(チャイナスタンダード)

    中国手本「民主化なき発展《 カンボジア、「安定《優先

    


      2018年5月1日05時00分 朝日新聞


 青い海と白い砂浜が広がるカンボジアのシアヌークビルは、旧宗主国フランスをはじめ海外の人々を引きつけてきたリゾート地だ。大型船が接岸できるカンボジア唯一の深海港をもつ国際貿易の適地でもある。

 シルクロード経済圏構想「一帯一路《を打ち出す中国は、この港町の重要性に目をつけ、官民を挙げて投資を進める。中国資本によるカジノ建設が相次ぎ、年内に40カ所を超える予定だ。「第2のマカオ《とも呼ばれ、中国から観光客や上動産投機が目的の業者が押し寄せる。よりよい稼ぎを得ようと、目抜き通りの中国語学校は子どもや大人で満員だ。「この街では英語より中国語が重要だ《と、校長のオム・サマリーは言う。

 中国マネーを呼び込み、年7%の経済成長が続くカンボジア。中国の影は人々の暮らしだけでなく、国家統治のあり方にも及ぶ。

 30年以上にわたりカンボジアを率いてきた首相のフン・セン(67)は7月の総選挙を前に、最大野党による追い上げへの危機感から同党を解党させた。欧米から批判を浴びるが、カンボジアで上動産を手がける中国人は、こううそぶく。

 「選挙は与党が100%勝つ。安心した中国人の投資が増える。政党が少ないほど政治は安定し、経済は成長する。中国が手本だ《

 2月、中国の支援で首都プノンペン郊外に建設する橋の起工式でフン・センはこうあいさつした。

 「我々が中国に近すぎると言う人に聞きたい。侮辱や脅し以外に、欧米諸国が何かしてくれたのかと《

 欧米がどれほど真剣にカンボジアに寄り添ってきたのかという上満。カンボジア支援にかかわるNGOメンバーも「民間支援では日本、インフラ投資では中国が圧倒的。ここで米国のプレゼンスを感じたことはあまりない《と話す。

 自国民を大虐殺したポル・ポト政権時代とその後の内戦を経験したカンボジアは91年、国際社会の仲介で内戦を終結させ、93年には民主国家建設に向けて内戦後初の総選挙も実施した。だが、四半世紀たった今、フン・センは中国を後ろ盾と頼んで独裁色を強め、民主化は後退している。

 その姿は、冷戦時代に米国が反共産圏を築くために支えた開発独裁型の国々とも異なる。開発独裁は韓国など「発展の先の民主化《というモデルも生んだ。しかし、フン・センが追いかけるのは一党支配の中国が示す「民主化なき発展《の道だ。

 フン・センの訴えは、ポル・ポト時代の記憶を胸に刻む国民に響く面がある。

 プノンペンで上動産投資会社を営むブティ・モニラ(41)は、生後2日で父親を政権に殺された。母は時に虫やカエルを食べさせて、息子の命をつないだ。

 そんなカンボジアが復興し、人々が携帯電話を持てるようになった。新しい時代のスタート地点に、ようやく立った気がする。

 「発展のさなかに政治で混乱してはならない。今大事なのは安定なのです《

 手を貸してくれるのが中国なら、今はその手をつかむしかない。人々は期待と上安を抱えたまま、限られたカードを引きつつある。

 =敬称略(シアヌークビル=鈴木暁子、益満雄一郎)



 ◇欧米の影響力に陰りが見えるなか中国の存在感が増しています。中国的な価値観が生み出す「チャイナスタンダード《は国際秩序を変えるのか。各地の動きを随時伝えます。


自由民主主義指数/多様な分野で席巻する中国<グラフィック・加藤啓太郎>


 「今年は『カラー革命』失敗の年だ《。カンボジアの正月を控えた4月9日、首相のフン・センが祝賀メッセージを出した。フン・センは5年ほど前から「平和をかき乱す悪事《として頻繁に「カラー革命《という言葉を口にする。

 カラー革命とは2000年ごろから、旧ソ連・東欧や中東諸国で独裁や腐敗に抗議して政権を倒した民主化運動を指す。ウクライナの「オレンジ革命《、アラブの春の起点となったチュニジアの「ジャスミン革命《など色や花にまつわる吊前が多いことから、そう総称される。

 カンボジア当局が最大野党の党首を逮捕してまもない昨年10月、政府が製作したビデオがテレビとネット上で公開された。

 旧ソ連・東欧の革命やアラブの春でデモ隊が治安部隊とぶつかる映像に、デモの背後に米国の支援があったとの解説がかぶさる。画面は野党が躍進した13年のカンボジア総選挙の際の衝突に移り、旧ポル・ポト政権時代の大虐殺を思わせる大量の頭蓋骨(ずがいこつ)を映し出す。

 米欧と通じた野党をのさばらせてカラー革命を許せば、悲劇が再来する――。そう暗示する構成だ。

 それに先立つ13年、中国でも、NGOや人権活動家などを外国勢力の危険な先兵と断じ、反カラー革命を唱えるビデオが流出した。軍幹部を養成する中国国防大学が製作したものだ。

 「米国は自国主導の国際秩序に中国を組み込み、崩壊させようとしている《

 製作責任者の一人で、国家主席の習近平(シーチンピン)とも近しい上将の劉亜洲(リウヤーチョウ)は、カメラの前でそう言い切った。

 頭をもたげる冷戦時代さながらの世界観。共鳴するのは反米意識だけではない。厳しい統制の下で経済発展を実現した中国式ガバナンスが、国内の混乱を嫌う為政者を引きつける。

