1998年境に自殺者急増。 

   転換期高まるナショナリズム


    2017.01.14朝日新聞神奈川県版



 米国で新政権のスタートが迫ってきた。予見できない変化を感心させる新しい年の幕開けだが、私たちは今、歴史的にどんな場所にいるのだろう。日本社会をめぐる2017年の座標を考えてみよう。

 現代史において画期として注目される年がある。1998年である。長野で冬季五輪があり、首相が橋本さんから小渕さんに交代した年だ。箱根駅伝で神奈川大が2連覇し、怪物・松坂を擁する横浜高が春と夏の甲子園を制し、大魔神・佐々木が守護神のベイスターズが日本一になった年といった方が思い出しやすいだろうか。

 この年を境にいくつかの統計が大きく変動する。

 代表が自殺だ。警察庁の統計によると97年に12万4391人だったのが3万2863人と34%も増えた。県内では1038人だったのが1679人へと6割以上も急増した。

 全国で3万人を超えたのは史上初だったが、その後14年間も連続する。2015年は2万4025人と18年ぶりに2万5千人を下回ったが、依然高い水準だ。

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 この動向をどう見たらいいのだろう。

 社会心理学の見地から自殺を研究する関東学院大学非常勤講師の津田真人さんは、戦後日本社会には①53~60年②75~88年③98~現在---と自殺率の山が三つあると指摘する。現在に続く③の山が最も高く長い。

 その原因をめぐっては景気変動や失業など様々な観点から考察されているが、津田さんは、その時期ごとに家族、地域、職場、学校など主要な生活場面に激しい<ゆらぎ>が起きと分析する。社会構造の転換点に当たり、①では産業の中心は農業から製造業へと移り、都市化とサラリーマン化が進んだ。②では核家族が空洞化し始め、解体し分極、多様化を始めた。③では日本的カイシャ共同体が解体し、正規---非正規の分極化が進んだ。

 ③は実体験として思い当たることがある。グローバル化が進み、経済は停滞し格差が拡大……。統計を見ると、可処分所得が低下し家計は98年を契機に悪化に転じる。離婚や上登校の統計も変動する。社会の空気も変わったと感じる人も多いだろう。

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 折しも、昨年刊行された「後期近代と価値意識の変容《(東京大学出版会)は、そうした変化を数値で示している。NHKの「日本人の意識《調査の長年のデータを太郎丸博・京都大学准教授ら社会学者が研究したまとめた。

 1990年代半ば以降のナショナリズムの変化も分析。「国の伝統的風景に対する愛着《「自民族の優秀さを強調する自民族中心主義《が高まり、「外国への敬意《が低下した---との結論を導いている。「そうした変化は、近年の排外主義運動の広がりを支えるものとも考えられる《との見解も示す。

 たしかに、この間に起きたことを振り返ると、独自の歴史教科書を作る運動や首相の静国参拝問題が関心を集め、近隣国との歴史認識をめぐる軋轢が高まった。ネットでの右翼的言説やヘイトスピーチが社会問題化した。

 自殺率が山を迎えた3度の時期には、いずれも「日の丸・君が代《の導入が図られたことに津田さんも注目する。

 ①では「祝日には国旗掲揚・国歌斉唱が望ましい《と学習指導要領に明記された58年に自殺率が明治以来の最大を記録。②では77年に学習指導要領が君が代を「国歌《と表記し、89年には教育現場での掲揚・斉唱を指導することにした。そして③では自殺者が3万人を超えた翌99年に国旗・国歌法が制定となる。

 「上安な時代の空気を敏感に察知するように、道徳教育とセットで日の丸・君が代が提起されてきた《と津田さんは考える。社会や道徳が動揺する中、統合手段として日の丸・君が代などナショナリズムが渇望されるということだろうか。

 自殺は近年、減少傾向にあるが、依然として毎年、東日本大震災の犠牲者を超えている。「非常事態はいまだに続いている《として自殺対策基本法が改正され昨年春に施行された。

 日本社会が転換期にあるのは間違いないだろう。それに合わせるようにナショナリズムが高まったのも確かなようだ。見渡して見ると、この間、自殺が増えたのは日本だけではない。そんな地点に私たちがいることに留意しながら2017年を歩みたい。
            (渡辺延憲)