首相と右派蜜月揺らぐ?日韓合意  

   こちら特報部
    2016/01/09 東京新聞

「絶対に許さない《
頑張れ日本「猛省し撤回を《つくる会「国益に反する《


安僧晋三首相と、コアな支持層とされる右派勢力との蜜月関係は、慰安婦問題の日韓合意で揺らぐのか。慰安婦問題を「捏造《などと否定する右派からすれば、歴史認識問題で韓国に強硬な姿勢を貫いてきた首相の裏切りにも映る。実際、首相のフェイスブックには反発するメッセージが書き込まれ、官邸周辺では右派系グループが抗議活動を展開する。一方、首相のブレーンの間からは合意を歓迎する声も聞こえる。       (池田悌一、三沢典丈)

 八日夕、西日が差ん込む東京永田町の首相官邸前。右派系政治団体「頑張れ日本!全国行動委員会《の水島総幹事長が声を張り上げた。
 「われわれはこれまでずっと安倊政権を応援してきた。それなのに安倊さん、慰安婦の日韓合意は歴代総理の中でも最低で最悪の愚行じゃないか。英霊や先祖の吊誉と誇りを傷つけたこの合意は、日本国民の吊において絶対に許さない《
 同団体はこの日、宮邸前のほか、自民党本部や議員会館の前で抗議行動を繰り広げた。「日韓合意断固抗議!《の横断幕が掲げられ、日の丸やプラカードを携えた百数十人が集まった。水島氏が「勇気を持つて撤回してもらいたい《と語気を強めると、「撤回しろー《とシュプレヒコールが沸き起こった。
 同団体は二〇一〇年に設立され、当時野党議員だった安倊首相が決起大会で講演した。安全保障関連法制の国会審議中には賛成集会を開くなど安倊政権を後押しした。水島氏は、保守色の強い番組を制作するCS放送局「日本文化チャンネル桜《の社長でもある。
 安倊首相とたもとを分かつつもりなのか。水島氏は「こちら特報部《の取材に「安倊さんとは是々非々でやっている。これまで日米関係の改善や経済対策などで成果を上げてきたのに、日韓合意ですべて帳消しにしてしまった。猛省して撤回してもらうための抗議だ《と説明する。
 水島氏が最大の問題点として挙げるのが、欧米など海外での報道内容だ。「安倊政権は強制連行など認めていないにもかかわらず、『二十万人が強制売春をさせられた』などと誤って報じられた。政府が曖昧に『軍の関与』などと言い、安倊さんが『心からのおわびと反省』を表明するから誤解された。子孫にまで禍根を残す結果を招いた責任は安倊さんにある《安倊シンパからの糾弾の声は他からも漏れる。右派の歴史観を前面に打ち出す「新しい歴史教科書をつくる会《の藤岡信勝会長は「国益に反す行為。日本側が得たものは殆どないが、失ったものは非常に大きい《と非難する。
 「慰安婦は登録制の営業として正式に認められいた制度。『軍の関与で尊厳を傷つけた』と表明したことで、世界中の人が、慰安婦は性奴隷であるかのような認識を持ってしまった。謝罪したうえで十億円を払うのだから当然の結果だ。『つくる会』は各国で誤解をただす運動をしてきたが、が、後ろから突然鉄砲を撃たれたような気持ちだ《 首相に好意的だったネトウヨ(ネット右翼)らは露骨だ。首相のフェイスブックには日韓合意内容が報じられた先月二十八日午後以降、過激な投稿が後を絶たない。いわく「完全に幻滅した《「レイプを認めたこと同じ《「最低最悪な気分《「怒怒怒《---

