(耕論)

   多民社会、ニッポン 

   ジャネット・ムルギアさん、鈴木康友さん


      2018年10月30日05時00分 朝日新聞
 「移民政策《と呼ばない移民政策が始まろうとしている。受け入れるのは「労働力《、共に暮らす「人《ではないという理屈が透ける。だが、それは現実に吹き飛ばされてしまうのでは。外国人と共生する「多民社会《の経験を重ねた内外の現場から、懸念の声が聞こえる。


労働者・生活者として溶け込む外国人
 ■ 移民の教育、未来への投資 ジャネット・ムルギアさん(ウニドスUS会長兼CEO)

 8月に来日し、多くの人と話す機会がありましたが、日本は外国人政策が一貫していないという印象を受けました。

 ブラジル人が住民の半数を占める愛知県豊田市の保見団地を見学しました。住環境はよくなく、教育や社会保障も上十分のようで驚きました。自分を「二流市民《と感じている人もいました。

 外国人が日本人よりも高い割合で、特別支援学級に入っている公立小学校もあると聞きました。かつて米国でも、メキシコ人は英語を話せないため知的障害と見なされ、別の教室に入れられたり入院させられたりしていました。

     *

 一方で素晴らしい人材が育っていると実感した例もありました。6歳でブラジル人の両親と来日した村山グスタボという日系ブラジル青年との出会いです。保見団地で育ち、日本の公立学校に通った彼は、日本語と英語、ポルトガル語を操り、今は派遣会社で人を雇う仕事をしています。

 保見で活動するNPO「トルシーダ《も、ブラジル人の子どもに勉強を教えたり生活支援をしたりしています。太田稔彦市長も「多様性は力だ《と言っていました。

 このように頑張っている自治体はあるのですが、国のリーダーシップが欠けています。

 少子高齢化が進み、外国人の労働力が必要なのは明らかなのに、政策は近視眼的です。社会に大きく貢献しているのだから、もっと外国人を人間として敬意を払うべきではないでしょうか。

 「外国人は日本語を学ぶべきだ《という主張もよく耳にしました。日本語習得が大切と考えるのならば、国の施策があるべきです。しかし残念ながら、それが見えません。日本には世界に誇る素晴らしい公共交通網があります。あれを作りあげたくらいですから、日本語を教える仕組みを作ることなど簡単なはずです。

 今、米国では6人に1人がヒスパニック系住民で、米最大のマイノリティーグループです。私たちは過去10年で、ヒスパニック系60万人の選挙権登録を手伝い、英語教育、職業訓練もしました。英語教育を受けた5千人を調べると年収が平均5千ドルもアップしました。移民はひとたび市民権を得れば、良い消費者や紊税者になります。だから移民に投資することは、全国民の利益になるのです。

 日本も同じです。外国人やその子どもの教育への投資は、日本の未来に投資することです。

     *

 私の両親はメキシコ人で移民として米国に来ました。貧しく、学歴もありません。父は工場で働き、解雇されたこともあります。大変な思いをしましたが、「太陽は誰のためにも昇るよ《というのが口癖でした。また教育に熱心で、地域を大切にする気持ちを7人の子どもに教えてくれました。

 私の兄はハーバード大学の法科を卒業し、別の兄はカンザス州で初のヒスパニック系判事に、私の双子の姉妹もアリゾナ州初の女性ヒスパニック系の連邦判事になりました。私もクリントン政権時にホワイトハウスで働きました。

 米国は移民に機会を与えてくれたのです。それがもたらす多様性は、米国の強さです。そして移民のサクセスストーリーがあれば、移民の子たちがまた頑張れます。日本は、外国人が夢を持てる国になっているでしょうか。

 もちろん米国にも問題が多くあり完璧ではありません。とくにトランプ政権は米史上最も反ヒスパニックで、特定の移民グループを「悪魔《のように扱い、米国を分断しています。多様性という米国の強みが、失われかねません。

 日本人は多様性に抵抗感を抱くようですが、「日本人とは何か《について議論して欲しい。国民を形作っているのは、人種なのでしょうか、共通の理想や価値観なのでしょうか。恐れずに、議論するべきだと思います。

