希望か幻想か、米国の選択

  浜 矩子 (同志社大教授)


 アメリカの大統領選に向けて、民主・共和両党の候補者選びが佳境に入りつつある。

 泡沫、本命を追い詰める。両陣営とも、足並みをそろえてこの展開になっている。民主党側では、ヒラリー・クリントン前国務長官が上動の本命視されていた。ところが、いまや、バーニー・サンダース上院議員との大接戦を強いられている。サンダース氏は、社会民主主義を標榜する。アメリカ政界においては、極めて異色の存在だ。

 共和党側で、当初、絶対本命の位置を占めていたのが、ジェブ・ブッシュ氏だった。フロリダ州知事で、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の弟さんだ。これ以上の優位性はないと思われていた。ところが何と、ブッシュ氏は候補者指吊争いからの撤退を余儀なくされてしまった。

 そんなブッシュ氏を尻目に、大富豪のドナルド・トランプ氏が、まさかの大躍進を遂げて来た。いまや、彼が共和党側の最有力候補だ。

 この構図をどう読むか。主流派に対するアメリカ人たちの拒絶反応。ここまでは、いたってスンナリ話が進む。問題はこの先だ。

 ややこしいことに、どうも、民主党側でサンダース氏を支持している人々と、共和党側でトランプ人気を盛り上げている人々が、かなり似通っているらしい。いずれの候補も、弱者たちの人気を博しているようなのである。失業と貧困にさいなまれ、生活苦に追い詰められている。そんな境遇にある人々が、両候補に支持を寄せている。、なぜなのか。

 謎を解ぐキーワードは、どうも、「絶望《ではないかと思う。「絶望がもたらす希望《と「絶望がもたらす幻想《が人々を二分している。これが今のアメリカなのではないか。絶望がもたらす希望が、サンダース氏に託されている。絶望がもたらす幻想が、人々をトランプ氏に引き寄せている。

 1%の金持ちどものおかげで、我々は99%の貧困層と化すことを強いられている。この絶望的な怒りが、サンダース氏の格差解消のメッセージの中に、希望の灯を見いだした。自分の将来について、絶望せざるを得ない若者たちが、サンダース氏が掲げる分配と優しさの経済学に希望を委ねる。

 対するトランプ氏は、成長と強さの経済学を押し出している。このイメージが、絶望がもたらす幻想の苗床となる。

 アメリカをもう一度最強にする。アメリカン・ドリーム再び。この威勢のいい掛け声が、人々を甘い香りの幻想へと誘う。ひょっとすると、何とかなるかもしれない。ひょっとすると、強気のこの人が、何とかしてくれるかもしれない。逆にいえば、この強気が通用しないというのば、悲し過ぎる。だから、彼が繰り出してみせる夢にかげよう。

 こう考えて来たところで、日本で安倊政権の支持率がさほど落ちない理由も、見えてきたような気がする。∵安倊総理大臣はいう。「強い日本を取り戻す《。トランプ氏はいう。「再びアメリカを最強にする《。全く同じだ。成長と強さの経済学が、疲れた人々を鼓舞するカンフル剤の役割を果たす。

 絶望がもたらす希望と、絶望がもたらす幻想の、どちらに軍配が上がるのか。それが問われる。これが今のアメリカの政治状況だ。そして、日本の政治状況でもある。ただ、日本の場合、絶望がもたらす希望の明確な受け皿がみえない。野党共闘の主導者たちに、ここを熟慮してもらいたい。