戦前日本 世界から3度の「問い《

   リットン報告書/日独伊三国同盟/日米交渉


      2016.09.19 読売新聞


太平洋戦争前、日本は3度、世界から真剣な問いを投げかけられた。加藤陽子 東京大教授(日本近現代史)が、近刊『戦争まで』(朝日出版社)で主張している。それらの〝問い″に日本はどう対応したか。教授は中高生に向けて行った講義を一冊にまとめ、重大な局面で柔軟な考え方を持つ大切さを訴える。       (文化部 小林佑基)


 本書は、近現代に日本が行った戦争の背景を高校生と考えた『それでも、日本人は「戦争《を選んだ』(2009年、朝日出版社)の姉妹編。この間、イスラム過激派組織「イスラム国《の台頭や安保法制の整備など、国内外の情勢は大きく変化した。「国民と国家の関係性が大きく動いた。私たちは、わずかな偶然が世界のありようを大きく変えてしまうかもしれない激変期にいる《

 そんな時期だからこそ、加藤教授はあえて太平洋戦争前の三つの交渉1932年のリットン報告書、40年の日独伊三国軍事同盟、そして開戦前の日米交渉 * について考察した。「いずれも日本に対して世界が『どちらを選ぶか』と真剣に問いかけてきた出来事。その過程を正確に描くことで、より良い未来を創るお手伝いができる《

 それらの過程を詳細に振り返ると、日本が選んだ道は決して必然でなかったことが分かるという。例えば、リットン報告書には、満州(現中国東北部)での日本の権益を認めるなど、日本を国際連盟から脱退させまいとする工夫が見られ、中国側に立ったものではなかった。それでも日本は、「満州国は確実に解休される《と考え、連盟脱退を選んだ。また、日米交渉でも、衝突回避に向け、双方が真剣に議論を交わしていた。つまり、アメリカが日本の先制攻撃を待っていたわけでも、日本が一直線に対米戦争に突き進んだわけでもなかったのだ。

 さらに、政府がだまし、国民がだまされていたわけでもなかったと教授は指摘する。「国民は信じたけものを信じる。慎重になるべき時に、非難の言葉が爆発的に使われ〝炎上″状態になると、色々なことが『終わる』《。こうした冷静さを失った事態を防ぐためにも、歴史を学ぶ意義があると力を込める。

 アメリカでは、キューバ危機を題材に対外政策を分析したグレアム・アリソン『決定の本質』が、専攻にかかわらず多くの大学生に読まれており、学生たちは国家や国民の合理的選択について、政治学の概念を使いながら学ぶという。だが、日本では、受験科目に関係ないとして日本史に無関心な高校生も少なくない。この状況に危機感を抱いたからこそ、加藤教授は中高生との対話を試みたのだ。「きちんとした教育や情報公開が行われれば、過去の歴史から、現在の選択肢を見つけ、選んでいくことができる《

 自国の失敗や上都合な歴史を正確に教えている国を評価する加藤教授。「あれだけ制約が多かった(大日本帝国)憲法の下でも多くの選択肢があったのだから、現憲法下なら選択肢はどれだけあるか。今後、仮に他国との関係が悪化したとしても、『どうせあの国は……』と選択肢をしぼらず、柔軟に考え抜くことが大切だ《としている。