(インタビュー)LINE、誕生5年 李海珍さん 

   李海珍さん


      2016年7月20日05時00分朝日新聞



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 だれかと連絡をとるとき、スマートフォンを利用する日本人の約8割が使う対話アプリ「LINE(ライン)《。文字にしなくても顔を合わせているように感情が伝わるイラスト「スタンプ《などが受けた。誕生から5年、その立役者は49歳の韓国人経営者だ。成功の裏には、その地域の視点で徹底的にサービスを考える「文化化《があった。

 ――LINEは、日本で6千万人、世界でも台湾やインドネシア、タイなどを中心に2億人が日常的に使っています。どうして日本で誕生したのですか。

 「私は2011年の3月11日、東京・大崎にあるLINEの前身の会社のオフィスにいました。東日本大震災の日です。あまりにも揺れて、怖くなって外に出た。目の前のビルは、ゆらゆらしていました。私には大地震の経験がなく、もう最期かな、と思った。このときは頻繁に日本に行き、日本の社員と話し合っている時期です。すでに、LINEの親会社で私が創業した(韓国IT大手の)ネイバーは、検索サービスで成功していました。ただ、新しい勝機はスマホにあると思った。パソコンでは検索が大事でも、これから広がるであろうスマホでは利用者をつなぐ機能が重要でした《

 ――LINEの前身の会社が、ライブドアを買収した直後です。

 「地震が起きた後、いちばん悩んだのは、社員の安全でした。そして、お互いの連絡手段においてはもっと何かやりようがあるのではないか。そう気づきました《

 ――当時は、電話は通じにくくなりましたが、対話アプリは滞りなく使えた。

 「コミュニケーションに対する利用者のニーズを満たせるサービスであれば、使ってもらえる可能性があると考えたんです《

 ――勝算は、あったのですか。

 「長く、インターネット事業を手がけてきた経験から、1日に何回も繰り返し使う機能が提供できれば、ビジネスが広がる自信はありました。韓国でも、多くの人と時間をかけて、ほぼ同じ時期に『ネイバートーク』という対話アプリを開発していました。ところが、少ない人数で短期間でつくったLINEの方が、説明はしにくいのですが、つくった人の心がよく盛り込まれていた。もっと成長できると思っていました《

 ――「心《とは、どういう意味でしょう?

 「11年の6月にLINEをスタートさせた後、日本の社員は居酒屋を回り、お店にいる人に『インストールして』と頼んでいました。翌日にまたそのお店に足を運び、上便な点を聞く熱心さがあった。利用者どうしで連絡先を交換する機能をより使いやすくする改善などにつながりました。成功するサービスは、技術も大事ですけれど、つくった人の思いだと実感した。一方で、ネイバーは会社が安定し、働く人たちに市場が求めているものに寄り添う切迫感が足りない気がしました。ネイバートークは12年に中止し、LINEに懸けました《

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 ――一般的に、新しいサービスは先行したほうが有利です。

 「利用者が何にいちばん満足するかという競争の中で、最初に登場したものが市場を勝ち取るとは限らない。フェイスブックにしたって、初めてのサービスではありません。確かに、米国発の大きなブランドに対抗するのは難しいこと。でも、その地域や市場ごとに使う人が何を求めているのか。これを徹底的に理解し、その視点に立って商品を提供する体系をつくれば、道が開けます。これを私は『文化化』と表現しています。単純な意味での現地化とは、異なる概念です。日本でLINEが生まれたことから、私自身も学ぶことができました《

 ――「文化化《の具体例は、ほかに何かありますか。

 「タイでは、出前サービス『LINEマン』があります。LINEで出前を頼むと、ドライバーが配達します。食事は外から買ってくることが多いお国柄を反映しました。中東地域では、スタンプに断食明けに夕食をとるイラストがあります。『ラマダンスタンプ』と呼んでいます《

 ――スタンプは、他社の対話アプリとくらべたときのLINEの強みです。イラストで意思を伝えるアイデアは、社内から上がってきたそうですね。

 「とても面白いと思いました。LINEを最初に出した後、他社のサービスとの差別化を考えていたときに出てきた。これなら、対話アプリにおいて異なる価値を存分に伝えられると直感しました《

