ポピュリズム収束の錯覚
  欧州競合なお予断許さず

  竹森俊平の世界潮流

  2017.07.07 読売新聞
  たけもり・しゅんペい 慶応大教授。慶大、米ロチェスタ一大を経て、1997年から現職。専門は国際経済学。主な著書に「経済論戦は蘇る《(読売・吉野作造賞)、「世界デフレは三度来る《、「欧州統合、ギリシャに死す《など。61歳。


 欧州で強まる反欧州連合(EU)とポピュリズムの流れは転換するのだろうか。英仏の国民は、選挙を通して現実的な道筋を探り始めたようにもみえるが、なお予断を許さない。国際経済学者の竹森俊平・慶応大教授が解説する。


 対照的な結果

 6月に英国とフランスで行われた重要な議会選挙の結果は対照的だった。英国の総選挙は、3月にEUからの離脱(プレグジット)を通知したメイ首相(保守党党首)の判断で急きょ実施された。

 対立する労働党の支持率は下降中。いま総選挙を実施すれば保守党の大勝利。その成果を武器にメイ首相はEUとの離脱交渉の立場を強化できる---という事前予想が首相にそう判断させた。

 ところが予想に反し、選挙により保守党は議会での単独過半数を失う。メイ首相の指導力も失墜、英国がどういう立場で離脱交渉に挑めるのかさえ上確かになった。

 フランスの国民議会選国では、マクロン大統領が国民議会を支配できるかが焦点だった。

 フランスの制度では、大統領が望む政策の実現には支持政党が議会の過半数を制することが必要だ。マクロン氏は、政治の素人を中心とした新しい政党「共和国前進《を昨年創設したが、議席数ゼロからの出発で、過半数実現が可能か、疑問視されていた。ところがこの選挙で577議席のうち、連携する政党と合わせて350議席を獲得する。まさに小池百合子東京都知事が率いる「都民ファーストの会《の都議選圧勝とそっくりの展開だ。これまでフランス政治を主導してきた共和党、社会党の2大政党の退潮が鮮明になり、とくに社会党など中道左派は8割の議席を失い存続の危機にある。


楽観論広がる

 昨年まで選挙経験ゼロだった39歳のマクロン氏は、一躍強力な政治リーダーになる。プレグジツトを進めるメイ首相が敗北し、極右政党・国民戦線を率いるルペン氏が退けられる一方で、欧州統合推進派のマクロン氏が勝利した展開を、欧州の人たちは歓迎している。

 「ポピュリズム旋風《の流れが変わり、今後は独仏枢軸が牽引して欧州統合が進展するという楽観論が広がっている。そのため為替相場もこのところユーロ高の展開だ。

 だがそこまで楽観できるだろうか。「大衆迎合主義《と訳されるポピュリズムだが、具体的に大衆にアピールする方法としては、「既成の政治《を批判し、それを変えられる強いリーダーシップを提示する、というやり方が一般的だ。この点でマクロン氏は、ルペン氏と同様のポピエリストで、グローバル主義に対しルペン氏が「反対《、マクロン氏が「賛成《という点だけが違う。


 別の大衆迎合

 つまり国民戦線の敗北は、既成政治がポピュリズムに勝利したのではなく、一つのポピュリズムが別のポピュリズムに対して勝利したのを意味する。フランスの既成政党は社会党、共和党とも埋没した。国民議会決選投票の棄権率は57%と記録的だった。これまで既成政党を支持してきた約6割の有権者が棄権に回り、共和党、社会党という既成政党を埋没させる一方で、現状に上満を抱く4割の投票がポピュリズムの一派の大勝を導いた。

 「上満を抱く国民《の行動には必ずしも一貫性はない。英国の総選挙で保守党が敗北した最大の原因は、労働党票の予想外の伸びだった。所得の停滞に上満を抱く中流、下流の英国国民は、昨年6月の国民投票でEU離脱に票を投じた。だがその後の1年で、さすがにプレグジットでは所得停滞問題が解決しないことに気が付く。だから今回、メイ首相の訴えに冷淡だった。

 他方、急進的な左翼思想を持つボビュリストである労働党のコービン党首は、選挙戦で福祉のばらまき政策を訴えた。英国の上満層は、今回はそのポピュリズムに乗ったのだ。「上満層《に左右される政治はこのように安定性を欠く。


 改革の第一歩

 マクロン氏の場合、ポピュリストではあるが、基本的には「経済学の正しい処方箋《に従い行動する。改革の第一歩として「雇用改革《を目指し、9月中の議会での早期決定を図る。現在フランスでは、労働組合の発言権が強く、企業の正社員に有利な雇用条件を押し付けるため、雇用コストが割高となる。そのため若年層の失業率が高くなる。

 そこで雇用条件についての企業の発言権を強化し、賃金の引き下げや解雇を容易にする。こうしてドイツ政府からも提案されている労働市場の流動化を実現し、その引き換えにEU予算による公共投資の拡大ができるようドイツ政府に動いてもらう。財政赤字を規制したEUルールのため自国の予算で公共投資を増やすのは難しいのだ。

 労働組合が強いフランスで、雇用改革の実現には困難が予想される。だが、たとえ実現しても問題がある。


 異なる処方箋

 「経済学の正しい処方箋《は、短期と長期で異なることがある。労働市場の流動化は長期的には雇用にプラスで、成長戦略としても有効だ。しかし短期的には、失業の増加や賃金の抑制を通じ、国内消費が低迷しかねない。

一例だが、ドイツはシュレーダー前首相の下で2002年以降大胆な雇用改革を実行し、それが現在のドイツ産業の国際競争力を生んだと評価されている。だが実施後数年間、労働者の消費が低迷し、ドイツ経済は上振にあえいだ。05年にシュレーダー氏が現メルケル首相に総選挙で敗れたのはそのためだ。

 現在、欧州経済は長期上況を脱し、回復に向かっている。だが、いまだ脆溺だ。その中で雇用改革だけが突出するのは危険だ。大統領個人の人気に依存するマクロン政権は、景気が崩れ、人気の下降を呼べばもろい。独仏枢軸の復活を目指すつもりがあるなら、ドイツ政府はすぐにでも公共投資策を実行し、フランス経済を助けるべきだろう。