中国、社会主義強国の道

  公共投資頼み陰りゆく未来

  現代中国研究家 津上俊哉さん


      2017.10.27 朝日新聞

 現代中国研究家 津上俊哉さん
 57年生まれ。通商産業省(現経済産業省)に入り、在中国日本大便館参事官などを経て評論活動に。著書に「『米中経済戦争』の内実を読み解く《など。

 今回の習近平総書記の政治報告は肩すかし感がありました。権力確立の高揚感に包まれた理念の語りはありましたが、経済政策に新しさがなかったからです。

 習氏は本当に強い指導者になったのでしょうか。外交、軍事ではそう言えると思います。南シナ海問題で昨年7月、中国の主張を否定する常設仲裁裁判所の判決が出された後、中国は方針を転換して衝突を避け、沈静化を図ったと私は見ています。妥協的外交は、強い指導者でなければできません。軍の制度改革も強さの表れですね。軍を押さえたことが外交の幅
を広げているとも言えます。

 ところが経済はうまくいっていない。習政権は、借金と投資頼みで国内総生産(GDP)を引き上げる従来のやり方を変えようとの認識は当初からありました。だから低成長でも投資を抑えて構造改革を促す政策を2014、15年と続けました。この間、成長率は安定的に6%台後半だったことになっていますが、電力消費などの指標を見れば、15年末まで経済は落ち込んでいた。鉄鋼など重厚長大産業が上況に見舞われたのです。しかし16年初めに一転、再び公共投資が増えて息を吹き返します。

 これは習氏が命じたわけでも、習氏に逆らったわけでもなく、新5カ年計画の初年度だったとか、いくつかの要因が重なつたからでしょう。ただ、非効率投資で借金を重ねるやり方を改めないと持続的成長は望めないという危機感を持つ人は、現体制に10%ぼどしかいないんじゃないでしょうか。残り90%は「まだインフラが必要だ《「成長率が下がったら困る《と思っている人です。体制の支配的な空気で、どうしようもないんです。習氏への権力集中は、経済分野では感じられません。

 今年上半期は吊目で11%以上の成長率です。世界経済の機関車と呼べるほどです。問題はそれがいつまで続くか。逆に「中国がせきをすれば世界が風邪を引く《現象も起きるでしょう。

 端的に言えば、問題は地方政府です。我が街にも地下鉄を造るぞ、とか。でも、ほとんどの都市の地下鉄は赤字です。高速鉄道はすでに全国に建設され、これから造る西部の内陸路線は永遠に採算がとれないでしょう。

 改革開放当初は、地方政府が外資誘致や都市建設で競い合うメカニズムがプラスに働きました。今は競争が資源の無駄遣いに向かっている。やればやるほど中国の未来は暗くなる。習政権はこの5年、なんとかしようとしたが、結局元に戻ってしまった。

 今は民間企業主体のニューエコノミーが伸びています。スマホを使った決済で現金取引はぼとんどなくなり、言わば新しいIT社会の実験が進んでいます。もはや日本に追いつく側ではありません。

 ところがもう一方に国有企業、重厚長大産業主体のオールドエコノミーがある。この部分はリストラしようという「供給側の改革《が政権内の経済ブレーン、劉鶴民らの考えでした。理屈には合っていますが、共産党体制の中では支持されないのです。

 中国には避けられない未来があります。一人っ子政策を緩和しましたが子どもはさほど増えず、労働人口の減少で経済成長は鈊化します。そして30年以降は高齢化による年金の負担が爆発的に増大する事態が待っています。その手前の段階で、すでに公共投資の債務が積み上がっている。国際通貨基金(IMF)は、22年には中国の政府、民間を合わせた債務が対GDP比で300%近くに達すると警告しています。

 厳しい未来がはっきりしているのに、習氏の報告に抜本的な対策はない。それでいて30年後には世界のトップレベ、ルになると、輝かしい未来が裏付けなく提示されている。私の目から見ると空虚で、説得力がないのです。 (聞き手 論説委員・村上太輝夫)