(耕論)米中関係のいま 趙可金さん、デービッド・ランプトンさん

     


     2015年9月25日05時00分 朝日新聞


 訪米している中国の習近平(シーチンピン)国家主席が、25日にオバマ米大統領との首脳会談に臨む。経済、軍事の力を背景に「新型大国関係《を突きつける中国と、警戒感を強める米国。両国の専門家には、今の米中関係はどう映るのか。



 ■新たな国際秩序築く局面に
 趙可金さん(清華大学副教授)

 今回の習氏の訪米は、世界第2の経済大国になった中国と超大国米国が協調に基づく関係を築くのか、競争の道を歩むのかを方向付ける可能性があるという意味で歴史的に大きな意味があります。

 中国では、1979年の米中国交正常化直後の(実質的な最高実力者だった)トウ小平氏の訪米に匹敵する意義があるとの声が出ています。トウ氏訪米は中国の進む方向を決め、世界を変えたとも言えます。米ソ冷戦下で中国が米国寄りに立場を移したことで、ソ連の孤立と冷戦終結を早めた側面があり、国内的には始まったばかりの改革開放に米国の支持を得て、その後の路線が固まりました。

 中国はそれから経済発展優先の道を歩んできましたが、成長の鈊化などを踏まえ、さらなる転換期を迎えています。米国も環太平洋経済連携協定(TPP)などを打ち出し、新たな国家戦略を始動させている。その中で互いの存在を受け入れ、共存できるかどうかは世界の未来に影響する話です。

 ■縮小する国力差

 南シナ海やサイバーの問題、人権問題など、両国間の対立が目立ち始めているのは事実です。根底には、米中関係が国際秩序を巡る争いの局面に入ったという大きな流れがあります。中国の国内総生産(GDP)は日本を抜き、米国の約3分の2の規模になりました。国家としての力の差がなくなっていく中で先鋭化するのは、相手の制度や発展モデル、価値観を認められるかという問題です。具体的な利益の争奪より、世界はどのような秩序やルールに従うべきかという争いになっていく。

 象徴的なのが、インターネットを巡る対立です。米国はネット空間は自由であるべきだと主張します。中国はネット空間にも国家の「主権《が存在し、国家の安全を守るための「デジタルボーダー(国境)《があるべきだとの立場です。だから「(海外サイトへのアクセスを制限する)ファイアウォール《も必要になる。二つの価値観と秩序のせめぎ合いです。

 中国の対外政策は、北京五輪や(欧米を揺るがした)リーマン・ショックのあった2008年を境に大転換しました。「韜光養晦(実力を隠して力を蓄える)《から「奮発有為(勇んで事を為す)《への転換です。南沙諸島で「争いは棚上げし、共同開発する《という立場は変わっていません。ただ、フィリピンやベトナムの一方的な開発に対応する余裕が出てきたことで、言うべきは言い、やるべきことはやるとの立場に変わった。周辺から侮られない大国としての外交への転換です。

 ■対立越え成果も

 その中国が既存の超大国である米国との衝突を避けるため、習指導部が提唱したのが「新型大国関係《です。摩擦が目立ち、試みは挫折したとの声もありますが、新型大国関係は双方の協力関係だけを指しているわけではない。両大国が直面する矛盾を含む概念であり、相手の核心的利益に手を突っ込まないという前提に立てば何でも話し合えるというものです。

 米国がそれを受け入れないからといって、取り下げるものではない。肝心なのは我々は米国との全面的な衝突は望まない、それは双方の利益にならないという中国の立場を表明することなのです。両国は冷戦時代のような関係でもないし、同盟関係や全面的な戦略パートナーシップでもない。その中間にあるのが「新型大国関係《であり、その定義は双方の努力でこれから決まっていくでしょう。

 今回の首脳会談は厳しいやりとりが予想されますが、相互の依存関係が深まっている経済や環境問題を中心に成果が示されるでしょう。衝突回避の必要から、軍同士の信頼醸成の仕組みも具体化すると思います。南シナ海やサイバーの問題などで米社会の中国への視線は厳しくなっていますが、それを乗り越えて出される成果の中には、新たな世界秩序に育つものがあるかもしれません。

 (聞き手・撮影 林望)

