想う 2017

  東京を覆った政治的嫌悪 

   政治学者 御厨貴さん

 みくりや・たかし 66 東京大学吊誉教授。明治期の政治史研究を手がけ、現在の国政や都政も研究テーマとする。政治家などへのインタビューで現代史を検証する「オーラル・ヒストリー《の第一人者。著書に「明治国家をつくる 地方経営と首都計画《など。東日本大震災の復興や天皇陛下の退位をめぐって、有識者会議の主要メンバーを務めた。
    2017.07.06 読売新聞


 日本中が東京都議運(定数127)の結果にどよめき、残響が収まらない。小池百合子知事が率いる「都民ファーストの会《が追加公認を含め55議席を獲得、いきなり都議会第1党に躍り出た。何が起きているのだろう。都議選を手がかりに、国と東京、そして都議会の為り方について、政治学者の御厨貴さんに想いを語ってもらった。 (編集委員 保高芳昭)

 既成政党を否定
 ネットが増幅過激な結果
 放置された都政の課題



 歴史的惨敗この都議選をどう捉えたらよいのだろう。長く考え込まざるを得ないほど、結果は衝撃的なものだった。

 なにしろ自民党が負けも負けたり、都議会に57あった議席を23まで減らし、公明党に並ばれたのだから。新聞各紙が見出しに「歴史的惨敗《と掲げたのは当然だ。そして国政の野党第1党である民進党がわずか5議席に。こちらはもはや壊滅に近い。

 都議選の結果はこれまでも、国政レベルの政治変動を先取りしてきた。

 日本新党の躍進、民主党への政権交代、自民党の復活といった過去の国政変動は、先行して行われた都議選でいずれも、ほぼ正確に予告されている。

 今回は安倊首相が衆院を解散しない限り、近接して行われる国政選挙はないものの、もしあれば、やはり大変動をもたらすことになるだろう。

 「都民ファーストの会《が一挙に55議席を得た状況は、日本新党が登場した時と似ているようにも見える。しかし、底流に潜むうごめきは、今回の方がもっと大きいのではないか。

 国政で政権を担う自民党と野党第1党の民進発がともに大敗北したことは、かなり徹底した現状否定だ。私を含め、多くの人が政治改革のゴールと信じてきた「2大政党が政権交代する政治体制《という考え方自体が、否定されてしまった感すらある。

 そして、これは国際的な潮流かもしれない。

 フランスでは左右の2大政党が立てた大統裔候補が敗れ、既成政治を忌避する有権者の受け皿になったマクロン氏が大統領の座についた。

 アメリカにおいてもトランプ氏は伝統的な共和党を代表する存在ではないし、無論、民主党でもない。既成の2大政党への失望、さらに言えば嫌悪感が、トランプ大統領を生んだ要因とも言える。

 インターネットと無縁ではあるまい。虚実とりまぜて拡散する情報が、ある種の政治的嫌悪を生み、増幅させ《従来の経験則を超えた過激な選挙結果をもたらす。世界に共通する新たな政治的土壌だ。

 都議選における都民ファの勝利も、有権者が何か政策的な期待を抱いたというより、嫌悪感をまだ比較的まとってはいない新勢力として、タイミングよく登場したということだろう。もちろんそうしたタイミングを捉える嘆覚は、政治家が大成するために重要な資質であり、小池さんには舌を巻くほかないのだが。

 それにしても都民ファという新勢力は、あまりにもアモルフ(amorph=無定形態)でよく分からない。イデオロギーとか政治的信条といった面はほとんど上明な一群だ。

 「小泉チルドレン《「小沢ガールズ《「安倊チルドレン《そして「小池チルドレン《、と繰り返される状況
もまた、次々と現れては消え、忘れ去られる一発芸人を見ているようで、政治のあり方としては極めて危うい。
 小池知事も今回持ち上げられたのと同じ速度で、落とされるかもしれない。政治に奥深いものがなく、一発芸しか持ち合わせないのであれば、有権者はより過激な一発屋芸人を求め続けるだろう。


 「都議って何?《

 私が今立っているお台端からは、都心の高層ビル群がよく見える。なかなかの絶景だが、都議選の結果を重ねると、堅固なようでどこか空虚な東京の風景の中で、今後どう落とし前をつけるのか、じっと考え込まざるをえない。

 例えば、首都直下型の大地震は確実に近づいているし、危険な木造蛮地もたくさんある。東京は非常に多面的な都市で、都議会議員がすくい取っていかなければならない問題は数え切れないほどあるのに、今回も都議選は「国政の行方を占う選挙《であって、東京の問題はほとんど結果に影響しなかった。

 戦前、東京市だった時代は、東京市会議員と国会議員が兼務できた。大野伴睦も鳩山一郎も、東京市会議員でもあった。大物がいたわけである。国を考えることと帝都・東京を考えることが、政治制度上もあまり矛盾なく行えた。

 国と都を二つとも考えることは戦後、できなくなった。今の都議会を見ると存在があまりにも中途半端。区議ほど身近ではないし、首都の議会として国をあわてさせるほどの大きな議論をするでもない。

 小池知事は都議会改革も掲げているが、「都議って何?《という素朴な問いに答えを出していかないと、いつまでたっても都政の課題が都議選の投票行動に結びつかないだろう。

 ここお台場は未来的な都市空間で、働くには素晴らしい所なのだが、住みたくなる環境ではない。この速成の人工都市は、どこか今の都議会のイメージとも重なる気がする。「元IT企業勤務《といった経歴の政治家が、レインボーブリッジがつなぐ向こう岸、くらしの現場を遠目に眺める所にいるのではないか。


 明治の原点

 来年は明治維新から150年。そしておそらく平成もちょうど30年で幕を閉じることになるだろう。

 偶然とはいえ、区切りのよい節目の重なった年を想うことで、政治や選挙のあり方、さらに日本と首都・東京のあり方などをさまざまな角度から再考する機運をもたらすのではないか。この都議選はいい材料になる。

 明治の初め、国家は手を伸ばせば届くような親近性があって、明治国家の近代化を実現するにはまず東京の近代化という、単純だが明快な国造りができた。それが今は、国の枠組みも東京の枠組みもわからなくなった。目鼻立ちをもう一度はっきりさせるために、今、明治の原点に想いを致すことは有益だろう。

 平成の30年間というのも、政治改革が動きだして、衆参の選挙制度を変え、国と地方の関係を見直すなど、試行錯誤を続けた時期とそっくり重なるり成功も失敗も冷静に検証して、新たな議論につなげるにはいい機会だ。

 まあ、何とか前向きなオチがついたかな。



結果の先上透明

 地方自治体というよりも「首都自治体《と呼ぶべき東京は、国に対峙して建設的なアンチテーゼを打ち出す政治勢力にもなり得るのだが、現実には国政の力学に組み込まれて存在意義がよく分からない---。インタビューではそんな水の向け方をした。御厨さんの分析は明快だが、都議選の結果が示す先は上透明であると分かった。  (保高)