働かざる者も食っていい
  AIが仕事を奪う未来の生き方 

  井上智洋・駒沢大准教授

   聞き手・神宮桃子 池永牧子撮影


     2018.0814 朝日新聞



 遠くない将来、人工知能(AI)に人間の仕事が奪われるのではないか――。近年の科学技術の発達は、私たちに切実な課題を投げかけている。「働かざる者食うべからず《と言われるように、人間社会は労働に高い価値を置いている。仕事をして食べていけるのは、1割くらいの「スーパースター労働者《だけになるという時代を、ヒトはどう生きていけばいいのか。AIと経済学の関係を研究する、駒沢大准教授の井上智洋さんに聞いた。


人工知能によって変わる働き方や仕事などについて話す井上智洋・駒沢大准教授=東京都中央区
 いのうえ・ともひろ 1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『AI時代の新・ベーシックインカム論』など。(池永牧子撮影)

 ――2030年以降、大半の人間の仕事がなくなると予想されていますね。私はその時42歳。稼げないと困ります。

 「今のAIは、将棋のAIのように、一つの目的に特化しています。一方、人間は汎用(はんよう)的な知性を持ち、将棋も会話も事務作業もこなせる。30年ごろには、人間と同じふるまいができる『汎用AI』開発のめどがたつと言われています。ロボットに組み込めば色んなことができ、人より安くて効率良く働けるなら企業はそちらを雇う。普及を考えると、大半の人の仕事がなくなるのは早くて45年、遅くて60年くらいかな《

 ――AIが人間の知性を超え、人間の生活を根本から変える「シンギュラリティー(技術的特異点)《が訪れるという考え方もありますね。

 「可能性を否定するものではないですが、私はそうは思っていません。人間の知性は幅広く、人間自身まだよくわかっていない。わからないからプログラミングできていない。私は、30年ごろに人間をぎこちなくまねる汎用AIができるかもね、くらいに考えています《

 ――汎用AIが出現すれば、パソコン上などで様々な依頼に応えてくれ、企業の事務職が消滅する可能性があると予想されていますね。さらに、ロボットに搭載され、ウェーターなどとして活躍するようになると。人間に残る仕事は?

 「小説を書く、新商品の企画を考えるといったクリエーティビティー系。工場管理、会社経営などマネジメント系。看護師などホスピタリティー系。この3分野は、ある程度残ると考えます。汎用AIがあらゆる職業に入り込みますが、重要な部分は人間が握らないと。上測の事態が起きた時、人間らしい感性で判断しないといけない。人間のやることは狭まりつつも残ります《

最低限の生活費、全員に
 ――仕事の争奪が激しくなりますね。労働者が機械を使うのではなく、機械が自ら生産を行う時代へ。ロボットを所有する資本家のみが所得を得て、他の労働者は飢えるしかなくなるのですか。

 「仕事をして、十分な所得があるのは、1割くらいのスーパースター労働者だけになるのでは。『脱労働社会』ですね。スーパースター労働者と資本家がめっちゃもうかるようになる社会です《

 「そんな社会にふさわしいのはベーシックインカム(BI)だと考えます。全ての人々に、最低限の生活費を一律に給付する制度です。もし今すぐ導入するなら、1人月7万円くらいが妥当かと思います。額が多いほど、税金をとられるお金持ちからの反対で導入できなくなってしまうので《

 ――雇用が奪われた時に月7万円は少なすぎませんか。

 「そうではありません。今は皆さんが働いていて、月7万円で生活の安心が得られ、一切仕事したくない人は月7万円で我慢するという選択もありだよということです。AIの発達など社会の変化に合わせて、給付額や制度は柔軟に変えていけば良いでしょう《

 ――BIは一律に給付といっても、例えば障害のある人はさらに支援が必要では。

 「BIはあくまでも貧困に対処するものであって、それ以外の障害や重い病気のようなハンディキャップを抱えている人にとっての支援にはなりえない。その部分は、これまでどおり、個人的にはもっと、支援が必要だと思います。社会保障制度の中で、BIがとってかわっていいもの、いけないものを議論すべきです《

 ――16世紀の思想家トマス・モアの時代から、BIには長い議論の歴史があります。なぜいま?

