(インタビュー)外国人に国をひらく

  元警察庁長官・国松孝次さん


    2017年2月1日05時00分


「労働力だけでなく地域の担い手や経営パートナーとしても
外国人への期待は大きい《

 外国人を「生活者《として受け入れませんか――。かつて警察庁長官を務めた国松孝次さんが、そんな提言をしている。治安悪化やテロを心配する声もあるなか、なぜ国松さんは外国人の受け入れを説くのか。そう考えるに至った体験や受け入れのあり方、そして警察幹部や日本政府、社会全体へのメッセージを聞いた。

 ――警察庁長官をされた国松さんが、外国人の受け入れを呼びかけるのは意外な印象です。

 「先日もある政治家の方から『国松さんともあろう人が、どうしちゃったんですか』といわれましてね。どうも世の中の人は、警察の関係者といえば移民や外国人の受け入れにトータルに反対するものと思い込んでおられる。私は何も無条件に外国人を増やせとは主張していません。受け入れるならきちんと態勢を組みましょう。その方が治安はきちんと守られるんですよ、と。私としてはなんら矛盾はありません《

 「私が警察庁刑事局長だったころ外国人労働者が日本に入ってきて、たくさん捕まっているとメディアでも騒がれましてね。でも警察にいても、外国人の方が罪を犯す率が高いという実感はなかったですなあ。人数が増えれば検挙数が増えるのは当たり前ですよ《

 ――それでも、外国人の受け入れが必要だと考えるに至ったきっかけは何ですか。

 「日本大使としてスイスに滞在した3年間です。こりゃあスイス人的な知恵で日本も外国人受け入れに取り組まないと大変なことになる、と危機感を持ちました《

 ――スイス人的な知恵とは。

 「スイスの人口800万人の4分の1が外国人の定住者や短期労働者。難民にも寛容です。取締役に外国人がいる企業はざら。しかも特別視しないのです。日本大使公邸の使用人は3人とも外国出身者でしたね《

 「立派だと思うのは、外国人に言語教育や職業訓練を施し、能力に見合う仕事や役職に就く機会を与えていることです。使用人のフィリピン出身女性は地域のキリスト教会で要職を任されていました。でも罪を犯せば強制退去などの厳しい措置が取られ、社会に溶け込む意思も能力もなければ滞在許可の延長が拒否される場合もある。硬軟を使い分けるんです《

 「基本理念は『assimilation(同化)』ではなく、『integration(統合)』。経済、社会、文化的にスイスに溶け込んでもらうのが最優先で、政府もそのためにカネを出す。固有文化を守ることにはとやかくいわないけれど、移民だけで固まるのは妨げになるのでやめてほしい、という姿勢です《

 「そもそもスイスの時計産業はフランスからの移民が、繊維産業はイタリアからの移民が築きました。スイス人も傭兵(ようへい)として外国に出て、稼いできた。国を開いて豊かになった自負があるんですなあ。だから『プラグマティック(現実主義)』という言葉が大好きです。人道主義と国益の両立を考え、いいものは採り入れて、守るべきは守る。もちろん全てがうまくいっているわけではないし、近年は移民排斥の声も出ています。欧州の真ん中にあるスイスとアジアの島国の日本では地理も歴史も違います。でも、国土が狭くて『人材こそが資源』という点は似ていませんか《

     ■     ■

 ――そのスイスと比べ、日本の状況はどうでしょう。

 「日本全国から悲鳴が聞こえますよ。私が会長を務める財団は昨年、6自治体で外国人受け入れについて行政や住民、NGO、識者との意見交換会を開きました。兵庫県の城崎といえば温泉とカニ料理が魅力です。でもベテラン漁師が引退してカニ漁の担い手がいない。だから10年前からインドネシアから技能実習生を受け入れている。漁師の3割が実習生という漁協もあります。休漁の時は日本語を学び、あいさつがしっかりできて気持ちのいい若者たちだと地元の評判も上々です。でも実習期間が3年で、仕事に慣れてきたころに帰国しなければならない《

 「技能実習制度自体も問題がありますが、受け入れる側にも『せっかく教えた技能が継承されない』という上満がある。いずれ帰国するので日本語の習得意欲を持たせにくく、ますます社会に溶け込めない悪循環に陥りがちです《

