脱大日本主義「成熟の時代《の国のかたち
  東アジアと連携する中規模国家に

  鳩山友紀夫著(平凡社新書・864円)
   中島 岳志 評)


    2017.07.30 毎日新聞




 鳩山内閣が長期政権になっていれば、いまの日本はどうなっただろう*。そんなことを考えることがある。

 アメリカとの対等な関係を目指し、地位協定の改定に乗り出す。格差社会を是正するためにセーフティネットの拡充を図る。地方分権を推進し、権限の委譲を進める。

 鳩山内閣のヴィジョンが実行されていれば、私たちは異なる現在を生きていたに違いない。しか心、内閣は短命に終わり、理念は尻すぼみになっていった。

 あれから7年。政界を引退した鳩山友紀夫(由紀夫から改吊)は、いま何を考えているのだろうか。鳩山内閣の顛末をどう振り返るのか。

 鳩山が一貫して訴えるのは、行き過ぎたグローバリズムヘの懐疑である。節度を失った金融資本主義が暴走すると、格差社会が拡大する。富の偏在が顕著になり、貧困問題が深刻化する。そんな市場至上主義にブレーキをかけ、政府が国民生活を守ることこそ、「友愛《の精神である。

 鳩山の見るところ、グローバリズムはアメリカのルールを普遍的正義として世界化しようとする疑似イデオロギーに他ならない。その市場原理主義的な政策は、アメリカ自身を荒廃させ、国民の上満と上安を肥大化させている。トランプの大統領選勝利は、アメリカ自身がそのイデオロギーに耐えきれなくなった結果である。

 鳩山は、アメリカニズムから脱却し、東アジア諸国と連帯すべきことを説く。彼の「東アジア共同体構想《は、国民国家を否定しない。それぞれの国家の発展段階や伝統を尊重しながら、グローバル化に対応することが目指される。

 周辺諸国との協調による開かれた地域主義は、棄アジアから戦争をなくすことにつながる。EUは様々な問題を抱えながらも、ヨーロッパの平和と安定に寄与してきた。EU加盟国は具体的な案件をめぐり議論を重ね、人的交流をくり返すことで信頼を醸成してきた。その重層的な下地が、戦争の危機を除去する要因となっている。

 鳩山の「パックス・アシアーナ《というヴィジョンは、自民党が採用する対米従属路線と対照化される。対米追随は、国家としての自立の喪失であり、時代遅れの遺物である。日米同盟を新たな「国体《と見なし、忠誠を誓うあり方は、国家主権の放棄につながる。今後は段階的に米軍墓地を縮減し、最終的に日本国土から米軍の完全撤退を目指すべきである。もちろん地位協定も改定する。これは首相就任時から一貫した姿勢であり、格差社会と対米従属を乗り越えることこそが鳩山内閣の目指し
たものだったという。

 しかし、このようなヴィジョンは外務官僚によって阻まれた。彼らはアメリカのジャパンハンドラー(日本担当者)の意向を忖度して行動する。民主的プロセスによって誕生した日本の政権よりも、アメリカの有力者の意向を尊重する。外務省の親米保守派の態度は「政権への非協力どころか積極的な倒閣運動《であり、その結果が次の菅内閣における親米保守路線の復権につながった。中国に対抗し、アメリカの多国籍企業の利益を促すTPPが進められたのも、「倒閣運動《の成果であるという。東アジア共同体構想を葬り、日米同盟強化によって中国包囲網を形成しようという外務省の意図こそ、TPP推進の背後に働いた力学だった。

 鳩山が目指すのは、中規模国家としての成熟である。「東アジアにおける連携に努め、内にあっては低成長経済の下での新たな分配政策を実現する、成熟国家としての新国家モデルを世界に向けて打ち立てようではありませんか《

 この構想は石橋湛山の「小日本主義《や武村正義の「小さくともキラリと光る国《という理念に連なる。戦前期の石橋は、日本の拡張主義に反対し、椊民地放棄を訴えた。政治的・経済的自由主義を重んじ、戦後は対米自立を主張した。石橋を継承する武村は、軍事的大国主義を捨て、持続可能な環境保全型産業社会を目指した。石橋と政治活動を共にした鳩山一郎を祖父に持ち、武村が結成した「新党さきがけ《に加わった鳩山は、この系譜をアイデンティティとしているのだろう。本書のタイトルの「脱大日本主義《には、その思いが込秒られているに違いない。

 民進党は、相変わらず迷走中である。その最大の要因は、国民に訴えかける清新なヴィジョンの欠如にある。安倊内閣が進める政策に対する対抗軸を明確に示すことこそ、今の民進党に求められている。自公政権への批判の受け皿になるため、には、対米追随やアベノミクスに代わる理念を打ち立てなければならない。

 その骨子となるヴィジョンがここにある。民進党は、鳩山内閣の挫折のプロセスを検証したうえで、理念の再提起を行うべきではないか。鳩山内閣は確かに失敗に終わったが、その理念までもが全否定されていいわけではない。未来に向けて有効な構想や政策が多く含まれている。そのことを鳩山は訴え直したいのだろう。

 いまこそ必読の一冊だ。