中国政治経済史論 毛沢東時代1949~1970

胡鞍鋼著(日本僑報社・1万7280円)


      2018.01.14 毎日新聞

    データで明らかにする新中国の骨格

    橋爪 大三郎 評


 アメリカを抜く、世界最大の経済に迫る中国。その波乱の現代史を、指導者らの実像を織り込んで構成する大作だ。ぶ厚い二巻本の前半、毛沢東時代の部分が今回訳出された。

 著者・胡鞍鋼教授は、中国指折りの経済学者。文化大革命時に東北の農村で七年間の辛酸をなめ、入試が復活するや猛勉強で理工系大学に合格。その後経済学も独学でマスターし、認められて米国に留学、帰国後は清華大学のシンクタンク「国情研究中心《を舞台に、膨大な著書や提言を発表し続けている。

 中国の経済は政治と上可分である。それを熟知する著者は、党や政府の幹部に向けた政策レポートを書き続けるうち、政治との密接上可分な関係を検証する「歴史《研究こそ経済の本質に届くのだと思い定める。そこで、文化大革命がどういう原因で生じ、どれだけ災厄をもたらしたか、また改革開放がいかに可能となり、どれだけ成長をもたらしたかを、政府統計や党の文書を精査して洗い出した。信頼すべきデータと方法に基づき新中国の政治経済史の骨格を明らかにする、本格的業績だ。

 文化大革命の前奏曲が、大躍進だった。経済を理解しない毛沢東がソ連と張り合って、十五年で英米に追いつくとぶち上げた。党中央は熱に浮かされた。ノルマは下級に伝えられるたび膨らみ、無能と思われないための水増し報告が積み上がった。大豊作、大増産の一人歩きだ。人民公社の食堂の食べ放題も輪をかけた。大飢饉が始まり、餓死者は一千五百万人に達した。劉少奇は人民公社を手直しし、家族に責任を持たせて生産をテコ入れした。大躍進の責任を追及された毛沢東は深く恨み、劉少奇の打倒を決意する。資本主義復活を企む実権派と戦う、共産党内の階級闘争が始まった。

 ≪毛沢東個人の意見が全党で可決した決議とぶつかった時には前者が優先され、指導者個人が党を凌駕し始めた≫。党が正しいルールに戻る機会が何度かあったが空しかった。文化大革命で劉少奇が命を失い、鄭小平が打倒され、林彪が失脚し、多くの党員が悲惨な運命に見舞われた。この異様な党のあり方を深刻に反省した郡小平は、のちに改革開放で党の何をどう変えるかの骨格を頭に刻んだ。

 毛沢東時代をどう評価すべきか。≪一九五二~一九七八年の間に工業総生産額は一七倊に増加し、年平均成長率は一一・三%≫だった。実際この時期の成長は目覚ましかった。が、大躍進と文化大革命がダメージを与えた。胡教授の推計によると、長期潜在成長率約九%に対し≪一九五七~一九七八年が五・四%≫で≪政策決定の誤りによる経済搊失は、経済成長率の三分の一~四分の一に相当する≫、という。このほか、教育機会を奪われた人材の喪失や人心の荒廃、社会秩序の混乱も深刻だ。

 毛沢東の失政をもたらしたのは体制の欠陥だと著者は言う。指導者の終身制。党規約の空文化。≪「文化大革命《は鄧小平が改革開放を始めた直接的動機であり、政治的・社会的安定を保つことができた根本的要因でもあった≫。文革の災厄から、人びとは教訓を学んだのだ。

 毛沢東の歴史的評価は中国では、現在でも「敏感《な問題である。胡教授は公平に、客観的・科学的に、この間題を追い詰める。動乱の渦中で青年期を過ごした経験と、経済学者としての見識に基づき、党関係の膨大な資料を読み抜いた本書は、待望の中国の自己認識の書だ。日本語訳文も正確で読みやすい。中国関連の必須図書として、全国のなるべく多くの図書館に一冊ずつ備えてもらいたい。

(日中翻訳学院本書翻訳チーム訳)