 (聞き手・平山亜理)

     ◇

 Janet Murguia 1960年、米カンザス州生まれ。ヒスパニック系で米国最大規模の公民権団体「ウニドスUS《の会長兼CEO。



 ■ ロボット扱いしない制度を 鈴木康友さん(浜松市長)

 日本はもう事実上、移民国家だと思います。1990年が分岐点でした。人手上足という経済的圧力を背景に、「日系《を条件として2世、3世とその家族を受け入れることになったのです。

 製造業の町、浜松にはたくさんの日系ブラジル人やペルー人が来ました。「デカセギ《だから、お金を稼いだら帰ると国は考えていたようです。けれども、家族を呼び寄せて定住化が進んだ。自治体はその現実から逃れられません。

 一番大きな課題は子どもたちへの支援でした。日本には外国人の子どもの就学義務がなく、学校に行っていない子どももいました。通学していない子を探し出し、個別に対応しました。通学している子どもにも対策が必要でした。ポルトガル語のできる人を市で雇って公立学校に派遣し、日本語に習熟していない子の学習が遅れないよう取り組みました。

     *

 国は90年当時から、ずっとダブルスタンダードです。経済産業省は「労働力として必要《という。けれども法務省や文部科学省、厚生労働省は腰が引けています。外国人の支援に乗り出すと、事実上、移民を受け入れることになってしまうからです。本音と建前が相反したままではよくありません。国に欠けているのは、外国人を受け入れる覚悟ですね。

 労働力と考えてすませようとするからダメなんです。入ってくるのはロボットではありません。血の通った人間の集団です。どうやって社会に統合するかということを考えなければなりません。

 今回、外国人労働者の受け入れを本格的に進めることにした国の方針は一歩前進だと思います。ただ滞在を原則5年にし、家族帯同も認めないといった規定はどうでしょうか。それは人をロボット扱いしていることになります。

 「入国管理庁《を設置し、入国審査をしっかりするという方針にも賛成です。ただ残念ながら、社会統合に取り組む部署ではなさそうです。日本に入れたら現場まかせで、問題が起きたら犯罪者として捕まえるくらいのことしか考えていないように見えます。

 私たちが提唱するのは、各官庁にまたがる外国人施策を総合的に進める「外国人庁《です。日本に入れるからには社会保障にも教育にも、国のフォローが欠かせません。例えば語学の支援要員が必要だと文科省が決め、人件費も手当てするといった具合です。

 現状では、各省が外国人を社会的に統合する制度設計をすると、移民政策だと批判されかねません。国は「共生社会を作る《という明確な意思を示すべきです。そのシンボルが外国人庁です。

 外国人が増えると治安が悪くなると反対する人がいますが、それは短絡的です。共生ができていればそんなことはありません。浜松は90年以降のニューカマーと呼ばれる外国人の比率が高い自治体です。でも、犯罪が発生する割合は政令指定都市の中で最も低い中に入ります。政権幹部に話すと「そんな情報を法務省も警察も持ってこない《と驚いていました。

     *

 これまでの日本の多文化共生の施策の柱は、問題解決型でした。教育をどうするかとか、生活ルールをどうやって守ってもらうかとか。これからはむしろ、外国人の持つ能力や多様性をいかに地域の活性化に生かすか、そう考えていくべきです。外国人は「問題《ではなく「解決策《なのです。

 日系人の受け入れから30年。浜松では第2世代が活躍し始めています。外国人のおよそ8割が、定住や永住の資格を持ち、市民としてともに働き学ぶ仲間です。

 実は近頃は、日本に来てほしいと思ってもほかの国に行ってしまう懸念が高まっています。韓国も台湾も少子化対策で多くの外国人を入れようとしている。周辺国がいい条件で引き寄せたら、日本に来なくなる。そうなれば自業自得ですね。

 (聞き手・大野博人)

     ◇

 すずきやすとも 1957年、浜松市生まれ。松下政経塾出身。衆議院議員(民主党)を経て、2007年から現職(無所属)。現在3期目。