中国の夢と足元

  起業続々今やIT先進国 

   伊藤亜聖 さん


     2017.11.08 朝日新聞
伊藤亜聖
東京大学社会科学研究所准教授
 84年生まれ。専門は中国経済論。今年4月から現職。著書に「現代中国の産業集積《など。


 今年4月から中国・深釧の深釧大学でベンチャー企業の研究をしています。

 中国はベンチャー企業の企業価値や投資額で米国に次ぐ、世界第2位です。特に住民の平均年齢が30代前半という深釧では、若者が次々に起業しています。私が訪問した企業もスマートフォン、ドローン、仮想現実(VR)、ゲノム解析、ITセキュリティー技術、人工知能(AI)など分野は様々です。

 経営者は1980年代、90年代生まれも多く、世界市場を目指しています。技術の発展や変化のスピードはものすごく速く、常に情報を更新しないと置いていかれます。

 日本人の中には、中国に対して「貧しい《「バクり《といった印象が根強くあるかもしれません。今もそうした部分はあります。しかし、安い人件費を売りに2ケタ成長したのは今や昔の話です。深釧発の企業、DJIはドローンで世界一となり、スマホの華為ファ*ウェイ技術は根幹の半導体部品を自社で開発できる高い技術力があります。国際特許申請の数も、今年中国が日本を抜くとみられています。

 こうした現状は突然起こったことではありません。「世界の工場《と言われてきた中国は2000年代に、世界大手の自動車や複写機、スマホなどあらゆる分野の製品の生産を担ってきました。そこでノウハウを蓄積した人々が、創業していきました。米大学が各国の起業意識を調べたところ、中国は上位、日本は下位。若者だけでなく、技術者も会社を辞めて起業します。

 実際に起業しやすい環境も大きい。売れるかどうかわからない製品でも、爆発的ヒットを期待してファンドや投資家が積極的に投資します。

 政策の後押しもあるでしょう。元々は深刻化した若者の就職難を解決する側面がありましたが、税制優遇や財政支援などで起業を支援しています。習近平指導部が掲げた発展戦略「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、万人によるイノベーション)《は、先月の党大会の政治報告では直接の言及がなかったものの、今後も続けていくでしょう。

 世界の潮流はデジタル化です。「GAFA(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)《と呼ばれるIT企業の巨人に対抗できるのは、数億人単位のユーザーを抱える騰訊や阿里巴巴といった中国企業です。ある領域では中国企業が世界でも先駆的な取り組みをする時代になったと言えるでしょう。

 日本と中国は経済発展の段階も人口構造も違い、直接比較することはフェアではないと思います。しかし日本と同じく少子高齢化に悩むフランスでも、若者の起業は盛んです。中国を含む海外の変化を虚心に学ぶことは、日本にとって有意義だと思います。   (聞き手・西山明宏)