(インタビュー)

  21世紀のための経済学

    経済学者、ケイト・ラワースさん


    2018年10月13日05時00分 朝日新聞

 


ドーナツ経済学の概念図

経済学者、ケイト・ラワースさん

 Kate Raworth 1970年生まれ。国連、国際NGOを経て英オックスフォード大学環境変化研究所上席客員研究員。著書に「ドーナツ経済学が世界を救う《。

 気候変動や貧困、金融危機――。経済学者のケイト・ラワースさんは課題解決に既存の経済学が役に立っていないとし、21世紀の経済学をつくろうと呼びかける。来日して「朝日地球会議2018《で講演した。キーワードはドーナツ。学生時代から抱く、右肩上がりの成長モデルへの疑問が原動力になっている。

 ――人々が安全で公正な状況で暮らせる範囲というものを、ドーナツに例えて説明しています。

 「21世紀の人類の目標は、地球環境をこれ以上悪化させず、すべての人々が尊厳のある暮らしを送るようにすることです。それを実現するために、わかりやすい図が必要だと考えました。大きな円は超えてはいけない環境の上限、その中の小さな円を食料や医療、教育などが足りない状態に見立てています。ドーナツの部分にみんなが入り、そこにとどまるよう政治や経済、暮らしを変えていくことが人類の繁栄を意味します《

 「地球環境を九つの要素に分けてそれぞれの許容範囲を示したヨハン・ロックストローム博士の『プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)』がヒントになりました。残念ながら気侯変動や生物多様性など四つの要素ではすでに限界を超えています。そこに生活の土台として必要なものや権利を組みこんだところ、ドーナツになりました《

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 ――最初の発表は2012年、所属していた国際NGO「オックスファム《の議論用の論文の形をとっていました。以来、持続可能な世界のイメージとして使われるようになりました。

 「同僚から勧められたのが始まりでした。予想外の大きな反響で、とても驚きました。複雑なものを単純に表すことを求めていた人が、こんなに大勢いたのかと。今では世界各地の政府関係者やビジネス、市民社会の人たちと話す機会に恵まれています《

 ――持続可能な社会を目指す方策としては、国連で15年に採択されたSDGs(エスディージーズ)(持続可能な開発目標)もあります。

 「環境、社会、経済の3側面から世界を変革しようとしているSDGsも、ドーナツの概念も、地球環境に配慮しながら身の丈に合った暮らしをすることを目指しています。策定作業の最終段階で、交渉関係者のテーブルにドーナツの図が置かれていたと聞きました。細部を詰める議論が白熱するなか、大きな目的を忘れないために使われたそうです《

 ――課題解決に向け国際的な流れがあるのに、経済学が責任を果たしていないと指摘しています。

 「地球の警報装置はけたたましく鳴っていて、とりわけ地球温暖化の問題は深刻です。ところがある国際会議に登場したノーベル経済学賞を受賞している4氏は、だれもこの問題に触れませんでした。経済学では、環境問題は経済成長に伴い、いずれ解決するものだとみなされているからです《

 「現実から目をそらしていることが問題です。温暖化対策でいえば、投資家が環境面からの判断を重視し、企業が敏感に反応している状況があります。家計の役割が軽視され、家事や育児などの無償労働が顧みられていない点も改める必要があります《

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 ――右肩上がりの成長を前提とする経済学を、着陸を考えていない飛行機にたとえていますね。

 「目的地を定めず、着陸の仕方がわからないまま飛び続けているのです。だから私はドーナツをコンパスとして使いながら、着陸に備える議論を始めましょうと呼びかけています。けれども成長への依存構造は甚だしく、主流派の経済学者や、増税を避けたい政治家には取り合ってもらえません《

 ――開発途上国は、自分たちにも資源を使って豊かになる権利があると主張するのでは。

 「それはもっともな意見です。けれども地球の環境収容力は限界に近く、世界中の人がアメリカ人と同じ生活をするなら、地球があと3個必要なのです。先進国はGNI(国民総所得)の0・7%を援助に回すという国際合意を履行しなくてはいけません。話し合いのテーブルにドーナツの図を置いて議論を始めてほしいです《

 ――成長への依存からどうやって抜け出しますか?

 「基礎から設計し直すことです。一つは生産と消費のあり方です。作って使って捨てるという一直線型を、再利用を前提とした循環型に変える。私は環境の再生産と呼んでいます。もう一つは、富を分配していく設計です。全人類をドーナツの中に入れるためには、所得と富の格差拡大を反転させる必要があるからです《

 ――富を分配する設計とはどういうものでしょうか。

 「土地であれば、地価税と組み合わせてコミュニティーによる土地の共同利用を増やすことです。従業員がオーナーとなって企業の利益を分け合うこともそうです。知識や技術を誰でも利用できるようにすることなども入ります《

 「国境を超えた企業の経済活動に対するグローバルな課税も有効な手段です。富裕層が逃れている税金分で世界を2度、極度の貧困から救えると言われています。極端な個人資産には特別な税をかけ、金融取引や上動産への課税強化も検討すべきです。激しい抵抗が起きると思いますが、各国が協力して蓄積された富の分配に動くよう、市民が結束して強く求めていくことが重要です《

 ――循環型の経済や富の分配は、実現しても部分的で、全体を変えようがないのでは。

 「一番の問題は、各国で政治経済の運営に責任を持つ人たちや、国際機関が話を始めようとしないことです。経済成長という前提を疑う人は増えています。成長率が0%台の国もあるのですから《

 ――ドーナツの概念は、企業関係者から共鳴されることが多くなったと話していますね。

 「企業活動を通じて利益だけ生むのか、価値も創出するのかの分かれ目だからです。対応には5段階あります。何もしないのが1段階目。次は見返りのあることをすること。この段階にある企業が多い気がします。その次は応分の責任を果たすことです。その先は、温室効果ガスの排出をゼロにするなど害を及ぼさないこと。ここを目指すと宣言する企業も増えてきました《

 「5段階目の理想的な対応は、次世代への責任とともに本業を通じて循環経済を回していくことです。リサイクル糸で作るアウトドアの朊。裏側が透明になっていて、修理やアップグレードを動画を見ながら簡単にできるスマホ。こうした商品を送り出している会社は価値も創造していて、まさしく21世紀型の企業です《

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 ――21世紀型の経済学はつくれるでしょうか?

 「追い風は吹いています。インターネットを使って知識や情報の共有や、ネットワークの形成が容易にできるようになりました。これまで国家が独占していた通貨の発行も、ブロックチェーンによる仮想通貨が生まれています。エネルギーを自宅の屋根で作って利用することもできる。GDP(国内総生産)万能の、集中型の経済学を変えるチャンスです《

 ――人形劇やアニメを作って問題提起もしていますね。挑戦をどう続けていきますか。

 「考える材料を提供していきます。経済成長に頼れないというしんどい話になるので、遊び心も加えながら、笑顔を忘れずにやっていきたい。ドーナツの概念を使って考える経済学部の学生が増えたらと思うと、ワクワクします。それにドーナツをもとに対話を始めている人たちもいます。政府の動きを待つのではなく、自分たちで考えて動き出す。そんな人たちとの連携が楽しみです《

 (聞き手・北郷美由紀)

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 Kate Raworth 1970年生まれ。国連、国際NGOを経て英オックスフォード大学環境変化研究所上席客員研究員。著書に「ドーナツ経済学が世界を救う《。

 ◆ケイト・ラワースさんの講演を含む「朝日地球会議2018《の詳報は、17日と18日の朝刊に掲載予定です。