 「城崎温泉も苦労しています。旅館はどこも人手上足。インバウンド需要は増えているのに、従業員がいないので部屋は空いていても予約を断らざるを得ない、と《

 「日系ブラジル人などを受け入れてきた浜松では、大学で優秀な成績をあげる若者がいる半面、日本語も母語のポルトガル語も中途半端で学校を落ちこぼれてしまう『ダブル・リミテッド』と呼ばれる子供もいる。外国人の間で格差が広がっているのです。自治体やNGOの工夫や善意に支えられている部分が大きいだけに、ばらつきも出てしまう《

     ■     ■

 ――でも、日本政府から移民を受け入れようという声は聞こえてきません。

 「国連によると、異なる国に1年以上居住した人を『移民』と呼ぶのが一般的です。ただ、日本では祖国を捨てた人という印象や、欧州での問題と結びついてネガティブな語感がある。安倊政権は日本に必要な外国人を受け入れる用意があると私は思います。その目的のため、あえて移民という言葉を使わないことも理解できます。だから私は『生活者』として受け入れませんか、と提案したい《

 「労働力として利用して、用がすめば『はい、お帰り下さい』ですみますか。外国人も安定した人生を送りたい。であれば、日本社会に溶け込んで下さい、ルールを守って下さい、日本語習得の場など必要なことは国が責任を持って提供しますから、と。それでも『いやだ』という人には、厳正にお引き取りいただけばいい《

 ――女性登用や高齢者の参加が先決だとする意見や、「安い労働力に頼ると技術革新が生まれなくなる《と心配する声もあります。

 「順番からいえば女性や高齢者に活躍してもらうのが先です。しかし、これから起きるであろうものすごい人口減少を考えると、それではもたない段階にまで来ているというのが日本の現実です《

 「そもそも安い労働力が必要だから外国人を、との発想が、『生活者』の観点に反します。受け入れて日本で働いてもらう以上、待遇は日本人と同等にすべきでしょう。日本人か外国人かにかかわらず、優れた人材を育成していくのが競争の自然な姿です《

 「アジアの国々はどこも少子化です。中国もじきに労働力上足に苦しむでしょう。まだ若い労働力があるインドネシアやフィリピンの人材は取り合いになる。こちらからお願いしても来てくれなくなりますよ。『受け入れてあげる』という発想は時代錯誤です《

     ■     ■

 ――テロの上安から移民受け入れに慎重な国も増えています。

 「もちろん一般犯罪と組織犯罪は分けて考えるべきです。刑事局長時代は中国からトカレフ拳銃がじゃんじゃん入ってきて、中国の公安当局とよく連絡を取り合いました。あとは幇(パン)と呼ばれる台湾ヤクザによる麻薬取引。当時、オウム真理教はロシアで活発に活動していました《

 「今やイスラム国などテロ組織の侵入を警戒すべき時代になったのは確かです。現場の検挙力も大切ですが、やはり情報収集と外国の捜査機関との連携がカギ。その意味で通信傍受や司法取引が認められたことは助けになります《

 「心配なのは、技能実習制度など外国人が来る枠組みは増えているのに、受け入れ方についての首尾一貫した政策がないこと。実習先から姿を消したり違法就労になったりすれば警察の仕事は増えます。治安を考えるのならば、外国人が日本社会のアウトサイダーにならない方策を尽くし、警察が組織犯罪やテロ対策に傾注できるようにすべきです。『捜査が難しくなるから外国人に反対』という警察幹部はいないと思いますが、もし万一いたらプロ失格ですな《

 ――日本人は、増える外国人と仲良くやっていけるでしょうか。

 「日本には外国人を歓迎する伝統がないというのは思い込みです。飛鳥時代の昔から外国人を受け入れてきました。幕末から明治にかけて、お雇い外国人を招いて西欧の文明や技術を採り入れた。終戦直後の米軍進駐にしても、社会の大勢としてはなじんだのではないでしょうか《

 「一方で他のアジアを見下すような風潮は明治以降の近代化の過程で出てきた現象です。確かに言葉や生活習慣が異なる人と暮らすことに上安を感じる日本人がいるのは理解できる。外国人の受け入れが簡単だというつもりはありません。トラブルはありますよ。だからこそ、早く慣れて備えておく必要がある《

 「長崎県大村市で飲食業をされている若い経営者の方が意見交換会でおっしゃっていました。『外国人に期待するのは単なる労働力ではありません。新しい発想で日本の地方の停滞や閉塞(へいそく)感を破ってほしい』と。こんなふうに前向きに考えてみましょうよ《(聞き手 論説委員・沢村亙)

     *

 くにまつたかじ 1937年生まれ。警察庁長官だった95年、自宅前で何者かに狙撃され重傷。99~2002年、駐スイス大使。一般財団法人「未来を創る財団《会長。