戦争を記憶し続ける

  キャロル・グラックさん 米コロンビア大教授

1941年生まれ。専門は日本近現代史。昨年、欧米の日本研究者らと「過去の過ちの偏見なき精算《を求める声明を発表。500人近くが賛同し、署吊した。


   2016.02.28 東京新聞


 昨年十二月末の慰安婦問題をめぐる日韓両国の合意は、両政権の政治的な戦略に基づいたものだった。

 事前に元慰安婦の声を十分に聞いたとは言えないし、安倊晋三首相は直接、元慰安婦に謝罪をしていない。首相はこれまで、演説などで女性の人権の大切さに言及しても、慰安婦問題には直接触れない。女性の人権と慰安婦問題を分けて考えているのだろう。これも政治的な技法だ。

 日韓両政府が慰安婦問題の「最終的かつ上可逆的《な解決を強調しても、これで終わると考えるのは無意味だ。記憶し、記憶されなければならないという市民らの動きは、政府間の合意に関係なく続いていくだろう。

 今、戦争に関する共通の記憶が、世界的な文化となっている。欧州では一九六〇年代になって、ナチスによるホロコーストの被害が裁判で証言された。九〇年代には韓国の元慰安婦が声を上げた。犠牲者が語ることで加害者も語り始め、戦争中に何が行われていたかが明らかになり、歴史の見方が大きく変わった。

 政府が語る戦争物語から外れた人たちが、「記憶の権利《を主張するようになった。将来二度と繰り返さないために忘れてはならないということ、補償や謝罪を求めている。

 過去を知る責任があるという考えが生まれている。過去は単なる過去ではない。現在の中にも「過去《があり、分けることばできない。こうした考え方が、慰安婦問題を知ることで、女性に対する性暴力をなくそうとの運動につながっている。私たちは、声を上げた元慰安婦たちに対して責任を負っている。

 歴史を政治の道具にして、国民を操作しようとする指導者もいる。だからこそ私たちは、戦争に関する共通の記憶を持ち続けることが大切だ。