(インタビュー)ポピュリズムの行方 独歴史家

   マグヌス・ブレヒトケンさん


      2017年4月6日05時00分 朝日新聞

マグヌス・ブレヒトケンさん

 フランス大統領選やドイツ総選挙など大きな選挙が今年相次ぐ欧州各国で、排外主義を掲げ、欧州統合にも批判的な右派ポピュリスト政党が伸長している。トランプ米大統領を生んだ米国を含め、世界の民主主義はどこに向かおうとしているのか。ナチスが台頭した戦前との違いは何か。ドイツの歴史家に聞いた。


 ――英国の欧州連合(EU)離脱、米大統領選など直接的な投票で、世界が大きく動いています。ナチスドイツも1930年代、4度の国民投票で台頭しました。

 「30年代の国民投票と現代を比較することは非常に慎重であるべきだと思います。ヒトラーが権力を掌握した33年(1月)以降、特に2月の国会議事堂放火事件(共産主義者の犯行と断定して共産党を弾圧)を経て、法の支配は事実上廃止されました。ワイマール憲法の48条が発動され、同憲法が保障していたほぼすべての基本的な権利は完全に廃止されたのです《

 ――48条は「憲法停止の非常大権《を定めた緊急条項ですね。

 「憲法に何が書かれていても権力者のやりたいことができる。憲法に憲法を棚に上げる規定があったのです。それをヒトラーが利用した。(憲法という)法的側面だけでなく、政治的、社会的な弾圧も強まりました。突撃隊(ナチスの準軍事組織、SA)を使って社会民主主義者や共産主義者などあらゆる政敵に対する暴力が行使されるようになる。そうなると、普通の政治状況や自由選挙といった選択肢はもうありません。33年3月の総選挙は暴力と脅しが広がるなかで実施されたのです《

 ――その総選挙を経て、議会制民主主義を否定する勢力が議会で多数派を握りました。

 「ナチスの国家社会主義ドイツ労働者党は44%の得票でしたが、民主主義を否定する右派政党DNVP(ドイツ国家人民党)も8%を得た。つまり右側だけで議会を否定する勢力が過半数を占めた。一方、共産党の選挙前の支持は17%(選挙では12%)あった。彼らも議会を否定する勢力だった。つまり当時は左右合わせて約3分の2の議会勢力が反民主主義的、議会否定派の政党だったのです《

 ――日本でも大規模な自然災害やテロなど、非常時に政府権限を強める「緊急事態条項《を憲法に盛り込むべきかどうかが、改憲論議の焦点の一つになっています。

 「こうした条項は、民主主義の安定にとって、極めて危険です。各国とも何らかの規定はありますが、ナチスの経験から導き得るのは、権力を握ったものがそれをどう運用するかわからないということなのです。(ワイマール共和国の大統領)ヒンデンブルクは、この条項を発動したとき、どのような結果をもたらすか、理解していなかったのでしょう。権力の集中はいつでも極めて危険なのです。ドイツ新憲法でも68年に導入されていますが、極めて限定的なもので議会の同意も必要です《

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 ――ただ、いま、秋に総選挙を控えるドイツでも、AfD(ドイツのための選択肢)などの右派が台頭しています。

 「AfDは、数年前にできた新党で極右、反ユダヤ主義者、反ユーロのリベラル、反欧州、そして国粋主義者もいる。現時点では、投票する人の多くはこの党への支持ではなく、既存政党に移民政策などで政策的な変更を求めるシグナルとして投じています。ドイツには(議席を得るための支持に必要な)5%条項があり、現時点で彼らはそれを超えていますが、過去の経験では、こういった抗議政党は12%までは上がるものの、その後、消滅していくものです《

 ――英国でも、EUからの離脱を掲げた英国独立党(UKIP)も国民投票後は、支持が広がっていません。一方で、既成勢力への批判は世界的に広がっています。

 「この状況にドイツの主流政党、中道政党がどう対応するか。60年代の極右政党NPD(ドイツ国家民主党)が台頭した時のように、SPD(社会民主党)は左の、CDU(キリスト教民主同盟)は右の、疎外感を持つ有権者の支持を吸収できるかにかかっています。それによって過激な政党の支持は干上がる。中道が議会の7~8割を占め、安定化できます。この点が20~30年代のドイツとの非常に大きな違いです《

 ――ただ、ナチスの台頭も、既成政治への上満が発端でした。

 「その通りです。ただ、政治的な環境は全く異なります。30年代前半の有権者の多くは(第1次大戦まで続いた)帝政ドイツの専制主義的で非民主主義的な時代に生きてきた人たちです。ワイマール共和国下での12年間の民主主義を経験していましたが、それは大戦の敗戦によってもたらされたものという意識だった。敗戦はドイツ帝国や王政のせいではなく、ドイツ革命や社会民主主義者のせいだと考えた。つまり、敗北感と民主主義とが結びついていたのです。専制主義の伝統に慣れた33年当時の有権者は、議会制民主主義が機能していないと感じた。だからこそ、既成政治を打破し、国家の安定と国力を回復し、解決策を示すと訴えたヒトラーのような人物にひかれたのです《