 「これまでは、自分が貧困に陥ると思わず、BIに興味のない人が多かった。これからAIの時代になると考えたときに、いつ仕事を失うかわからないと思うようになり、マジョリティーの問題になった《

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人工知能によって変わる働き方や仕事などについて話す井上智洋・駒沢大准教授=東京都中央区、池永牧子撮影

 ――労働しなくなったら、何をして過ごすのでしょうか。

 「例えばLINEスタンプを作るみたいな、ちょっとしたクリエーティブな作業を皆さんがやるようになる。あと、みんなずっと大学にいればいいのかなと思う。勉強やサークル活動をすればいいのでは。スポーツは盛んになると思います。スポーツ観戦は人間が競うから面白い。車が走って7秒でも面白くないけど、素の人間が走って9秒台を出すから面白いのであって《

 「私自身は、賃金労働でない仕事をしているかも。教員がロボットに代わられて『あなたいらないです、でもタダで良いなら来ていいよ』と言われたら、ゼミは担当させてよ、と。学生と話すのは楽しいし《

 ――古代ギリシャでは、労働は奴隷がするもので忌むべきものだったとか。

 「市民は政治や数学に熱中したり、哲学したり。近い将来、かつての奴隷の仕事がAIやロボットにとってかわられ、古代ギリシャのような世界になるかもしれませんね。賃金労働でなくても社会との接点は作れる《

 ――働かずBIで食べていけるなら、人間は怠けるのでは?

 「高度にAIが発達したら、人間は怠けていても別に問題ないでしょう。今の社会でも、働かない、働けない人には色々な理由があると思いますが、単に怠けていたとしても、それは一種のハンディキャップ。人間はあらゆることを意志でコントロールできるものではない。いま働いている人は、たまたま労働意欲や能力に恵まれてラッキーってことですよ。私はすぐにでも、全ての人にBIを給付すべきだと思います《

「生産性《と共通の背景
 ――人間は働くことで自己実現したり、承認欲求が満たされたりする面もありますよね。バリバリ働いていた人が定年退職して何をしたら良いかわからないとか、聞くじゃないですか?

 「私は、労働が人間の本質であるとはあまり思いません。近代になって労働の価値が高められた部分がある。国民に労働をさせて国力を高めることが、国際競争の中で必要だった。特に日本は、憲法に勤労の義務がある。それくらいこの国では、労働に重みがある《

 「生産性の話が問題になっています。(同性カップルを念頭に『「生産性《がない』と寄稿した)杉田水脈(みお)衆院議員や、相模原の障害者殺傷事件。働くことこそが人間の義務であり、それを果たしていない人はダメだ、という見方と共通の背景を感じます《

 ――社会にしみついた「働かざる者《という価値観が変わるべきだと。

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人工知能によって変わる働き方や仕事などについて話す井上智洋・駒沢大准教授=東京都中央区、池永牧子撮影

 「働く以外にも素晴らしいことはあるし、生きているだけで貴いという価値観に変えていかないといけないんですよ。AIが人間の仕事にとってかわっていくなら、「役に立たない《と自分を卑下してしまう人間が増えるかもしれない。遊んで暮らすもけっこう、くらいにゆるい社会にならないと、今でも生きづらさを感じている人は多いし、ますますそうなってしまいます。労働以外のことに意味や価値を見いだしている人の生き方も肯定していかないと、立ちゆかなくなります《

 ――とはいえ、社会貢献という言葉もあり、AIに仕事を奪われたら、役割を奪われたとショックを受ける人もいるのでは。どう考えて生きていけば良いのでしょう。

 例えば消防士が、火事がなくて出動する機会がないという時に、火事起こらないかな、と思うのは本末転倒ですよね。火事は起こるので、消防士の仕事が貴いのは間違いありませんが。世の中に貢献したいというのはある意味エゴなんですよ。社会が良くなることと社会貢献したいというのはずれているんです。社会のことを考えれば、AIがやってくれて、自分の出番がないならそれで良いのでは。社会貢献したいというのは、実はそんなに貴い気持ちではないと考えられれば、少しずつ価値観も変えられるのではないでしょうか《

 「『やりがい搾取』という言葉があるくらい、仕事でのやりがいというものに、いかに足をすくわれることになるかということです。そんなに『働く=社会貢献』と思わなくても良いのでは。『楽しいからやってまーす』くらいで。みんな仕事に対して強迫観念を持っているな、と。もっとぬるくゆるく生きていこうよ、と思っているんですけどね《(聞き手・神宮桃子)

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