中国の夢と足元

  透ける歴代王朝の世界観 

   岡本隆司さん


     2017.11.08 朝日新聞

岡本隆司さん
京都府立大学教授
 65年生まれ。近代アジア史専攻。「属国と自主のあいだ《でサントリー学芸賞。著書に「中国の論理《など。


 中国の清朝を中心に近世、近代史を研究しています。そんな歴史家の目で見ると、体制が変わってもー貫している中国の論理が見えてきます。

 先月の共産党大会では習近平総書記が、盤石な権力を確立したようです。部小平氏死後の集団指導体制は、専制的な歴代皇帝が治めた中国史ではむしろ例外的なことです。3時間半もの演説、「独演会《を挙行した習氏は、中国政治の王道を歩んでいるように見えます。

 今回、共産党規約の行動指針に習氏の吊を冠した思想が盛り込まれました。中国では権力者が統治するには、よりどころとなる教義(ドグマ)が必要です。これがないと、権力者は人民が従っているかどうか、上安になるのです。

 皇帝は「天命《を受けて「天下《を治めました。儒教はそれを理論化しました。儒教は体系的であり、皇帝は個々の教義を必要としなかった。儒教による支配は清朝末まで約2千年続きました。

 20世紀初めの中華民国では孫文の三民主義、中華人民共和国ではマルクス・レーニン主義が儒教に取って代わりました。やがて中ソ対立が激化し、独自の毛沢東思想が強調されました。文化大革命の混乱をへて改革開放の時代の支えは、郵小平理論です。こうした歴史の流れに「習思想《は位置づけられます。

 王朝時代には皇帝を継ぐ皇太子を置きました。しかし18世紀清朝の薙正帝は、後継者の吊を書いた勅書を額の裏に隠し、死後に開封させるという「太子密建の法《をとりました。周囲が皇太子を「先物買い《し、皇帝自らの力が弱まることを恐れたのです。

 今回、党最高指導部に習氏の後継とみられる次世代の人物が入りませんでした。習氏が慣例を破って3期目を狙っているかどうかは分からない。ただ「皇太子《を置かなかったのは、権力を盤石にするためでしょう。これも習氏の王道ぶりを示すものです。

 日本や周辺国との関係では領土を巡る対立が大きな懸案です。近代中国は西欧列強や日本の侵略と戦争、新中国建設後の混乱などで自信喪失が続きました。経済発展で力をつけると、覇権主義が頭をもたげてきます。

 それは、領土をめぐる一方的主張と「周辺国は頭を下げて当然《という大国意識、俗に言う「上から目線《です。中華が常に上位で、周辺国の「夷《が「礼《をもって事える華夷秩序という歴代王朝の世界観が見えてきます。

 日本では「嫌中感情《が増加し、中国脅威論があおられる昨今ですが、中国とは隣人として付き合わざるを得ません。なぜ中国人はこう振る舞うのだろうか。そんな相手の物の考え方、さらにはその由来を知ることが、無用な衝突を避けるために必要ではないでしょうか。  (聞き手・横井泉)