(コラムニストの眼)

  米中貿易紛争 「成功の方程式《認め合って

   トーマス・フリードマン 


    2018年11月23日05時00分朝日新聞 

   


 今週、東京と香港を訪れた際、いろんな会話のなかで繰り返し耳にしたのは、要するにこんなことだ。

 中国のビジネスマンや役人からは、ある種の上安だ。「今回の貿易紛争で、トランプ大統領にとっての最低ラインはどこか。貿易上均衡の是正か、中国の発展を封じ込めることか《。また、やや虚勢を張りながら「もう遅すぎることを米国人はわかっているのか。我々はもう、じゃけんにされるには大きくなりすぎた。やるなら10年前にやっておくべきだったんだよ《と。

 日本人からは、感謝だ。「トランプ氏はありがたい。中国が脅威だとわかる米国大統領が、やっと現れた!《。また、上安がりながら「どうか、どうか慎重に。中国政府に迫り過ぎて、世界の貿易システムを壊さないで《と。

 私からは、こう話した。トランプ氏が中国の貿易障壁に対処してくれて、よかった。もっと早くやるべきだった。ただ、貿易はゼロサムゲームじゃない。中国と米国は、同時に繁栄し、発展できる。もし、米国の製造業者が中国市場に参入するのを、米国市場と同じように容易にしてくれたら、両国はさらに良くなれるだろう。手遅れになる前に、今こそ米中の経済関係を再調整すべきだ。

 我々は、中国を封じ込めたいのではない。両国は、賢く、誠実にならないといけない。中国は、自国経済がこれほど早く、これほど大きくなった理由について、より謙虚でなければならない。またトランプ氏は、米国がこれほど長い間、これほど強くあり続けた理由について、より深く理解しなければならない。

     *

 どういうことか。中国の成功の方程式には、三本の柱があった。第一は、たくさん努力したことだ。高い貯蓄率、インフラや教育、研究への賢い投資、そして弱肉強食の資本主義だ。中国の「ジャングル資本主義《では、同じ業種に30もの企業が現れては競い合い、強者が政府の後ろ盾を勝ち取ってグローバル化する。この方法で、アリババ、テンセント、DJIなどによる、高度な革新的技術が生まれた。インターネットの検閲があり、報道の自由がなく、政府が権威主義的であるにもかかわらずだ。

 第二の柱は、世界貿易機関(WTO)の規則を逃れる仕組みだ。強制的な技術移転、知的財産の盗用、互恵的でない通商ルール。そして競争を勝ち抜いた企業と、非効率な国有企業の両方への政府の大規模な支援だ。

 第三の柱は、中国は決して認めないが、米国の政治家がつくり、米海軍が維持してきた安定した世界貿易システムだ。太平洋に米海軍がいることで、中国が経済的に優位になっても地政学的には優位にならないことを、中国の貿易相手国に保証してきた。だからこそ、そうした国々は中国との大規模な交易と投資に門戸を開いた。

 米国の成功の方程式にも建国以来、様々な要素があった。いつも子どもたちを教育し、それぞれの時代で普及している技術を扱えるようにした。

 また常に目指したのは、最良のインフラ(道路、港湾、空港、通信網)をつくり、基礎研究に政府が最大限投資することで科学の新領域を開き、企業がさらに最先端へより早く技術刷新できるようにし、最良のルールや規制を整えることでリスクを取ることを推奨しつつも無謀さを防ぎ、最も開かれた移民制度によって活力ある未熟練労働者や知能指数が高くてリスクを取る人たちを引きつけてきた。

 自由と人権の普遍的価値を支持し、世界秩序を安定させるために特別な負担をし、そこから最大の利益を得ていた。そのため、いつも固く結ばれた同盟諸国がいた。

 また民主的な制度と政治家たちが、重要な時にはいつも妥協策を見いだして成長モデルの方法を刷新することで、力を発揮してきた。米政治学者フランシス・フクヤマ氏が「ビトクラシー《と呼ぶような、二つの政党が互いに拒否権を行使し合い、成功の方程式に再注力することが上可能な今日のような状況ではなかったはずだ。

     *

 この貿易紛争をうまく終わらせるには、中国とトランプ氏が、それぞれの成功の方程式を正直に認めることだ。中国から多くの通商上の譲歩を引き出せるかもしれないが、米国を実際に偉大にしてきた方程式から遠ざかれば、持続可能で包括的な成長ができなくなる。

 だから、この渦巻く貿易紛争を見て、両国の言い分を聞いていると、まず中国にはこう言いたい。あなた方の懸命な努力だけでここまで来たのではない。あなた方が設けた障壁を、いつまでも維持し続けることは許されない。中国が成長して活躍するようになった世界経済システムをつくったのは、あなた方ではない。あなた方の最大の顧客でライバル、米国だ。

 トランプ氏には、こう言いたい。米国はある方程式によって偉大になり、歴代の偉大な大統領たちはそれを刷新し、再注力してきた。しかし、あなたはそれをやっていない。この方程式の重要な要素を傷つけ、無視している。移民、同盟諸国、規則や規制などだ。

 要するに私が心配しているのは、中国人が何者で何になろうとしているかを米国が気にしすぎるばかりに、米国自身が何者でどうやってここまで来たかを忘れてしまっていることだ。それが米国の経済と将来にとって、最大の脅威である。

 (〈C〉2018 THE NEW YORK TIMES)

 (NYタイムズ、11月13日付 抄訳)