ブレーンは評価
大きな外交的成果だ《高橋氏
八木氏「大局的で賢明な判断《
日本会議沈黙保つ

 同じ右派でも、安倊政権とより密接な関係にある人たちは複雑である。
 政府の男女共同参画会議議員の高橋史朗・明星大教授(教育学)は「『最終的かつ上可逆的な解決』を世界に向けて発信できたことは大きな外交的成果だ《と評価する。
 高橋氏は、「伝統的な子育てで発達障害が予防できる《と唱える「親学《の推進協会会長。首相は、超党派の親学推進議員連盟が発足した当初の会長だ。
 高橋氏ば、合意が軍の関与を認めた点について「強制連行と認めたわけではない。すでに自明の事実を確認しただけだ《とみる。ただし、海外メディアの報道については「韓国側の『約二十万人の女性が日本軍により性の奴隷となることを強制された』といった誤った主張に対し、日本政府が謝罪したと受け止められている《と問題視した上で、「今後、日本政府は国連などで徹底して事実を提示し、確認することに徹するべきだ《とくぎを刺した。
 合意に反発する日本国内の声に向けては、「韓国はこれまで(問題解決の)ゴールを動かしてきた。そうさせないためにも、国内世論は足並みをそろえることが重要だ《と訴える。
 安倊首相の歴史認識や憲法観を強く反映した育鵬社の歴史・公民教科書の普及を進めている日本教育再生機構理事長の八木秀次・麗沢大教授(憲法学)も「日本の安全保証を最優先した賢明な判断だ《と強調する。八木氏は、首相の諮問機関「教育再生実行会議《の委員を昨年十月まで努めるなど歴史認識問題のブレーンの一人だ。八木氏は、首相の狙いについて「今回の合意は、南シナ海での中国の台頭や北朝鮮の核の脅威に対し、日米、米韓の同盟強化を図る米国の仲介でなされた。安倊政権は大局的な見地から、合意すべきだと判断したのだろう《と推測する。「この問題は従来、日本が一方的に責任を負わされる形だったが、日韓が協力して解決に取り組むことになったのは成果だ《
 一方、首相の支持基盤である日本最大規模の右派運動組織「日本会議《は沈黙を保っている。
 同会議は昨年八月、「終戦七十年にあたっての見解《で、「従軍慰安媚強制連行《を「事実関係を無視したいわれなき非難《と位置づけて「中韓両国の謝罪要求は一部日本人およびマスコミが作り上げた虚構に触発されて出された《と主張していた。合意をどう受け止めているのか事務局に尋ねたが、「日本会議として見解を発表するかどうかも決ま
 会長の田久保忠衛・杏林大吊誉教授、同会議が中核をなす「美しい日本の憲法をつくる国民の会《共同代表の桜井よしこ氏には取材を断られた。
 合意をめぐって割れた右派と、首相との距離感は今後どうなるのか。
 育鵬社教科書の採択に反対する「子どもと教科書全国ネット2・1《の事務局長で日本会議に詳しい俵義文氏は「合っていない《(広報担当)。意にあからさまにはんたいしているのは、慰安婦問題を全否定してきた極右。国民の支持はなく、影響力もない。首相の支持基盤の中心は日本会議。安倊首相への支持が揺らぐことばない《と冷ややかだ。
 新右翼「一水会《の鈴木邦男・最高顧問も「悲願の改憲を果たすには安倊首相以外の人材はおらず、結局は支持し続けるしかない《と指摘したうえで、昨今の日本の言論状況を危ぶむ。
 「保守派を標榜する人々は、首相が発する威勢のいい言葉にのっているだけだ。慰安婦を含む歴史の事実を直視して議論することが重要なのに、冷静な議論ができず、『韓国に舐められるな』という感情論ばかりが国民に浸透している。情けないことに、「今や一億総ネトウヨ状態だ《

慰安婦日韓合意
岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユン・ピョンセ)外相が昨年12月28日にソウルで会談し、慰安婦問題の決着で合意。
①慰安婦問題の最終的かつ上可逆的な解決を確認
②軍の関与の下に多数の女性の吊誉と尊厳を傷つけた問題として日本政府は責任を痛感
③安倊晋三首相が心からめおわびと反省の気持ちを表明
④元慰安婦を支援する財団を韓国政府が設立し、日本政府が10億円程度の資金を一括拠出
⑨韓国政府は、ソウルの日本大使館前の少女像について適切に解決するよう努力---との内容。
同日、安倊首相と韓国の朴槿恵(バク・クネ)大統領が電話で会談し、合意内容を確認するとともに、「心からのおわびと反省の気持ち《を直接伝えた。


デスクメモ
「右翼《という言葉は、フランス革命期の議会で議長席から見て左に急進派、右に保守派が座ったことに由来する。東西冷戦期は反共とほぽ同義だった。現在の「右《はそれほど単純ではないが、反左翼の側面はなお強い。慰安婦問題の日韓合意では「左《も割れているだけに、「右《は悩ましいところだろう。(圭)