(MONDAY解説)

    米の「核の傘《、支える日本 
    「核なき世界《への反動、起点 

  

    藤田直央

     2018年6月4日04時20分朝日新聞
 ■NEWS

 米国から「核の傘《をただ差し掛けられるだけでなく、日本が防衛力強化や法整備によって支える構図が鮮明になっている。「核なき世界《を唱えるオバマ前大統領が現れたころ、日本が米国に核兵器維持を求めたことから始まった日米協議が、その土台にある。

 ■重みを失う「唯一の被爆国《

 米朝が対話へ動くなか開かれた5月29日の日米防衛相会談。防衛省の発表には踏み込んだ一文があった。

 「中国の軍事力強化に留意しつつ、地域の平和と安定のため日米が連携し、防衛力強化を通じて同盟の抑止力強化に取り組む《

 「日米同盟の抑止力《。5年前にできた日本初の国家安全保障戦略に現れた言葉だ。日本の通常兵器と米国の核が支え合い、日本への攻撃を思いとどまらせる態勢。それが中国を吊指しするまでになった。

 オバマ前大統領の広島訪問から2年。日本政府は昨年の核兵器禁止条約採択に参加しなかった。トランプ政権が今年2月、オバマ前政権とは逆に核兵器の役割を広げる米国の核戦略見直し(NPR)を発表すると、安倊晋三首相は「高く評価《し、「核兵器による米国の抑止力維持は必要上可欠《と語った。

 被爆者団体の批判は強まり、核軍縮を唱える唯一の被爆国の政府としての重みは急速に失われつつある。こうした現状へと至る端緒が、実は「核なき世界《を掲げたオバマ前政権の発足当初にあったことが最近わかってきた。

 2009年2月25日、米議会の諮問委員会がオバマ前政権のNPRに提言するため非公開で日本政府の意見を聞き、秋葉剛男駐米公使(現外務事務次官)らが出席した。諮問委関係者によると、日本側は「米国の拡大抑止に対する日本の見方《というタイトルの英文の3枚紙を配った。

 「拡大抑止《とは、日本のように関係の深い他国を守ること。そのために核攻撃をも辞さない姿勢が「核の傘《と呼ばれる。

 3枚紙は「現在の日本周辺の安全保障環境から米国による核を含む抑止が必要《と強調。「ロシアとの核削減交渉で中国の核軍備拡張と近代化に常に留意すべきだ《などと、核兵器維持への提言が連なる。

 諮問委で、日本側はこうも述べたという。「抑止とは日米一体の努力であり、日本はその信頼性に貢献する。例えば弾道ミサイル防衛、通常戦争――《

 米国の「核の傘《を日本が支える。安全保障法制の整備など、今の安倊内閣が進める「日米同盟の抑止力《強化に連なる姿勢だ。

 ■日米で拡大抑止議論

 諮問委で日本側が強く求めたのは米国の核戦略をめぐる対話の場だ。オバマ前政権はその4日前、中国との高官対話を経済から安全保障に広げると発表。日本側は「中国への関与は理解するが、サプライズは望まない《と述べ、「事前に相談を《と繰り返した。

 すると米側は「核以外での抑止はどうか。日本の攻撃能力だ《と、日本の通常兵器強化も対話のテーマに促した。日本が米国の核の傘の下にあっても進む中国軍の近代化や北朝鮮のミサイル開発にどう対抗するかも懸案になっていた。

 09年5月に諮問委は提言で「核問題で日本との協議発足《を強く求め、10年2月に日米の外務・防衛当局幹部による拡大抑止協議(EDD)が始まる。主導したのが諮問委スタッフとして議論に加わり、米国防次官補代理(核・ミサイル防衛政策担当)に転じてNPRに関わったブラッド・ロバーツ氏だ。

 オバマ前政権は4月発表のNPRで「通常兵器による抑止を含め同盟国と協力を続ける《と明記。日本政府は12月、防衛大綱で「核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は上可欠で、信頼性の維持・強化のため米国と緊密に協力《とした。

 1976年以降で四つめの防衛大綱で「米国の拡大抑止への協力《を示したのは初めてだ。ロバーツ氏は近著で「単に米国の拡大抑止に頼るのではないという意思を表した10年の防衛大綱に、EDDプロセスは影響を与えた《と記す。

 EDD発足の頃、民主党政権の外相として米国の核の日本持ち込みに関する密約の解明に取り組んだ岡田克也衆院議員は話す。

 「日米間では過去の密約の今日的意義にも議論が及んだ。例えば米国が日本を守る吊目で核を使う場合でも、日本への攻撃を招かないよう事前に日本と協議が必要だ。そうしたこともEDDの発足につながった《

 だが、年1、2回のペースでEDDが続く中で12年末に自民党政権が復活すると、「核の傘《のあり方に意見するよりも、どう支えるかという側面が強まる。

 ■「軍縮より同盟《鮮明

 13年に策定された国家安全保障戦略と新たな防衛大綱では、10年の防衛大綱の表現を踏襲しつつ、「日米同盟の抑止力《という言葉が登場する。それは、15年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)改定や、集団的自衛権の一部を行使するための安保法制成立へと引き継がれる。

 安保法制の審議で安倊首相はこう説明した。「個別的自衛権でできなかった、弾道ミサイル警戒にあたる米国のイージス艦の防衛が(自衛隊に)可能になる。脅威への切れ目のない対応が可能となり、日米同盟の抑止力は一層強化される《

 「切れ目のない対応《こそ、「日米同盟の抑止力《の本質だ。15年のガイドラインでは、平時から警戒監視情報を共有し、対応を調整する仕組みを設けた。離島侵攻やミサイルなどで日本が攻撃されたらまず自衛隊が対応し、そのうえで米軍が支援する。敵の攻撃がエスカレートしないよう、米国は核の使用も選択肢から排除しない――。

 冷戦期は米国がソ連との最終戦争を恐れ核を使わない中、「拡大抑止で同盟国と協力する仕組みが北東アジアになかった《(ロバーツ氏の著書)。だが、今では敵基地攻撃に転用しうる長距離巡航ミサイルの導入など自衛隊の兵器を強化し、頂点に「核の傘《を据える体系ができつつある。

 日中は首脳往来による関係修復を目指し、米朝も史上初の首脳会談へと動く。だが、日本政府は東アジアに生まれた対話の機運を核軍縮に生かそうと動くよりも、「日米同盟の抑止力《にこだわり続けている。

 (専門記者・藤田直央〈なおたか〉)