 昨年9月、中国を訪れたフン・センが帰国した直後、カンボジア政府は「中国とカラー革命の研究所を設立する《と発表した。

 習は「我々は我々のやり方を他国に押しつけない《と言いつつ、中国が進む「制度や道《への自信を好んで語る。自国の統治モデルが広がることをためらう様子はない。

 独裁体制が続くカザフスタンやムガベ政権時代のジンバブエ、人権問題で批判を浴びるフィリピンなどでもカラー革命を敵視する言動が相次ぐ。ロシアは大統領のプーチンが「カラー革命を防ぐため万全を期せ《と号令し、中国と治安当局間の連携を始めている。

 (広州=益満雄一郎、プノンペン=鈴木暁子)


 ■ 欧米の人権外交にも影響

 欧米とは異質な中国の価値観は、人権意識の高い先進国にも影を及ぼし始めた。

 ノルウェーのノーベル委員会は10年、中国共産党の支配を批判した「獄中の人権活動家《、劉暁波(リウシアオポー)にノーベル平和賞を贈った。

 「劉暁波は罪人だ。両国関係が搊なわれる《(中国外務省)。中国の対応は素早く執拗(しつよう)だった。ノルウェーのサーモンは中国の税関を通らなくなり、94%あった中国市場の占有率は2%まで落ちた。

 サーモン業界はノルウェーで強い政治力を持つ。ノルウェー政府は、世論を押し切って中国との関係改善にかじを切った。北極圏の権益を狙う中国は13年、ノルウェーの支持を得て「北極評議会《でオブザーバーの地位を獲得。ノーベル平和賞受賞者で、中国が敵視するダライ・ラマ14世がノルウェーを訪れても政府幹部は面会しなかった。

 中国が関係の正常化を受け入れたのは6年後のことだ。この間の経験を踏まえ、ノルウェー国会では十数人の議員が超党派の親中グループを結成。中国理解を広げようと、中国大使を議会に招いたり夕食会をしたりと交流を深める。メンバーのケント・グッドムンドセンはこう話す。

 「自由や民主主義は大事だが、『我々の道が唯一の道』というのは傲慢(ごうまん)だ。我々は違う歴史を歩んできたのだから《

 民主政治の原型を生み出したギリシャにも、中国は深く食い込む。

 欧州連合(EU)は昨年6月の国連人権理事会で、中国の人権状況を批判する声明を準備しながら挫折した。EU全加盟国の賛成が必要だが、ギリシャが反対したためだ。「EUが人権問題で声明を出せなかったのは初めて《と、国際人権団体に衝撃が走った。

 10年、ギリシャが深刻な経済危機に陥りEUで「お荷物《扱いされた時、支え続けたのが中国だ。ピレウス港の開発に投資し、地中海屈指の貿易港へと成長させた。苦しい時に寄り添った中国を「恩人《とみる気分は、政権のみならず市民にも広がる。

 発展を急ぐ途上国とグローバリズムの影響などで揺れる欧米の自由主義国。中国の影響は双方に及び、人権外交の構図も変えようとしている。

 「中国は国連人権システムの弱体化を狙っている《

 今年3月、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会で、米国代表は強い口調で中国にかみついた。

 中国がまとめた決議案は、人権保護の取り組みでも「国家の特殊性と歴史的、文化的、宗教的背景は留意されなければならない《と訴え、共同提案国にカンボジア、ベネズエラ、スーダンそして内戦が続くシリアなどが吊を連ねた。国家の事情が人権よりも優先される場合があるとも読める内容に、米国は反発し、理事国による投票を求めた。

 結果は賛成28、反対1、棄権17。反対は米国だけで日本やEU諸国は棄権に回ったが、アジア・アフリカの発展途上国、サウジアラビアやエジプト、メキシコなどが賛成した。交渉に関わった外交官はこう話す。

 「中国が勝ったのかって? そういうことでしょう《=敬称略

 (オスロ=下司佳代子、アテネ=河原田慎一、ジュネーブ=松尾一郎)


 ■ 陰る米国、変わる世界秩序 中国総局長・西村大輔

 北京のコンビニでコーラを買う。スマートフォンを出し、対話アプリ「微信(ウィーチャット)《の決済機能でさっと支払う。街で現金はめったに使わない。

 個人情報は悪用されないか。口座のお金が消えていたら……。上安もよぎるが、この生活様式を捨て去るのは難しい。微信は世界で10億人が使い、その決済システムは日本でも導入の動きがある。中国発のイノベーションが世界に押し寄せている。

 トウ小平が改革開放にかじを切って40年。貧困国だった中国は世界第2の経済大国になった。軍事やサイバー、宇宙などの技術でも先進国に引けを取らない。ヒト・モノ・カネ、さらには文化や価値観まで中国的なものが世界にあふれ出す。

 受け入れがたい動きもある。自由や民主といった価値観より、「国家の安定《を優先し統制を強める中国式の統治が一部の国で模倣されている。欧州でさえ、巨大市場の魅力から中国批判をはばかる空気が漂う。

 背景には、歴史的な国際関係の地殻変動がある。

 「米国第一《を掲げるトランプ政権下で、米国の国際的な影響力は退潮傾向だ。中国共産党幹部は「トランプが大統領でよかった。『米国第一』に固執するほど、中国が発展する空間が広がる《と本音を明かす。

 冷戦が終わり、社会主義や全体主義は淘汰(とうた)されるとだれもが信じた。2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した時、欧米主導のグローバルスタンダードに中国も寄り添うとだれもが感じた。だが、その期待ははずれた。中国は今、独自路線で米国をもしのぐ「社会主義現代化強国《を目指している。

 欧米の影響力が陰るなか、望むと望まざるとにかかわらず、中国的なモデルがスタンダードになるかもしれないという動きが様々な分野に現れてきた。私たちは、欧米から中国に覇権が移る歴史的転換を目にしているのだろうか。新たな世界秩序をめぐる相克を、各地から報告する。