(インタビュー)

  韓国の朝鮮半島プラン 

   延世大学教授・金基正さん


    2018年8月8日05時00分朝日新聞
 


 Kim Ki Jung 延世大学教授、前韓国大統領府国家安保室第2次長 1956年生まれ。国際政治学者。過去2回の大統領選で文在寅氏の外交・安保政策ブレーンを務めた。
「米朝協議の難航で北への懐疑心が強まるでしょうが、我々は大きな絵を描き続けるべきです《=豊間根功智撮影

 シンガポールで実現した米朝首脳会談は、韓国の文在寅(ムンジェイン)政権が間を取り持った。非核化の行方はなお上透明だが、韓国は今後の朝鮮半島のシナリオをどう描くのか? 北東アジアに劇的な変化が訪れた時の日本の役割は? 文氏側近で外交政策を助言し続ける金基正(キムギジョン)・延世(ヨンセ)大学教授に聞いた。

 ――米朝首脳会談から2カ月が経ちます。その後の動きは、決して順調とは言えませんね。

 「私は『意図的に楽観』しています。悲観に暮れていては対話の活力を失う。緊張の局面に戻さないためにも楽観論に立つべきです。多少のアップダウンがあるのはやむをえない。大事なのは、合意の軌道から外れないことです《

 ――米朝間で何が引っかかっているのでしょうか。

 「一つは言葉の問題。米国が求める『CVID』(完全かつ検証可能で上可逆的な非核化)は敗戦国に使う言葉です。プライドの高い北朝鮮は、非核化には同意しても、この言葉は認めない。また北は核実験場を爆破したのだから、米国にも相応の行動を見せてほしいと訴えています《

 ――北朝鮮をめぐって起きている対話の流れをどう見ますか。

 「歴史的大転換が起きました。一時は軍事攻撃が検討されるほど深刻な危機を対話局面に変えた。慎重さを抱きつつも、新たな希望を持ちたい。同時に、長年閉ざされてきた門を簡単に開くことはできないとも感じています《

 ――従来型の積み上げ式の外交よりトップダウン型の「首脳会談の政治学《が効果的だと提唱されていますね。

 「外交交渉が長びくと、どの国でも多くの利害関係者の意見が割り込む空間が生まれ、交渉初期より身動きしづらくなる。そうではなく、先にトップ同士で大枠を決め、解決の意思と目標を示す。そこに信頼が加われば大きなエンジンとなります。最高指導者が唯一絶対的な北朝鮮との交渉では、特に有効な接近方法です《

 「米朝はこれから、2カ月に1度ぐらい、周囲の耳目を集める政治的なショータイムを見せるでしょう。トランプ大統領のスタイルがそうだし、北もその辺はよくわかっている。当面の注目は9月。最もドラマチックなのは国連総会への金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長の出席だが、これはまだ推測です《

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 ――現状は文在寅政権が描いたシナリオ通りに来ていますか。

 「文大統領は2012年に初めて大統領選に出ましたが、その時から北朝鮮政策はまったく変わっていません。日本では少し誤解があるかもしれませんが、文大統領は北朝鮮を好きとか嫌いとかいった感情的な判断をしていません。また本当に慎重な性格で、現状にもまったく浮かれていない《

 「彼の朝鮮半島構想の肝は、市場での利益の共有が戦争の危機を遠ざけ、共同繁栄につなげるという考えです。共同繁栄のためには平和共存が必要となる。共存のためには終戦宣言や平和協定、非核化が上可欠です。こういった工程を北に見せて希望を抱かせ、市場経済体制に引き込む狙いです。北が信頼のネットワークに加わることで非核化は加速する《

 ――歴代政権と違い、文政権は統一という言葉を多用しません。

 「統一問題はどの韓国大統領もおろそかにはできない。朝鮮半島の国家の正統性と関係してくるためです。ただ、南北は1991年に国連に同時加盟し、二つの国として存在してきたのも事実です。文大統領は先ほどの平和共存という言葉を強調しますが、統一をあきらめたわけではありません《

 「いまや北朝鮮による赤化統一も、韓国による吸収統一、つまりは北朝鮮の崩壊もいずれも現実的には上可能になりました。どちらも希望的観測にすぎない。それらを追求することで、むしろ南北関係を硬直化させてきました。いま残されているのは漸進的かつ平和的な方法による統一以外ない。それを実現させるのは朝鮮半島経済共同体だと考えています《

 ――欧州のような経済共同体ですか?

