ドナルド・トランプ大統領の誕生で、2017年の世界はどう変わるのか。 

   元米国務長官 ヘンリー・キッシンジャー


      2016.12.27 読売新聞


トランプ氏に助言する一方で、今月初旬に訪中し、習近平国家主席と面会するなど、いまも活発な元米国務長官、ヘンリー・キッシンジャー氏に聞いた。
(聞き手・ニューヨーク支局長 吉池亮)


「国益《他国に配慮してこそ
トランプ氏にチャンスを■ネットで近視眼的社会に■地球規模で「1848年革命《

元米国務長官 ヘンリー・キッシンジャー氏 93 Henry Kissinger 1923年生まれ。ハーバード大教授を経て、ニクソン、フォード政権で国務長官を務める。ニクソン政権の国家安全保障担当補佐官だった71年、密使として中国側と極秘交渉を重ね、米中国交回復につなげた。73年には国務長官としてベトナム戦争の終結に貢献《し、ノーベル平和賞を受賞。現実主義外交の大家として米国では党派を超えて一目置かれる存在で、歴代大統領に助言し、外交戦暗に大きな影響を与えてきた。

▼トランプ次期大統領
  ---米大統領選の結果をどうみるか。

 「トランプ大統領の誕生は、とてつもない現象だ。米史上、このような大統領が生まれたことは、いまだかつてなく、彼の勝利を真剣に受け止めなければならない《
 「彼は極めて高い政治的資質を示してきた。特定の団体に何のしがらみもない。傑出した大統領になるまたとない好機で、これを前向きにとらえ彼にはチャンスを与えるべきだ《

  ---外交を「取引《と考える姿勢に同盟国から上安の声も上がっているが。

 「米国の国益に基づいて、同盟国にさらに貢献を求めると言いたいのだろう。しかし、国益というものは他国の国益にも配慮しなければ、孤立するだけだ《
 「日本は米国を頼みにし続けていいだろう。ただ、トランプ氏の対日姿勢にも一理ある。日米同盟の責任分担はどうあるべきかというのは重要な問いかけだ。米国の関与は変わらないが、分担の割合は両国の国力の変化に応じたものでなければいけない《

▼中国
  ---米中関係はどうなるのか。

 「米中関係は世界的に最も重要な2国間関係だ。両国が争えば、他の国々はどちらにつくべきか決断を迫られ、世界中が引き裂かれてしまう。第1次世界大戦前の欧州と同じ事態を招くことになりかねない《
 「両国が協力関係にあることは世界の利益にもなる。協力関係を築かなければならないという責務を双方が負っているが、双方の原則についても互いに合意していることが必要だ《

  ---台湾問題などトランプ氏はその「原則《に挑戦しているようにも見える。中国指導部の反応は。

 「中国側は、トランプ氏とは協力的な取り組みで臨みたいと前向きな姿勢を示した。彼らはいまもその考えを変えてはいないはずだ。いま起きていることは私の思いとは相いれないが、これはトランプ氏の大統領就任前のことだ。まだ最終的な評価をすべきではない《

▼ロシア
  ---プーチン大統領のロシアが影響力を増している。

 「ロシアの指導者を精神力析するのはやめるべきだ。プーチン氏は何者かと問い続けても問題が複雑になるだけで戦略的な観点から考えるべきだ《
 「ロシアは欧州から中東、アジアにかけての広大な領土を抱えている。だから、プーチン氏を欧州の指導者と比べてはいけない。ドストエフスキーの作中の人物のようなものだ。ロシアの伝統的な指導者像を体現している。彼は、欧州から中東、アジアで同時多発的に起きるすべての事象に対応しなければならないと考えているのだ《

  ---ウクライナ問題、ロシアが併合した南部クリミア半島はどう扱うべきか。

 「ウクライナはロシアに対する西側諸国の前線基地でも、西側諸国に対するロシアの前線基地でもない。独立を尊重し、領土も保全されるべきだが、いかなる軍事同盟にも加えられるべきではない。クリミア半島は特殊なケースだ。ウクライナに編入されたのは1954年とごく最近で、冷戦期の東独、バルト諸国といった(緩衝帯のような)扱いを受けることになるだろう《

▼回顧と展望
  ---トランプ氏が駆使するツイッターなど、インターネットが民主主義の姿を大きく変えようとしている。

 「これは哲学的で深遠なテーマだ。インターネットは人類の性質を予期せぬ形に変えてしまったからだ。ボタン一押しで多くの情報を得られるようになったが、情報を記憶する必要がなくなった。記憶しなければ、人は考えなくなる。その結果、知識を受容する能力が著しく搊なわれ、何もかもが感情に左右されるようになり、物事を近視眼的にしか見られなくなってしまった。この間題を研究し、対策を考える必要がある《

  ---2016年はどんな年だったのか。そして、17年には何を期待するか。

 「歴史をひもとけば、1848年革命では欧州で様々な激変が同時多発的に起きている。今年はそれが地球規模で起きた。過去に例のないことだ。とはいえ、米国が世界のすべての問題をただちに解決する必要はない。他の国々と平和で安定的な世界秩序を創造する機運が醸成できればいい。その取り組みを始めることができれば、来年は希望の持てる年になる《



「劇場化《への警句
 賛否はあるだろうが、チャンスを与えてみようじゃないか。93歳のいまも世界を飛び回り、各国の指導者が信頼を寄せるキッシンジャー氏の「トランプ評《を意訳すれば、こうなるだろう。オバマ大統領の理想主義には慎重だった「レアルポリティーク(現実主義外交)《の大家は、トランプ氏の孤立主義は軌道修正が可能だと見ているようだ。
 ただ、トランプ氏がツイッター上で繰り広げ、る「言いたい放題《には顔をしかめる。その思いは、インタビューの最後に米中国交回復の秘密交渉を回顧した言葉にも、にじみ出る。
 「透明性は重要だ。しかし、戦略的に考えれば、重要なことを『透明』にできるようになるまでには、一定の時間が必要なのだ《
 核開発からメディア批判まで、感情むき出しの即興的なツイートで劇場化の様相を強める「トランプ流《に対し、自制と熟慮を求める警句に聞こえた。        (吉池)