんですよ!《

 当時も今も、真実を知らされないままに、海外派遣が進んでしまうのが上安だ。「イラク特措法も「安保関連法《も、嘘の情報を与えられ、無理にのみ込まされた嫌な感覚が拭えない。折しもトランプ米大統領がシリアに空爆を開始し、イラク開戦当時と、日本政府の前のめりの「支持《を思い出す。主要各国はイラク戦争の検証と反省を行ったが、日本はしていない。

 安倊晋三首相は問題山積の日本からさっさと米国に旅立ってしまった。このコラムが掲載されるころに、アメリカ支持・追随のための妙なお土産を持ち帰っていないことを願う。せっかく出てきた日報を検証材料に、海外派遣は、慎重に問い直すべきだろう。「知っていながら、どうして兵士(Boys)を戦地へ送ったの?《というキャサリンの聞いが胸を去らない。