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 チャオコーチン 75年生まれ。専門は中国、米国の外交。国力の高まりを背景に変化する中国の外交政策分析で知られる。共著に「中国国際関係理論研究《など。

 

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 ■安全保障の問題、深刻度増す
 デービッド・ランプトンさん(ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院教授)

 米中関係にとって、今年はひどい夏でした。首脳会談を迎える雰囲気は、良くありません。

 3日には北京で(抗日)戦争終結70周年の記念式典が開かれ、軍事パレードには500もの新たな兵器が並び、(対米国の)「空母キラー《なども披露された。中国はいったい何のメッセージを送りたかったのか、周辺国や米国に疑問を抱かせました。

 同じころ、中国の軍艦5隻が米アラスカ沖に展開しました。ちょうど、そこにいたオバマ米大統領に見せつけるように。こんなことは(1979年の)国交正常化以来、初めてです。米中関係の歴史を見ると、どの時代にも問題があり、浮き沈みがありますが、今の米中関係は安全保障の問題がかつてなく深刻です。

 ■中国がまいた種

 オバマ大統領が2009年に就任したころは、私は米中関係が進展するとの楽観的な見通しを持っていました。大統領選でオバマ氏は中国に否定的なことをあまり言わず、(強硬な)悪い公約もしなかった。就任当時に対中国で強硬だったクリントン、ブッシュ(子)政権とは違いました。

 だが、中国はオバマ氏の初訪中で大きなミスを犯しました。メンツをつぶした。オバマ氏は柔軟かつ友好的に振る舞ったのに、中国は(人権問題などで妥協せず、オバマ氏が弱腰との印象を与えるなど)対照的な行動を取りました。

 そして10年は、実に悪い1年でした。中国漁船が日本の巡視船に衝突したほか、中国はレアアースの輸出を止め、シリコンチップ市場を上安定化させた。南シナ海の領有権問題も深刻になり、当時のクリントン米国務長官がASEAN地域フォーラム(ARF)で厳しい立場にかじを切った。その会議で、(怒った当時の楊潔チ〈ヤンチエチー〉・中国外相が米国に同調した)シンガポール外相に向けて「中国は大国だが、小さい国もある《と迫ったことは重要な出来事でした。

 これにより、米国は日本などとの同盟を強化し、米高官が頻繁に中国の周辺国を訪問しました。中国は米国が自分たちを封じ込めていると言うが、これは中国に原因がある大きな過ちでした。

 ■盟友作る努力を

 一方、アジアを重視する米国の「リバランス(再均衡)《政策も誤った方向に転がりました。軍事面での戦略が強調され、中国をおびえさせ、懸念を生みました。

 (中国の言う)周辺国が中国の変化に慣れるべきだ、との考え方は賢い外交だとは思いません。中国が周辺国を安心させる行動を取らないのなら、周りの国にも選択肢があります。日本が安全保障面で憲法解釈を変え、韓国は中国が嫌がる(米国の)ミサイル防衛システムの導入もできる。

 中国の言う「新型大国関係《は深刻な紛争を起こさないとの点では成り立っています。留学生の増加、輸出入で依存しあう経済もウィンウィンの関係でしょう。イランや北朝鮮の核問題でも、少しは協力が成立しています。

 しかし、(中国が求める)「核心的利益の尊重《は大きな問題です。中国が米国に台湾への武器売却の中止を要求しても、米国には(防御的性格の武器を供与するとした)台湾関係法がある。中国が南シナ海はすべて中国の領土・領海だと主張したら、米軍が(南シナ海を)迂回(うかい)しますか。これは問題の核心で、(解決に向けて)進展するとは思えません。

 中国はハイチや南スーダンの国連PKO(平和維持活動)に部隊を派遣するなど、いい点もあります。問題は、世界一の経済大国になろうとする中国がこれから富や力をどう使うか。人々の生活向上に向けるならいいが、軍拡に傾斜するなら米国、日本、ベトナム、そしてロシアをも動揺させるでしょう。少なくとも過去5年を見る限り、周囲を安心させていません。世界に中国の盟友はいるのでしょうか。中国は、友人をつくる努力をしなければなりません。

 (聞き手・撮影 奥寺淳)

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 David Lampton 46年生まれ。米スタンフォード大で博士号を取り、旧ニクソンセンターなどで中国研究の責任者を務めた。中国の指導者とも豊富な交流経験がある。