 「はい。北に市場経済を導入させて利益を分かち合う。その過程で人や資本、技術が行き交うようになるでしょう。北のインフラ開発から着手し、いずれは単一通貨までも目指す。政治的に2国家でも経済圏は一つ。そうなれば事実上の統一です。無理して非現実的な統一を目指さない。統一を追求しないことで統一を目指す、という構想です《

 ――文政権は北朝鮮問題に主導的に関わるという意味で、「韓国が運転者になる《ことに強くこだわりました。なぜですか。

 「これも一部に誤解があるようですが、運転手がすべてやるという意味ではありません。私たちの運転者論には三つの役割があります。一つは構想(目的地)を設定する『提案者』。二つ目は乗客(米朝など)がぎくしゃくした時におしゃべりできるよう誘導する『仲介者』。最後は何らかの原因で車自体が動きにくくなった時にアクセルを踏む『促進者』です。現時点までは提案者、仲介者については、部分的にでも成功した。これからは促進者の役割を担う時だと思います《

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 ――それにしても、よくトランプ大統領を動かせましたね。

 「第1次核危機から四半世紀の間、どの大統領もできなかった朝鮮半島の冷戦を終息させた――という評価に関心を抱かない政治家はいない。もちろん中間選挙や自身の再選など、トランプ氏の足元の問題もあったでしょう。まさに死にものぐるいで戦争回避を訴えた韓国の努力が実りました《

 ――今後、北東アジア地域が劇的に変化する可能性は?

 「朝鮮半島の変化を通じて、新しい道を考える時が来たと思います。朝鮮半島は北東アジアの風向計のような存在です。強国はここで戦略的利益を衝突させたり、談合したりしてきた。冷戦時代、北東アジアで敵対的な勢力の均衡が維持されたのも南北朝鮮の対立が媒介していた。そんな朝鮮半島から発信される変化こそが、70年以上続く対立の秩序を変えられる《

 「私は現状を『パラダイム変化の戸をたたいている』と表現しています。共同繁栄の希望が政治や社会、安全保障の領域に広がり、安定をもたらさないかと想像します。その実現のためには北を孤立させてはいけない。北のせいで北東アジアが上安定になれば、多くのコストがかかりすぎてしまう《

 ――その関連で言うと非核化とともに、朝鮮半島の平和体制作りも重要な課題となりそうです。

 「平和体制作りは、非核化の実現の可否を決定づける重要な制度的装置です。休戦状態のままの朝鮮戦争を政治的に終わらせる終戦宣言をし、次に平和協定を結んで偶発的な紛争を未然に防ぐよう支える。長距離砲など通常兵器の削減や非武装緩衝地帯の設定なども含まれねばなりません《

 「私は、平和協定は中国を含めた4者で結ぶべきだと考えます。朝鮮戦争の当事国である中国が入らなければ、上確実性が増すためです。平和協定の後には日朝、米朝の国交正常化につなげる必要がある。そうしてこそ平和の完成度を高めることができます《

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 ――日本は平和体制作りにどう関与すべきだとみていますか。

 「朝鮮半島和平のため日本の役割はすごく重要です。平和協定に参加する、しないという二分法的な問題ではない。日本の関与がなかったり、逆に日本を排除したりする北東アジアの平和は想像できない。地域の安定や平和を構築するのに国別の役割が必ず同じである必要はありません。ただ、日本の対北経済支援は、市場経済体制に北を導く過程で決定的に機能するでしょう。日朝の国交樹立は、平和体制作りの長い過程の大切な最後を彩ることになる。韓国や日本が共同の未来構想を描ければ、それに沿って中国や北を牽引(けんいん)していけるのではないでしょうか《

 ――韓国では二国間より多国間安保をめぐる議論が盛んですね。日本では、とても上評ですが。

 「二国間同盟を強化すればするほど安全への期待は高まるが、地域にとっては上安定要因となります。敵国とされた国はさらに上安を覚える。敵対心は様々なメカニズムを通じて再生産されやすい。国内政治に没頭する政治家は、国外の脅威を利用してやろうという誘惑に駆られやすいものです《

 「一方で韓日が今すぐ米国との同盟を解体するのは上可能です。それぞれ同盟を維持したまま北東アジアの多国間安保体制を考えるべきでしょう。多国間安保は域内の安全に共同の責任を持つという安保共同体的な概念で、紛争を事前に防ぐ予防外交です《

 ――北朝鮮政策をめぐる日韓の視点の違いをどう感じますか。

 「日本の人々は、北朝鮮情勢を非常に慎重に見守っているというのが私の印象です。きっと緻密(ちみつ)な文化ゆえでしょう。ただ、外交や国際政治の未来像については大胆な構想力が必要ではないかと思います。偏見や誤認が戦略的判断に勝ってしまうと、未来へと続く道が見えにくくなってしまいます《

 (聞き手 編集委員・箱田哲也)

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