(コラムニストの眼)

  暴君好むトランプ氏 反対派の圧殺に許可証 

    トーマス・フリードマン


     2018年6月30日05時00分 朝日新聞

 

 トランプ米大統領がカナダのトルドー首相を非難した姿を見て、私は単純な質問をグーグルで検索してみた。アフガニスタンでは2002年4月以降、米軍と共に戦うカナダ軍のうち何人が殺傷されたのか。答えは、殺害158人、負傷635人だ。

 9・11米同時多発テロで攻撃されたのはカナダではなく米国だ。それにもかかわらず、我々の北にある同盟国は何千人もの男女をアフガニスタンに送り、我々の都市を攻撃した国際テロ組織アルカイダを、我々が壊滅させるのを助けてくれたのだ。そして158人のカナダ人が、その活動で命を失った。

 それなのに、乳製品への関税を低くするよう求める米国をトルドー氏が控えめに押し返すと、トランプ氏のチームは、背中から刺すような「裏切り行為《であり「地獄での特別な場所《がふさわしいとトルドー氏を非難した。

 「地獄での特別な場所?《「乳製品への関税で?《「我々の暗黒時代に手を差し伸べてくれた国に対して?《。本当にうんざりする。

 だがこれらは、トランプ氏がいかに前任者たちと異なる視点で世界を見ているかを示している。全ては取引なのだ。あなたは私のために何をしてくれたのか、ということだ。米国は国際秩序と人権を支持する最後のとりでであるとした概念は終わった。

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 念のために言うと、もしも朝鮮半島で戦争が起こる可能性が下がって非核化につなげることができるのならば、トランプ氏が北朝鮮の独裁者である金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長と親しくなることを私は支持できる。

 しかし、トランプ氏が恐ろしいのは、彼が我々の民主的な同盟国よりも独裁者を好んでいるように見えることだ。

 トランプ氏は北朝鮮の独裁者について、記者団にこう述べた。「彼が話す時、国民は直立して聞く。米国民も同じようにしてほしい《

 トランプ氏は後にこの発言は冗談だと言った。申し訳ないが、どんな大統領であれそんな冗談は言うべきではない。悲しいかな、その冗談はトランプ氏のこれまでの言動と完全に一致している。トランプ氏は強大な権力を持った指導者を好み、彼らがトランプ氏をあがめる限り、彼らが自国民をどう扱おうが気にしない。

 こうしたやり方は、独裁者たちにとっては、自国の革命家やテロリストのみならず、穏健な反対派をも圧殺することに許可証を与えられたようなものだ。

 エジプトの事例を見よう。5月31日、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは声明を出した。「2018年5月上旬以降、エジプト警察はシーシ大統領を批判する者を何人も逮捕している《。その中には政治活動家ハゼム・アブド・アジム氏、著吊なジャーナリストで人権活動家のワエル・アッバス氏、外科医のシャディー・ガザリー・ハルブ氏らも含まれる。

 彼らは暴力的でないし、イスラム過激派でもない。友好的で、法律を守る素晴らしいエジプト人だ。英国で教育を受けた外科医のハルブ氏は、シーシ政権の反対派への過剰な取り締まりに対し、ツイッターで軽く異議を唱えただけで収監された。

 エルドアン大統領の支配下のトルコでも状況は同じだ。先日気付いたことなのだが、私のトルコ人ジャーナリストの友人のほとんど全員が、エルドアン氏によって収監、解雇、あるいは国外追放されていた。

 これがトレンドである。非営利組織のジャーナリスト保護委員会は昨年12月、次のような報告をした。「2年連続で、全世界で収監されているジャーナリストの半数以上が、トルコ、中国、エジプトに集中している。トランプ氏の国家主義的なレトリック、イスラム過激派への強迫観念、批判するメディアを『偽ニュース』と呼ぶことへの執着は、こうした指導者たちがジャーナリストを収監しようとして告訴や告発をするための枠組みの強化に役立っている《

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 サウジアラビアのムハンマド皇太子は、イスラム強硬派を抑え込むために多大な労力を注ぎ込み、女性に権限を与えた。しかし、汚職容疑のビジネスリーダーや17人の女性の運転活動家を専横的で上透明な手法で逮捕・尋問したことは、恐怖を呼び起こすことに役立っている。

 米国の同盟国フィリピンでは、上院議員で人権委員長も務めたレイラ・デ・リマ氏が、17年2月に収監された。リマ氏は過去3年で7千人以上が死亡した麻薬戦争を進めるドゥテルテ大統領を批判しており、でっち上げの麻薬疑惑で現在も獄中にいる。

 かつての米国ならば、外国の指導者たちに「米国はこんなことを許してくれない《と言わせていただろう。だが、もう違う。トルコやサウジアラビアには、それらを耳打ちする大使ですらトランプ氏は配置していないのだ。

 「米国で我々はトランプ時代を生き延びる《。ニューヨーク大のマイケル・ポズナー氏はそう述べる。「我々には強力な制度があり、民主主義を維持するだけの十分な人手がある。だがエジプトやトルコ、フィリピンは脆弱(ぜいじゃく)な国である《

 覚えておいてほしい。これらの指導者は、暴力的な過激派を抑圧しているわけではない、とポズナー氏は言う。彼らは文字通り、異を唱える人に罪を着せているのだ。市民らは、我々がそれを許容していると思うだろう。もしそれがまかり通るなら、この世界は我々全員にとって危険なものになる。

 (〈C〉2018 THE NEW YORK TIMES)

 (NYタイムズ、6月19日付 抄訳)