 ――ヒトラーは巨額の赤字国債によって軍事的な支出を増やし、人気を高めていきます。

 「数年後に戦争や周辺国の占領で賄えるという前提だったのでしょう。35年の再軍備宣言(ベルサイユ条約の破棄)、徴兵制の復活は極めて高い支持を得た。新たな体制と党による全体主義、専制主義的な圧力だけでなく、人々がそれに慣れ、そうした政治的変化を国家にとっての成功だと信じていた。仮に38年のドイツで自由選挙が実施されていたとしてもヒトラーは過半数を得ていたでしょう《

 ――いまのドイツの有権者意識は、当時と比べてどうでしょう。

 「戦前とは全く異なります。70年に及ぶ安定した民主主義と議会制度を経験し、同性愛の権利、男女同権といったあらゆる面で社会が自由になった。全体として成功の物語であって、それは欧州という文脈の中で発展したものです。現代のドイツ人で周辺国から領土を得ようという人はいないでしょう。(EU本部のある)ブリュッセル支配への上満などに比べて、欧州が発展したこの70年間の平和ははるかに重要なものです《

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 ――「過去《を美化しようとする動きにドイツではどう向き合っているのですか。

 「ドイツでも40~50年代、過去に触れることを好まない時期がありました。多くの人は、ナチスの暴力や特にホロコースト(ユダヤ人大虐殺)について触れることに上快感を覚えていた。しかし自己批判的であることが常に求められるなかで、時間はかかったものの社会に変化を及ぼしたのです《

 ――歴史的にみて、政治や社会の安定を保つうえで必要なのは何なのでしょうか。

 「こういう時代だからこそ、議会や法治主義といった安定的なシステムによって揺れを吸収していくことが重要です。そのために自分自身、何ができるか。何をすべきか。同僚ともよく議論しています。過激なものからの脅威に対して、社会の安定のために自分たちの持っているものを活用することは歴史家としての責務だと考えています。書斎にこもるのではなく、外に出なければなりません《

 「(ドイツの反イスラム運動)ペギーダは『我々こそが人民の声だ』と叫びますが、そうではありません。彼らの票は抗議の票であって、有権者は極右、極左が志向する社会を望んでいるわけではない。AfDの政治家も時に人種差別的なコメントを投げかけ、社会の反応を試そうとします。そういう試みを成功させないようにするのが我々の責務です。暴力は暴力的な言葉から始まる。政治的な立場や考えが異なる相手に対して決して個人的な攻撃や人格否定をすべきではない。他人への敬意を持ち、合理的な方法で批判するのが基本原則です。この原則を超える言葉遣いを認めてはならない。ドイツで技術と社会がともに発展したのはこのためだと私は思います。少なくともドイツでは、社会の安定が必要だと確信する人の方が極右、極左の動きよりも活発だと私は信じたい《

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 Magnus Brechtken 64年生まれ。現代史研究所副所長(独ミュンヘン)。専門はドイツ近現代史。比較政治論。






 ■民主主義の成熟、試される日本 東京大学教授・牧原出さん

 冷戦終結で共産主義の脅威がなくなり、リベラルデモクラシーは世界中に広がって「勝利した《はずでした。その民主主義が今、危機にさらされています。民主主義を支える経済の豊かさが2008年の金融危機以降、持続可能でなくなった。今なおすべての国で市民社会が成熟したわけではなく、民主主義を保てる国と、保つのが困難な国に分かれつつある。社会の上満が増すと独裁化ないしファシズム化という現象が出てきます。

 戦前、ナチスドイツは共産主義との対抗の中で全体主義、統制主義を先鋭化させた。今はそうした対抗勢力がなく、ポピュリズムをあおるリーダーの独裁的政治はまだ、行き当たりばったりの統制主義と排外主義など幼稚で野蛮な段階です。トランプ米大統領はツイッターで野蛮な発言はできても、議会では何もできない状態です。

 ファシズムでは市民社会の道徳や倫理がまひして全体主義や独裁が起こり、自由が失われます。米英のように民主主義が伝統として定着した国では、独裁にはなりません。「国家《対「市民社会《のせめぎ合いが続くでしょう。

 しかし、グローバル経済の危機や福祉国家で社会保障の失敗などが起これば話は別です。かつては大恐慌で生活が破綻(はたん)した人々は、異常な心理に陥りました。戦前のドイツも第1次大戦の賠償金支払いと恐慌で市民社会が壊れ、ファシズムに突き進んだ面がある。

 そもそもグローバル経済には、バブルの発生と破綻が上可避で、ポピュリスト政治家はその点を攻撃します。公正な貿易や温暖化対策を通じ、持続可能な形で調整し民主主義を進める新たな動きが長期的には必要です。ただ、そうした調整で鍛えられた「公正なグローバル化《が出てくると、より戦略的で周到な一国主義的、排外主義的なイデオロギーが出てくる可能性がある。それが21世紀におけるファシズムになるかもしれない。

 日本も民主主義の成熟度が試されています。野党上信から自民党に寄りかかるようになり、森友学園の問題が示唆するように、腐敗の許容につながる面がないか。復古的な歴史観やヘイトスピーチを容認する問題とも連動しているように見えます。「ファシズム化《「独裁化《は、民主主義の成熟で乗り越えていくしかないのです。

 (聞き手はいずれもヨーロッパ総局長・石合力)

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 まきはらいづる 67年生まれ。専門は政治学、行政学。今年3月まで英ケンブリッジ大で在外研究。