 ――イラストといえば、李さんは相当なマンガ好きだとか。

 「私は人に会うことがそれほど好きではないし、時間があるときは家でのんびりマンガを読むなどしています。ストレスがたまると、特にマンガ。韓国のも見ますが、日本のものが大好きです。あだち充の野球マンガとか。『NARUTO(ナルト)』の作家は本当に天才だと思います。最近では、北海道の農業高校の話の『銀の匙(さじ) Silver Spoon』も、好き。言語の勉強にもいい。週刊少年ジャンプで日本語を勉強しました《

 ――マンガの愛読者だからこそ、スタンプに面白さを感じた。日本の文化や風習を知るために、ほかに自身でしていることは。

 「日本には、事業がうまくいっていないころによく呼ばれました。頻繁に訪れていたのは10年ぐらい前です。日本に行くと、できるだけ電車に乗ります。どういう広告があるか。乗客がどんな本を読み、スマホでどんなサービスを使っているか。よく見て近くで感じる時間は、とても有意義です。時間をかければかけるほど、日本人を理解できる面がある。そうしてこそ、会社も成長できます《

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 ――壇上を動き回ってプレゼンテーションするIT企業経営者とは、雰囲気が違います。

 「米アップルの故スティーブ・ジョブズ氏、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏は、まるでスター。でも、成功者には内向的な人もいて、いろいろ考え、人の言うことをよく聞く利点もある。利用者を深く観察できます。天才であるかのように人物を飾ることの方が、かえって問題。経営者の経営哲学本が出たあと、会社がうまくいかなくなる例はよくある。個人の考えを哲学だと強調することより、市場の流れや変化に柔軟になれることが大事です《

 ――ネイバーは、韓国では圧倒的な検索サイトの会社です。

 「世界はこの先、情報が増え続けると考えました。もともと理系の私は、必要なものを探し出す検索エンジンをつくりたいと考え、サムスン電子グループの社員を辞め、1999年に起業しました《

 ――2000年の最初の日本進出も、検索事業でした。

 「日本は近い国ですし、よく理解できる面がありそうでした。自由に英語が使えず、言語も語順が同じなど、似ている面が多い。検索に対するニーズはあると思いました。なにより、経済大国です。でも、日本ではグーグルやヤフーがあまりにも強力で、新しい試みを受け入れてもらうスピードも思ったより遅かった。このときの私には、日本のよい人材を得て日本の人々を理解することは難しく、試行錯誤の繰り返しでした《

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 ――LINEで再チャレンジした形ですね。でも、これまでは韓国企業の傘下ということを、前面に出してきませんでした。日韓関係も影響しているのですか。

 「ビジネスにおいて国籍とは何か、私も考えたことがあります。LINEは先週、日米で株式を上場しましたが、日本で心配された一つは大株主が韓国企業だということでした。ただ、ネイバーの株主の6割は外国人。LINEが韓国企業というなら、ネイバーは韓国ではない外国企業です。会社の国籍を、株主によって分類するべきではない。なにより、LINEの成功は、経営経験のある日本のスタッフを招請しなければ難しかったと感じています《

 ――とはいえ、日韓の人材が力を合わせてできた会社です。

 「LINEでは韓国のスピードと、日本のきめ細かいサービスが相乗効果を出している。いまネットの世界は、米国のごく少数の大型プレーヤーが主役です。彼らと競争しながら生き残るには、いろんな国の会社が強みを生かして協力し合うことが大切です。LINEというアプリは、たった5年で大きく成長できた。いまでは韓国、日本だけでなく、欧州とかアジアのほかの国とも提携や協力ができると思うようになりました《

 ――そこに、文化もからんでくるということですか。

 「米国の企業はブランドが強く、他国でも『私のものを使ってくれ』という立場ですね。私たちはブランドとしてはいつも弱者なので、『文化化』という言葉を使いましたが、ユーザーに合わせた形にしないと、一つの成功の可能性もありません。多様なサービス、そして競争があることは、ユーザーの立場からもよいことです。今回のLINE上場も、業界では特殊と思われているようですが、我々のような企業はもっと出てくるべきです《

 (聞き手 福田直之)

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 イヘジン LINE会長 67年生まれ。韓国科学技術院電算学科修士号を取得後、ネイバーを99年に創業。2004年から取締役会議長。LINE会長は12年から。